五話/メイド教会、そのメイド

 白髪の青年はこちらに向き直り、深々とお辞儀した。


「私どもの家族を守っていただき、深い感謝を申し上げる」


 目が覚めるほど美青年だった。白髪だったからてっきり年上だと思っていたが見たところ、高校生くらいだろうか。


 キン、と空間が切れたような気がした。

 瞬間、音もなく、白い外套を着た黒い髪の青年がレンのすぐ脇に現れた。

 気配は何も感じなかった。

 メイド達の動きが一瞬止まる。そして、地に膝をつき、外套の青年の方へ向き直り、深くお辞儀したまま動かなくなった。


「マリア、勇者を外に出してくれ」

「御意」


 マリアと呼ばれたのはどうやら丸メガネのメイドだったようだ。

 チリィンと、何処からともなく鈴の音が聞こえ、タカユキと押さえつけていたメイドの姿が消えた。


「旅の人、申し訳ない。せっかく来てくれたのにこんなことに巻き込んでしまって」


 微笑を携えて嫋やかな声色で青年が言った。青年はあの美青年よりも年上に見えた。

 僕はあまりの出来事に声も出せずただ立っていた。突然現れた男と勇者を止めたメイド達。しかしとても興味をそそられたのも事実である。


「自己紹介がまだだったね、俺はクラウス、クラウス・グレイスメール。お館様とも呼ばれているね。一応、メイド教会のギルドマスターをやっている」

「お館様、申し訳ありません。我々がいながらこのようなことを…」

「アレン、気にしなくていいよ。俺がもっと早く気付いていれば、こんなことにはならなかったわけだからね」


 アレンと呼ばれたのは件の美青年だった。膝をついたまま動かない。


「ところで…旅の人、貴方の名前は?」


 突然名前を呼ばれ一瞬びっくりしたが、すぐに持ち直し答えた。


「レン、と言います」

「ふむ…転生者か…。勇者じゃないのは珍しいね」


 何の情報もない状態で一発で看破され僕は驚いた。

 なぜバレたのだろうか。まあいいか。

 僕は、気になったことをこの人に聞いてみることにして素直に口に出した。


「失礼かもしれませんが勇者とは?」

「勇者とは、この世界の神々によって神為的に転生もしくは転移させられ、運命を宿命づけられた者たちのことさ。魔王が多くいるように勇者も一人ではない。中には先ほどの者と同じように人道から外れ魔王に堕ちるものもいる。それはそれとして、君が身に着けている外套には見覚えがある。君の師は来ているのかい?」


「いえ、師匠は…あ、これ…」


 師匠から預かった手紙を渡した。クラウスはそれに目を通すと、少し難しい顔をした。


「そうか、彼女はまだ、あの場所を護っているんだね」


 遠くを見ながらクラウスが呟く。彼はどうやら師匠を知っているらしい。


「レンくん、君はメイドを探しにここに来たのかい?」

「はい、王都まで行くためにサポート役が欲しいんです」

「君には危ないところを助けてもらった。それに彼女の知り合いであるなら、幾分かお礼をしなければならないね。ここではなんだ、いい部屋で話でもしようじゃないか。アレン、客間に我々を転移させなさい」

「御意」


 チリィンと、またも鈴の音が響き、体が浮き上がるような、エレベーターに乗っているような感覚の後、僕たちは一瞬で、広く立派な部屋に転移していた。


「とりあえず、座ってくれ。飲み物は珈琲でいいかな?何かお茶請けも出してくれ」

 アレンがすぐに飲み物を出した。いい香りがして、目の前にカップとお菓子の山が置かれる。


「さて、初めに聞いておきたいが、君はメイドに何を望む?」

 

 僕は一呼吸のあとまっすぐクラウスを見つめた。


「ともに成長し合える、戦えるメイドを」

「なるほど、特務型か、なら…。アレン、守護隊第一分隊から彼女を連れてきなさい」

「御意」


 一瞬で音もなくアレンは姿を消し、客間には僕とクラウスの二人だけになった。


「今から君に紹介するメイドは、守護隊に属している、護ること専用の奴隷、メイドだ。特務型と言って、特殊な訓練を積んでいる。そこらの兵士、魔物ごときには絶対に負けないだろう」

 

