四話/果ての星・クォーレイス

「気持ちよさそうに寝てるとこ悪いが、着いたぞ」


 ドバに揺すり起された僕は、映った光景に目を見張った。

 そこに、継ぎ目のない巨大な壁が見えたからだ。開拓都市と言われているが、その様は、まるで城砦のようだった。


「ここが、クォーレイス?」


 驚嘆の声色で喋る僕の目は、まるで玩具を前にした子供のようだっただろう(実際子供なのだが)。


「ああ、そうだ。この大陸で一番大きい大都市だ。せっかくだから、とっておきの宿も紹介させてくれ。安いし飯もうまい」

「ありがとう、ドバ」

「なぁに、礼を言うのはこっちの方さ。もう少し荷台に乗っててくれよ、宿まで案内するから」

 ドバは軽快に笑いながら馬車を進めた。都市の入口、大門をくぐると、まるで別世界のようだった。白い岩を削りだして作ったような街並み、はるか向こうに見える巨大な塔、その上から都市を覆うように広がる鮮やかなマナの膜。

 ドバの説明では、あの膜が空気中のマナを吸収し、電気へと変える仕組みだそうだ。

 この世界には現代日本ほどではないが、大きな枠組みでの電化製品のような物があるらしい。果ての星クォーレイスでは、外灯などがそれにあたる。

 塔のすぐ近くの広場でドバは馬車を止めた。目の前には、やはり岩を切り出したような白い建物が建っている。古風な看板が吊り下げられていて、木彫りで『アドㇻの宿』と書かれていた。


「さあ着いたぞ。ここが俺の一押し、アドラの宿だ。もしここに滞在するようならここがおすすめだぞ。ギルドの直営店だし、賊も入らんしな」


 ドバが扉を開けながら言う。あとに続いて宿の中に入った。


「いらっしゃい」


 フロントから小奇麗な服を身に着けた、人のよさそうな店主が声をかけてきた。

 僕は周りを見回す。外からは白い石の家のようだったが、中は木で補強されているようで思ったより暖かみがある。


「ドバじゃないか。そちらがお客さんかい?」

「そうだ!命の恩人だから最高のもてなしを頼む!」

「ありがとう、ドバ。何から何まで」

「いいんだ。これくらいしないと、礼儀知らずのドバって言われちまうからな。ガハハハ」


 豪快に笑い、握手を求めたドバに応え、掌を握り返した。


「じゃあな、レン。またどこかで会おう!」


 ドバを外まで見送り、馬車が見えなくなるまで手を振って宿に戻った。

 店主に三泊ほど泊まりたいと伝え、部屋の鍵を受け取った。

 部屋は二回の角部屋。食事は朝と夜だけ、お金は前払いだった。

 部屋へと上がる。部屋の内装は素晴らしかった。木製のベッドにセンスのいい装飾の飾り付け。どこか師匠の家を思い出した。


 リュックをテーブルの上に置き、ハンガーに外套をかけ、ベッドにダイヴした。

 旅立ち一日目だというのに、目まぐるしい一日だったと思う。今日はもう休んで、明日、メイド教会とやらに行こうと決めた。それにせっかく来たのだからクオーレイスの観光もしたい。

 自分ではそんなに疲れていないと思っていたが、体はそんなこともなかったようで、眠気が一気に襲ってきた。

 僕は明日の事を考えつつ、目を閉じた。



 〇

 いつもの癖では想像以上に早起きしてしまった僕は部屋で体を鍛えていた。食事の時間はまだ先で、それまで暇だからというのもある。師匠との修行に日課と化した修行だが、飽きたことなど一度もない。

 少し早めに一階に降りて、浴室に入り風呂につかる。その後は手早く着替えを済ませ食堂に向かった。僕以外の宿泊客の姿もちらほら見える。

 さすがは異世界といったところだろうか。鎧を着た人物や、弓を背負った猫耳の女性など様々な人種がいるようだ。今までは本の中だけだったからそれだけでも嬉しくなった。

 食堂兼酒場に降りて、朝食を食べた。黒いパンと見たこともないフルーツ、豆のスープで、どれも美味しく満足できた。

 宿の店主から街の情報を聞き、鍵を預け外に出た。

 いい天気だ。心が晴れ晴れする。雲一つない晴天に、感謝しつつ街を歩く。

 情報だと、案内所のようなものがあるらしい。最初の目的地はそこだ。


 街の広場から少し外れたところに案内所らしき建物はあった。

 中に入ると事務員と思わしき女性がいたので、話しかけてみる。


「メイド教会というギルドの建物を探しているんですが…」

「メイド教会ですか?支部なら中央広場より西の方の奴隷街道にあります。入ってすぐの一番小さな建物です。流星の旗が目印ですよ」


 事務員の女性は笑顔で答えた。

 小さい建物?師匠は確か一番大きいと言っていた筈だ。意味が分からなかった僕の顔を見て事務員は察したようで、


「大丈夫です、行ってみればわかりますよ」


 と、笑顔で返された。

 とりあえず行ってみるしかなさそうだ。事務員に礼を言って案内所を後にする。


 奴隷街道はイメージとは裏腹に、綺麗に整備されていた。

 イメージではもっとこう、枷をつけられた人々がたたき売りをされているような感じだと思ったが、実際はそれぞれの店が並び、様々な人が行きかっていた。

 入ってすぐそばに、確かに、小さな、それもおんぼろの建物が見えた。まさかここではないだろうと思いたかった。どう見ても普通の家より小さい。

 小さな倉庫にドアだけがついてる感じだ。しかし壁に、流星を現した旗が掛かっている。その小さな家のドアを握る。ゆっくりと引いて開けると真っ暗な空間が現れた。そうとしか言えないのだ。黒い壁が目の前にある。

