第一章 lost csts 第三話 老人との勝負

 係長は小さなカバンからトランプ出しカウンターに置くと次に小さな手袋を出し装着した。すると手袋は少し膨らみ猫の係長の前足が五本指の人の手のようになった。


 「これホントは仕事用なんですけど」


 いたずらっぽく微笑む係長。


 マスターがグラスを拭く手を止め男の耳元で囁いた。


 「お客様、係長さん……いえあの猫様はこれまでも同じようにポーカーを他のお客様に仕掛けてはずっと勝ち続けている方です。オススメはしませんよ」


 男はちらっとマスター見て左手で口元を隠し小声で話した。


 「イカサマってことかね?」


 「ありえます」


 聞こえているのか係長は無言で薄ら笑いを浮かべる。


 「面白いじゃないか」


 男はニコリと笑って係長に向かって座り直した。

 係長は慣れた手つきでカードを切っている。


 「カードを確認していいかね?」


 「どうぞ」


 男は係長からカードを受け取ると念入りに一枚一枚の絵柄を確認するとポケットからティッシュを取り出し、軽く表裏、カードを拭き取りだした。

 驚いて係長は目を見開いた。


 「な、何をなさってるのですか?」


 男はにやりと笑う。


 「昔聞いたことがあるんだ。猫や鳥など人以外の動物は紫外線以上の光を感じることが出来るとね。君の連勝も意外にそんなところじゃないかね? マスター、ディーラーを任せてもいいかね?」


 係長の表情から笑みが消え耳を後ろにそらしイカ耳状態にした。男はカードを配る。


 「さぁ始めよう。一対一だ。ドローポーカーで。同じ役だった場合数字が大きい方が勝ち」


 「はい」


 男はカードを開くとすでに♡Jと♢のJ、♧7と♡7のツーペアが出来上がっていた。1枚カードをチェンジしようか考えていた時、係長のじっと男を見つめる眼差しが刺さるのを感じた。だが何か違和感を感じて男は少し眉をひそめた。


