かさじぞう
「雪夜の地蔵」
昔々、貧しい老夫婦が山のふもとに住んでいた。年の瀬が近づく頃、老夫婦は少しでも新年の糧にしようと手作りの笠を売りに出たが、あいにくその日は雪が激しく、人通りもまばらだった。笠を買う者など誰もおらず、夫婦は肩を落として家に帰る途中、雪に埋もれた六つの地蔵に出会った。
地蔵たちは寒さの中、じっと立っており、頭には雪が積もっていた。哀れに思った老夫婦は、自分たちの売り物であった笠を一つずつ地蔵にかぶせてやった。六体目の地蔵には笠が足りず、翁は自分の手ぬぐいを差し出して、地蔵の頭に巻いた。
「どうか、この笠で寒さをしのいでください」
そう言って、老夫婦は家に戻り、冷え切った体を温めるために小さな火を焚きながら貧しい夕食をとった。暖かい食事もなく、寒さに震えながら床についたが、その夜、ふと外から重たい足音が聞こえてきた。
「どすん……どすん……」
重く鈍い音が、家の外を通り過ぎていく。老夫婦は互いに顔を見合わせたが、何も言わずに耳を澄ました。雪の降る夜に人が歩いているはずがない。それでも音はどんどん近づいてくる。
「どすん……どすん……」
ついに音は家の前で止まった。翁は不安に思いながらも、戸を少し開けて外を見た。しかし、そこには誰もいない。ただ、風が吹きすさび、雪が舞うだけだった。
「誰もいないじゃろうか……」
しかし、その瞬間、背後から低く冷たい声が聞こえた。
「……笠を、かぶせてもらった……返しに来た……」
驚いて振り返ると、部屋の中にはあの六つの地蔵が立っていた。地蔵たちは笠をかぶったまま、ゆっくりと翁に近づいてきた。その無表情の顔に、なぜか生気のない冷たい視線が宿っていた。
「あなたがた……なぜここに……?」
地蔵たちは何も言わず、ただ重々しい足音で近づいてくる。翁と老婆は恐怖で後ずさりし、壁際に追い詰められた。
「お返しに来た……永遠に寒さを忘れぬよう……」
その言葉が響いた瞬間、家の中の温もりが一瞬にして消えた。寒さが骨の髄まで染み込み、息が白く凍りつくようだった。老夫婦は震えながら立ちすくむしかなかった。地蔵たちは手を差し伸べると、冷たい氷のような指先が老夫婦の体に触れた。
「……冷たい……」
老婆はその一言を最後に、倒れ込んだ。翁もまた、次第に体が動かなくなり、凍りついたように意識を失っていった。朝になり、近所の者が訪ねてきたときには、老夫婦は雪の中に倒れ、二人とも凍りついて息絶えていた。
奇妙なことに、家の前には小さな足跡が六つ、雪の中に深々と残されていた。だが、それは人間のものではなく、まるで地蔵が動き出したかのような足跡だったという。
その後、村では地蔵に供物を差し出す際、決してその「お返し」を望んではならないという教えが広まった。それ以来、雪が降るたびに、村人たちは恐る恐る地蔵に目をやるが、誰も近づこうとはしなくなった。
静かに降り積もる雪の中、地蔵たちは何を見つめ、何を待っているのか、誰も知ることはなかった。
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