第五章 convey 第二話 突発案件
『介護のねこや』の駐輪場に美里が停車をすると、係長は風呂敷ごと飛び降りた。
「なんかありがとう。ラクチンだったよ」
「ううん。抱っこ1分追加ね」
「君はホント、なんでもそれだな」
係長と美里が玄関口を入ると、社員の猫達は中央の机に集まっていた。
机の中央に会議用の大きなタブレットが置かれ、取り囲んでニュース動画を見ている。
『たった今、米国が緊急事態宣言を出しました。繰り返します。米国が緊急事態宣言です。猛威をふるっている新型ニューコロナで死者が2万人を超えた時点でついに渡航禁止を決めました!』
バーミーズの吉田さんが係長と美里に気づき無表情で前足を上げた。
「何事ですか?」
「コロナだってよ。世界的に流行り出したって先週言い始めたと思ったら、アメリカで死人がすごい出始めたって話」
「コロナ……」
美里が係長の後ろで動画を見つめながら呟く。
「それ社会科で習った。昔すごい勢いで流行した感染症だよね。日本でも有名人がいっぱい亡くなったり後遺症が出たりしたって。でも今はDNA検査効率が上がってワクチン製造能力が格段に上がってるから、流行ってもすぐ対処できるって先生は言ってたけど」
吉田さんは肩をすくめる。
「それが、全然追いつかないんだってさ。今回は変異が速いんだって。超変異型とか言われてて、しかも感染経路が不明なんだって。あたしら猫が社会に入ってきたから猫のせいにする学者がかなりいるらしいんだけど、猫はおろか他の動物からは全然ウィルスが出てこないんだって。というか他の動物にはかからないらしいよ。今回のウィルスは、動物はまだ一匹も死んでないって。」
「そういうのは後から出てくるんですよ。怖いですね。この国はどうなんですか? たしかこの間デイサービスでも集団感染してましたよね?」
係長は口を手で抑え、タブレットの映像を怪訝な顔で見つめた。
「してるけど、まだこの国のは超変異型じゃないコロナみたいよ。従来の飲み薬もけっこう効くからね。」
『では続いてのニュースです。 見てくださいこの赤いつぼみ。この花、実は菜の花なんです。今年に入ってこの花が……』
タブレットが次のニュースに移ったときメインクーン所長が立ち上がり、手を叩いた。
「はい。じゃぁそういうことで、今や世界中でパニックが起ころうとしています。私達猫族には未経験の事態ですが、親会社には過去の経験からコロナやインフルのパニック流行マニュアルがあるそうです。各自マスクの着用を義務化、私達猫が媒介の温床にならないようにしっかりと『一ケア二手洗い』は徹底。毛にも徹底してスプレー消毒をしてください」
「「「はい!」」」
一同、返事をする。
「はい。じゃあ仕事はじめましょう」
猫たちはちりじりに持ち場に戻っていく。
「係長、手袋とか防護服とかどうなってる?」
係長は風呂敷をいつのまにか下していてタブレットで発注状況を確認していた。美里は、すばやい係長の動きに少し驚いた。
「通常使いなら半年は困らない量が今週中に来るはずです。昔のパニック時はマスク、アルコールは特に品不足になりましたから、アルコールも確保してあります。」
「へ~さすが係長。ありがとう」
所長は係長を見てうなずくと自分の机に戻った。
「すごい。くろって仕事できるんだね」
「ん、ああ。君もちゃんとマスクしなさい。人間用のN九五マスク支給するから」
「N九五?」
「密着率が高いから飛沫感染しづらいマスクだよ」
「ふ~ん。なんかホントに六年しか生きてないのに、色々よく知ってるよね。」
「だから猫年齢では四十歳なんだってば」
その時、自分の机に座ったはずのメインクーン所長が立ち上がった。
「あ、美里ちゃん」
美里は所長に顔を向ける。
所長が手招きしているので、小走りで近づく。
「なんですか??」
「その、どう? うちの仕事は?」
「あ、楽しいですよ。くろもいるし」
「そう。じゃあやっていけそうかしら、この後も」
「この後?」
所長は美里を見つめた。
「インターンの後よ。あと数回でしょ。卒業したらウチに来てくれるのかしら」
美里は、しばし沈黙して遠くの机で吉田さんとタブレットを持って仕事をしている係長を見る。
「……まぁ、一応、はい」
スカートの裾を美里は、無意識にぎゅっと掴んでいた。
「まぁ一応。ってそれ……」
突然、大きな電子音が所長の耳元から鳴る。@スピーカの着信音だ。
「ごめん、あとでね」
所長は電話に出て会話を始めたので、美里は軽くお辞儀をして係長の方に踵を返す。
「え? 今日これからですか? 困りますよ。そんないきなり。こっちだって予定 で動いているんですから」
背後で所長の機嫌の悪い声が聞こえてくる。
美里は、歩きながらチラッと所長を見る。
怒っているメインクーン所長は大きいだけあって迫力がある。
「はぁ。はい。沢山いるからって、ねこやに押し付ける形になったわけじゃないってことね。はい。はい」
美里が係長の元につくと、係長は机上でカード端末といつものカバンを持ち、出る準備を整えていた。美里の顔を見る。
「もう出られるかい?」
「あ、うん」
「うん。じゃなくて、はい。常識ね」
「はい」
美里がくすっと笑う。
係長が机から飛び降りると、所長から声がかかった。
「ごめん! 係長ちょっと予定変更。飛び込みで契約入った」
「え、まさか今からですか? これから巡回ですよ。準備だってしてないし、こんなにいきなりなんて聞いたことないですよ」
「わかってるけど、本部からどうしてもウチに頼みたいって」
困り顔で係長は、辺りを見回す。
介護のねこやには猫ヘルパーは沢山いるが、社員という立場ではなく契約に行けるものは実は少ない。社内には、所長、バーミーズの吉田さん、後輩のアビシニアン、そして係長だけなのだ。
アビシニアンは休みで、吉田さんはもう活動に出てしまっていた。
そして、契約には社員二人で行くことが決まりになっている。
「ありゃ。私しかいない」
所長は、違う部署のサービス責任者の猫に声をかける。
「ごめん、係長の回るところ、そっちで今日ヘルプできる?」
年配のサービス責任者のチンチラがうなずく。
「ごめん、よろしく」
机上で書類をカバンにつめながら、所長はチンチラに頭をさげた。
係長は慌てて、棚から契約用の書類を整えはじめる。
「あの、わたしは?」
美里はキョロキョロしながら不安そうに質問する。
所長と係長の動きが止まる。
「所長、契約にインターンの子は……」
係長は所長のデスクの方を見ると、所長は顎に手をやり少し考えていた。
「まっいんじゃない? インターンっていっても美里ちゃんは有望株だから見学ってことで、あ、マスクはしていってね」
「え」
不安そうな表情で係長は美里の顔を見る。
美里はニコッと笑う。
「君、何もわからないと思うから、本当に見学だけだよ。何もしゃべるなよ。何も動くなよ」
「やだ。それじゃまるで私が怪獣みたいじゃん」
「……」
係長は頭を抱えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます