第四章 be opposed 第二話 ポリねこ

◆◇◆◇◆


 「で? その後、くろちゃんゴミ袋着て帰ったわけ?」


 「そうなの、寒そうにして鼻水垂らしながら。でもさすがに黒猫。夜だともう、ちょっと離れたら見えないの。もう少しで自宅がわかったのに」


 「あはは。ホントにストーカーじゃん」


 学校の教室で美里は、いつもの四人組で机をつけ合い昼食をとっていた。

 この学校で進学を希望せずインターンをしている美里は珍しいケースで、友達は興味津々だ。


 「でも、介護の仕事って、なんかウンチのイメージだけどやっぱりそうなの?」


 「うん。オムツ交換は結構メインでやるみたい。まだちゃんとやった事ないけど。排泄と食事と入浴が三大介護って言って仕事の大部分なんだって」


 美里はお弁当の中の黒焦げの大きな玉子焼きを頬張る。料理特訓で朝に自分で作った。苦そうな顔で咀嚼する。

 その中で、1人黙っていた仁科陽葵は一連の会話でやっと口を開いた。


 「ねぇ。美里はほんとに介護なんかやるの?」


 「『なんか』って。陽葵、言い方。」


 友達の1人が笑いながらつっこんだ。


 「だって美里はあの六条坂の娘なんだよ。留学だって仕事だって、きっとなんだって選べるのに勿体ないよ。今からならギリギリ願書間に合うよ」


 美里は口の中の玉子焼きをまだ咀嚼している。


 「あのさ、美里が選んだんだから、あたし達は応援してあげるしかないでしょ。とやかく言うもんじゃないんじゃない?」


 「でも、介護の仕事ってこれから減っていくって言うじゃん。おじいちゃん世代が死んじゃったら一気に人口が少なくなるとかニュースでも授業でも言ってた。三十歳くらいになったら仕事にあぶれちゃうかもしれないじゃん」


 美里は、「んー?」とほうばったまま驚いた顔で陽葵を見る。

もう一人の友達も箸をおいて美里の肩を抱く。

 美里はまだ玉子焼きを飲み込めない。


 「そりゃさ介護って給料も安いしさ、猫と外人ばっかの業界らしいけどさ、でも尊い仕事じゃない? そういう世界に飛びこんだ美里はスゴイって思うよ」


 そのセリフに今度は彼女の顔を見て「んんー!?」と驚いた顔をする美里。

 陽葵は自分の弁当箱を見つめ、それ以上は言葉を発しなかった。

 美里はいよいよ口に入れ過ぎた黒焦げの玉子焼きが飲み込めず、息苦しくなり顔が赤くなってきた。肩を抱かれた手を振り払って、お茶をぐびぐびと飲む。


 「ぷはっ。死ぬかと思った」


 陽葵以外の二人はケラケラ笑った。


 「陽葵ちゃん。いろいろ心配してくれてありがとう。なんか色々知らなかったけれども二つ言わせてください」


 陽葵は顔を上げて美里の顔を見る。


 「一つは介護って、みんなが思ってるより結構大変だし、やりがいがあって、選ぶ価値は充分あると思うこと。『介護なんか』なんて言わないでほしい。」


 陽葵と他の2人は少しうつむく。


 「二つめは、私、仕事って自分で選ぶ感じじゃない気がするの。なんていうか向き不向きの問題っていうか。特に私は何にも取柄が無いから少しでも向いてる仕事をしたいの。だって向いてなかったらきっと、自分も仕事先も迷惑になる。だから向いてないって評価が出たら私は潔く他の道を探す」


 言い終わった時点で三人がポカンと沈黙している事に気が付く。

 美里は顔を真っ赤にした。


 「……なんてね」


 と小さな声で呟く。

 友達のひとりが美里の肩を無言で触る。もうひとりの友達も頷きながら美里の肩を叩く。


 「美里ってさ、たまーにやっぱ六条坂家って感じのこと言うよね」


 「そうそう。芯が強いって言うか、強情って言うか。成績とギャップあること言う」


 美里は更に顔を赤くしながら陽葵に話しかけた。


 「で、でも、陽葵ちゃんはいいよね。やりたい事しっかりあって。なるんでしょ?漫画家」


 その言葉に陽葵の体がこわばる。美里は陽葵の変化にすぐに気が付いた。


 「そうそう、陽葵すっごい絵上手いしね、本気で描いたらすぐデビューでしょ」


 そう言って友達の1人が、笑いながら陽葵の肩もたたく。陽葵の箸を持つ手が一層強くなる。美里は何か言おうと唇を開くと、陽葵はニコッと笑って顔を上げた。


 「そんな簡単じゃないよ。私は、公務員になるつもり。大学行ってからって思ってるけど、浪人はダメって言われてるから、今年の受験ダメだったら秋の高卒公務員試験受けようと思ってる。」


 「そうなの?」


 肩を叩いた友達が肩から手を離す。美里がうつむいた陽葵の顔を見る。

 口元は笑っているが瞳に光が宿っていない。


 陽葵は食べきってない弁当を片付け始めた。


 「美里、変なこと言ってごめんね。介護って大変だから、ちょっと心配になっただけ」


 「うん」


 「あたし先生に受験で聞きたい事あったの思い出したから、ちょっと行ってくるわ」


 そういうと陽葵は弁当箱の入った巾着を自分の机の上に置き、教室をそそくさと出て行った。友達の1人が頭をかく。


 「……なんかマズイこと言ったかな私」


 美里はその友達の膝に手を置いてかぶりを振った。


 「ううん、たぶん私だ」


 友達は二人とも顔を見合わせ首を傾げよくわからないと言う顔をする。

 テンションの下がった顔で、美里は焦げたウインナーを箸で刺して口の中に放り込む。美里の顔はまた苦い顔に変わった。


◆◇◆◇◆


 次の日。

 美里は朝からインターンだった。

 ちなみにインターンの時間は課外授業として単位に数えられる。

 介護のねこやの駐車場に自転車で乗り付け、ねこやの制服を着た美里はリュックを肩からひっさげ、階段を上り事務所に入ろうとした時だった。


 「おい」


 呼び止められた気がして美里は振り返ると、駐車場に数台止めてある訪問用の自動  運転車の影の中から係長の金色の目だけが見える。


 「くろ?」


 「しっ。ちょっと、ちょっと」


 小声で呼ばれてあたりを見回してから小走りで美里も自動運転車の影に入る。

 係長の姿を見て美里は一瞬絶句する。


 係長は一昨日おとといの夜のまま、レジ袋をまとっていた。


 「くろ、何してんの?」


 「し、仕方ないだろ。財布も服も全部がされたんだ。家にも入れなかったんだよ」


 「じゃあ一昨日の夜から、ここにいたの?」


 「昨日は休みだったし、車の下って結構温かい」


 「……くろって。社会不適合猫なんだね。」


 「ふっ。苦い経験を重ね場数を踏むことで大人になるんだよ。わかってないね六条坂くん」


 「そして、最後はしゃみせんになると……」


 「そのワードを二度と私の前で発語するな」


 美里は複雑な表情で係長を見つめた。


 「ところで六条坂くん、早速仕事なんだが。君この間、猫用おやつスティックを置いてくれたデスクがあるだろ? あそこからカード型端末と充電済みの猫用手袋と靴を、あとロッカールームによって『係長』って貼ってある所から制服の予備を持ってきてくれないか?」


 「え? なんで? 自分で行けばいいじゃん」


 「行けるか。もう所長が出勤されてるじゃないか。こんな裸同然の所見せたらクビになるわ!」


 「裸ねぇ。モフモフでつやつやで可愛いと思うけど」


 「それは人間の目線でだろ。現代の猫界隈ではこれはハレンチ行為なんだよ。君もいい加減そのへん常識を理解して行動したまえ」


 美里は、あまりの説得力の無さにしばしレジ袋姿の係長を見つめた。

 黒猫の係長も、心なしかほんの少し頬を染めた。


 「もう一分、抱っこ追加ね」


 「……やむをえん。」


 「え? あっさり。じゃニ分」


 「いいから早く行け!九時になってしまう。あっ入り口の横にタイムカードがあるから、それも打っといて。係長って書いてあるやつ」


 うなずきながら美里は立ち上がり事務所の入り口に向かおうと一歩踏み出す。


 「あ」


 「ん?」


 美里は首元の@スピーカを触り、まばたきを始めた。首元からカシャカシャッと音がする。


 「おいこら。今」


 カシャッカシッャカシャッ、シャシャシャシャシャシシシシシシ……


 「ダイジョブ、ダイジョブ、個人用だから」


 美里のまばたきが激しくなる。


 「おいコラー」

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