 係長は自分の五枚のカードを見てすぐ「チェンジ」とつぶやき5枚全部を伏せてだす。男は無表情でカードをじっと見てカードを伏せる。


 「私はこれでいい」


 マスターは係長にまた五枚くばる。配られたカードを見た係長は明らかに笑顔になった。


 「では勝負ということで」


 係長はカードを五枚オープン。続けて男もカードを見せた


 係長のカードは♡K、♧K、♤10、♡10、♢8のツーペアだった。

 数字が大きい方の勝ちというルールなので、係長の勝ちということになる。


 「いやー危ない。ギリギリの勝負でした。マスター、スプーンを一つ」


 係長はスプーンをもらい、男は、納得のいかない様子であたりを見回す。

他の客猫たちはカウンターには座っておらずテーブル席で談笑し、長いカウンターには小さなバラの鉢が置いてあるだけだった。

ぐびっとグラスのウィスキーを飲むと男はちょっと怖い笑顔で係長にせまる。


 「ねこ君、もう一勝負しないかね?」


 「いや、私猫ですから。これ以上は飲めませんよ」


 「ほう、勝負をする前から勝利宣言かね? 君やはりなにかやっているね?」


 疑りぶかく目を細めて男は係長の目を見る。係長の視線が一瞬バラの鉢上にいったのを男は見逃さなかった。

男は席を立つとバラの鉢植えのところまで行き丹念に鉢を調べはじめる。マスターも一緒になって鉢を見る。


だが何の変哲もないバラでありカメラなどを仕込んでいる様子もなかった。


 「いや、ホントなんにもしてないですよ」


 だがこの時、係長の黄色い目には他の誰にも見えていないものが見えていた。

バラの鉢の上にで白いぼやっとした何かが係長に向かって手(?)を振っている。

 係長は二人にバレないように一瞬だけウインクをした。


 「うーん。もうひと勝負しないかい?」


 男は席まで戻ってくるとまた一口ウィスキーを飲むと諦めきれない表情で係長にせまる。

 マスターが慌てて戻ってきてカードをしまい始める。


 「だめです。これ以上この店で賭け事はさせません!」


 「えーダメかねー?」


 「店の品位に関わりますので」


 マスターと男がやりとりをしてる間に係長はもらったスプーンでニコニコしながら男の酒をひとすくいする。

 その時バラの鉢の上の白い何かが係長に向かってジェスチャーをした。

 係長はスプーンを持ったままそれに気づき少し目を見開くと視線を男に移した。

 男の瞳の位置が明らかにまぶたの上にかかり焦点が合わなくなっていることに気が付く。

 次の瞬間男はひざからくずれ意識を失いその場に倒れこんだ。


「お客さん!!」


 マスターは慌ててカウンター席から出てくる。周りの客の猫たちも静まりかえり集まってきた。

 介抱しようとマスターが男に近寄る。


 「待って」


 係長は椅子からカバンを持って飛び降りると、カバンから大きな靴を取り出し装着した。


 するとスクッと人のように二足歩行で歩きはじめ男を仰向けにしはじめた。猫にしては信じられない怪力だ。

 マスターは係長の行動を黙って見つめていた。

 男のスーツをめくって胸に耳をあてる。心臓の鼓動を確認してカバンの中から手首血圧を取り出して図る。


 BP92/68、P78と表示された。


 係長は男のスーツの裏ポケットを探る。処方薬を見つけた。


 「あった。降圧剤だ。」


 「降圧剤?」


 「高血圧か狭心症の薬だよ。アルコールも血管を広げる作用があるからね。度数の強いアルコールをあおって立ち上がったり歩いたりしたから薬の効果とアルコールの効果が重なって急激に血圧が下がって意識を失ったんだ。そもそも酒はドクターストップなんじゃないか?この人。ウチにもこういう困った利用者たまにいるんだ。時間たつとわりとケロッと目が覚めるから大丈夫とは思うけど、万が一があるからね。店としては救急車を呼んだ方がいい」


 「はい!」


 マスターはすぐに@スピーカで救急に電話をする。

 係長は男の眼鏡を外しカウンターに置くとテーブル席まで行きクッションを引っこ抜き男の膝下に置いて足を高く上げた。カウンターの下にしまってあった男の来ていたコートを丸めると首の下にそっと入れる。


 「血液を少しでも上半身の方にやるのと、気道の確保はした。わたしの出来ることはここまでだ。後は救急隊に任せた方がいい」


 「十分位で到着しますって」


 マスターが電話をおえると係長は手早く男から手首計を外しカバンにしまう。


 「後は手を握っててあげるといいかも。少しでも刺激になるからね。悪いけどマスター。ここいら辺、知り合い多いからさ、わたしは……」


 「はい。わかりました。またお待ちしております」


 マスターは係長に会釈をすると男の傍らに座り込み言われたとおり男の手を握った。

 係長はいそいそとコートを着て小さな扉から出ていった。

 男はうめき声をもらしながら、薄目を開けた。


 「あ、よかった。気が付かれましたか?」


 「あ、ああ、すまん。朦朧としていたが意識が完全に無かったわけじゃない」


 「いえ、もうすぐ救急車が来ますので念のため病院の方へ」


 「ああ、わかった。すまないね」


 「本当です。お酒はほどほどにしてくださいね」


 男は頭の下で丸められた自分のコートを触った。


 「あの黒ねこ君は何者なのかね。適切な処置のようだが」


 マスターは入り口を見てすこし微笑みながらいった。


 「あの猫さんは、この街の介護事務所の係長さんで介護福祉士の方です。胡散臭いですけど割とまっとうな方です。」


 男は目を閉じ薄笑いをしながら呟いた。


 「へぇ介護?しかも黒猫係長さんか」


 「はい。まぁちょっと不良なんですけどね、たぶんいろんな人にもお金借りてるって言ってたから救急隊の人にも借りているのかも」


「ははは。男はそれくらいで丁度いい。なんてこといったらまた老害とか言われるのかね」


「どうなんですかね」


 マスターと男は笑いあった。


 北風が吹きイチョウが舞い散る街並みを救急車が通り過ぎる。

 係長は大きなくしゃみをした。

 鼻水がたれる。


 駅前通りから住宅街へとつづく道の交差点。赤信号で立ち止る人々。

 その人々の足元で寒さでぶるっと震えるとコートの襟を立て、手袋と靴をカバンにしまうと四足歩行になった

 信号が青になると人々の中を一緒に歩きだす。

 夜の街の人ごみの中、もう黒猫の姿は見えない。


 「あ、スプーンの山崎飲み忘れた」


 冷たい風の音に交じりながら小さなつぶやきだけが微かに聞こえた。




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