 師匠の結界と同種のものだと勘づき、僕は勇気を出して黒い壁に入ってみた。

 入った先の光景は、何があっても忘れはしないだろう。まるで宮殿のような雰囲気をまとった景色が広がっている。それに嘘のように大きい。外とは比べ物にならないような人数の人々があちこちにいる。

 扉の前で呆気にとられて立ちすくんでいると、礼服を着た一人の男が近づいてきた。顔に立派な髭を蓄えている。


「はじめまして、メイド教会へようこそ。さ、そんなところに立っていないで存分にメイド達をご覧くださいませ」

「あ、ありがとうございます。そのこういうところは初めてで、ちょっと圧倒されていたというか…」

「左様でございますか。大丈夫です、メイド教会にやってきた方々は皆、そういうものですので。ところで案内が必要でしたら、近くの黒服に話しかけ下さいませ」

「分かりました、もう少し一人で見て回ります」

「かしこまりました。ではどうぞ、ごゆっくり」


 礼服の男はこちらの姿が見えなくなるまでお辞儀したままだった。

 宮殿のような室内を見て回る。小さな店が連なっているように部屋があるようだ。そのどれもに看板のようなものと小部屋がついていて。中にはメイド服や執事服をきた様々な歳の人たちが立っていた。僕はどこか昔の遊郭を見ているような気分になったが、メイドたちの表情はこわばっているわけでもなく、皆、穏やかな顔をしている。

 突如として曲がり角の向こうで少女の叫び声が聞こえた。

 どうやら、何かが起こったらしい。僕は急いで現場に向かう。

 そこには鎧を着た男が、少女の手を掴んでいた。

 何が起きたかは分からないが少女が涙を流しながら必死に謝っているようだった。


 その光景を見て、僕の中に何かが渦巻いた。男が少女に手を上げようとしたとき、僕は既に、動いていた。

 一瞬の間。少女の前に立ち、男の手をひねり上げる。


「なにをしてるんだ、貴方は」


 冷静に言ったつもりだったが、少し怒気が見え隠れしている。

 許せない、ただそれだけだった。


「なんだ、テメェは?」


 男は僕の顔を見ながらゆっくりと言った。こちらはこちらで怒りをはらんでいる声色だ。顔に青筋を立てている。


「なにしてるんだ、って言ったんだ」


 もう一度、今度は呟くように言った。


「俺様は、粗相をした相手を殴ろうとしただけだぜ、それの何が悪いってんだ…あぁ!?」


 男が凄む。正直怖くはない。


「どんな理由であれ、殴るのはよろしくないと思う。人の尊厳を傷つけることは許されない」

「…テメェ、俺様がだれかわかってないみたいだな…。俺様は勇者、勇者タカユキ様だぞ!!」


 ついに出た。勇者だ。異世界なんだから勇者だっているだろうが、こんな粗暴な奴が勇者とは。少し残念だった。


「テメェ、勇者の外套を着てるから同輩だと思ったら、レベル1のモブ野郎じゃねぇか!」


 勇者の外套?レベル?でも、今はそんなことが重要な事じゃない。

 僕は語気を強めて答えた。


「手を放せ、クソ野郎」


 ブチリと何かが切れる音がした気がした。男の表情が変わる。


「この俺様に挑発たぁ、いい度胸じゃねえか!そんなに死にたきゃここでその女諸共殺してやるよ」


 タカユキはレンの手を振り払い、二歩ほど下がって、手を宙に向ける。


招来コール!!」


 掌の周りにマナが集まり、剣の形に変わった。

 タカユキはソレを掴むと一瞬空を斬り払う。


「聖剣降臨ってな!死ぬ時間だぜ、モブ野郎!!」


 右下から上方へと斬り上げられた斬撃が僕を襲った。明らかにこちらを殺しに来ている攻撃だ。スレスレで真横に回避した。

 剣は微弱なマナを帯びており、見た目より切れ味が鋭い様だ。タカユキの連撃をギリで回避しながら、わざと誘導しつつ徐々に少女から離れていく。


「躱すのだけはうまいみたいだな、レベル1風情が!!」


 タカユキの視線が少女の方へ向いた。不味い!僕は身を挺して少女の前に出る。


「これなら当たるだろ!その女諸共死ねよ!『風塵剣ストームブレイド』!」


 タカユキは風を集め、まるで嵐のような一撃を放とうとしていた。


「ッ!!」


 躱せないわけではないが、躱せば後ろの少女にあたる。

 防御もできない、このままでは確実に死ぬ。絶体絶命だ。



「そこまでです」


 透き通るような女性の声。

 雷のような音とともに、突然何もない空間から現れた何者かによってタカユキは抑えられ組み伏せられた。

 聖剣はというと、瞬きの間に、鋼線のようなものに巻かれ、空中に縫い付けられたように静止している。僕の目の前には執事の恰好をした白髪の青年が立っていた。その両手からは、鋼線が煌めく。

 タカユキの方を抑えていたのは、丸メガネのメイド服の女性だった。


「クソっなんだテメェら!」

「ここでの蛮行はそこまでにしていただきます」


 丸メガネのメイドが鋭い声で言い放つ。


「ここはメイド教会、この世界全ての法の向こう側にある国。貴方が勇者だとしても、ここでは関係ないのです。このメイドは学習段階にあります。それに手を出した上に、別のお客様に手を出そうとしあまつさえ殺そうとするなど…言語道断です。勇者ギルドの加護が掛かっていなければ、この場で貴方を処理してもかまわないのですよ」


 丸メガネのメイドは鋭い瞳で無慈悲に言い放つ。

 タカユキは少し下を向いたまま黙り込んでしまった。


 この空間とその結末に、僕はただ黙っているしかなかったのだった。

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