 コンコンと扉が鳴り、外から声が聞こえる


「お館様、彼女を連れてまいりました」

「入りなさい」

「失礼します」


 二人分の声が聞こえる。客間に入ってきた少女にレンは目を奪われた。

 白銀の髪にスラっとした体形。人形のような顔。儚げな雰囲気を纏っているが、僕から見ても一目でわかったことがある。

 それは、今の自分より相当に強い、ことだった。


「どうかな、レンくん。君ならわかるだろう、彼女の強さが。一度、魔物と戦わせてみるかい?」

「いえ、僕自身が戦います、どうか戦わせてください」


 突拍子もない提案にクラウスは少し驚いたようだったが、すぐに冷静な顔に戻った。


「いいだろう、さすが彼女の弟子だ。演習を許可しよう」


 クラウスはそう言うと、指を鳴らした。また僕たちは転移して、広いグラウンドのような場所に移動した。


「ここはメイド教会の演習場だ。好きに戦ってくれて構わないよ。ただし、これは殺し合いじゃない。そこだけは分かってくれ」

「はい」


 僕は演習場の真ん中に立つ。カノンはその向かい側に立った。カノンは無気力に立っているように見えるが、その姿に隙は一分もない。


「では、開始!」


 クラウスが大声で叫んだ。

 レンは天貫術の構えをとる。カノンに変化はない。

 力の温存などしている場合ではないし様子をうかがうことは出来ない、最初から本気で行く。

 次の瞬間、レンはカノンに向けて突撃した。気で強化された脚力は、普通の人間なら目で追えないほどの速度が出る。


「天貫術、第一、乾坤一擲!」


 気とマナを収縮した拳をカノンに突き出す。

 カノンは一息でそれを何の問題もなく躱した。そして突き出された腕を掴むと、僕を大きく投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた僕は空中でマナと気を放出し、態勢を元に戻す。攻撃を躱された挙句、空に投げ飛ばされるなど考えもしていなかった。


「天貫術、第二、剛波 散!!」


 しかし、すぐさま次の攻撃に移る。

 気を固め、マナで弾き出す広範囲攻撃だ。これなら躱すことはできないと思っていた。

 気弾が広範囲に着弾する瞬間、


「テンペスター、起動」


 カノンはそれだけ言って、腕に装着している手甲をガチャリと鳴らした。

 剛波が迫る中、カノンは冷静に、打ち出された気弾を一瞬で相殺した。

 弾き落とした、と言った方が正しいか。


「嘘だ…」


 つい本音が漏れる。そこそこの威力があるはずの剛波を一瞬で打ち消されるとは想定外だった。


「次はこちらから行きます」

 空中からの着地地点にカノンが迫る。僕は咄嗟に防御の態勢をとった。が、瞬間の拳の猛攻で防御を崩されてしまった。


「はあっ!!」


 カノンから打ち出された掌底が、胸にもろに直撃した。息が詰まる、目の前が点滅して、ふら付いた。

 一撃が重すぎる。倒れかけるが、気力で立ち上がった。まだ、負けと決まったわけじゃない。まだやれる。


「天貫術、気合技、桜花招来!」


 ふら付く体に強化術技を掛け立ち上がる。最大の攻撃で、この一撃に全てを賭ける。


「はああ!」


 右拳に気を集める。空気中のマナも右手に凝縮させていく。


「天貫術、奥義、獅子光刃!!」


 今のレンに打ち出せる最大の一撃を放った。空間が唸り、気が獅子の姿となり、カノンを襲う。


「お見事です、貴方様の力見せて頂きました」


 カノンがそう言ってフッと笑った。獅子光刃はカノンの右拳の一撃で消し飛ばされた。そして一気に位置を詰められ、胸に掌底が叩き込まれる。


「がはっ…!」


 術技をたった一撃で解除された上に、先ほどとは比べ物にならない威力の攻撃を喰らい、弾き飛ばされた僕は倒れたまま動けなくなった。


「そこまでだ!試合終了!」


 クラウスの声にカノンの動きが止まる。僕は倒れたまま放心状態にあった。

 師匠との修行で強くなったと思い込んでいたが、やはりこの世は広い。

 ある意味で今の段階でここまでの力の差がある相手と戦えて光栄に思えた。


「レンくん、良く戦った。まさか、カノンとここまで戦えるとは思ってもみなかったよ」


 クラウスから差し出された手を掴みゆっくりと立ち上がった僕は、クラウスに向かって迷いのない目をしながら、


「このメイドさん、買います」


 そう力強く言った。クラウスは少し微笑んで、


「ありがとうございます、お客様」


 そう言って指をもう一度鳴らした。

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