八〇〇字擬似評論 「あなたはいくつわかりますか?」

樹智花

八〇〇字擬似ミステリ評論 「あなたはいくつわかりますか?」

※この文章中に、39個のミステリ作品・文学作品・ミステリ評論のタイトルが仕込まれています。お暇な方は探してみてください。全部わかったら、相当ミステリに詳しい方だと思います。






 良質なミステリー小説を読むとき、人の死に行く道を考えることは夢想の研究と同じだ。

 ある人物の死に際し、その別れの顔を想起するように、死の谷を歩む男を見送るように、被害者がながい眠りを受け入れざるを得ない状況を享受するのである。

 殺人を知的ゲームとして楽しむ行為は危険なささやきであり、ときに血まみれの月のような、ときに最高の悪運のような解決に向けて、エデンの東にある真実を目指して読者は読み進めるのである。ミステリー小説において、殺人者には殺人者なりに、動機に響きと怒りがある。彼らは凶手を用いて殺さずにはいられないのである。そして被害者は、密かな処刑宣告を受けたも同然なのだ。

 読者は、場合によって殺人者が死体を無事に消すまでの過程を論理の蜘蛛の巣の中で推理し、また殺人者がおこなった、はなれわざについても推理する。それはまるで物語の迷宮のなかで白光を探るような行為だ。それは読者にとって眠れぬ夜の愉しみであり、彼らを夜明けの睡魔へといざなう。そう、読者は夜の冒険者たちでもあるのだ。娯楽としての殺人を、読者は楽しむのである。それはある意味で、罪ある傍観者といえなくはない。一方で、読者にとっての愉楽でもある。

 ミステリー小説において、名探偵登場や探偵の帰郷は、読者にとってカタルシスをもたらす。探偵は疑惑の霧を晴らし、毒を食らわばといわんばかりに殺人者をいばらの森へと追い込む。殺人者はへまをするし、探偵たちの誇りはそれを見逃さない。殺人者はまだ捕まらないという状況は、探偵にとって逃走と死と、という状態であるも同然である。

 殺人者の存在も、吾輩はカモであるといったものでは読者の興を削ぐし、往生際がよく明日に別れの接吻を、といった態度を取ってはお話にならない。やはりバランスが肝心なのだ。危険なやつらが大いなる賭けをおこない、最悪のときを迎える、そのカタルシスが重要である。


答え









一:『人の死に行く道』ロス・マクドナルド ハヤカワ・ミステリ文庫

二:『夢想の研究』瀬戸川猛資(評論) 創元ライブラリ

三:『別れの顔』ロス・マクドナルド ハヤカワ・ミステリ文庫

四:『死の谷を歩む男』M・バスケス・モンタルバン 創元推理文庫

五:『ながい眠り』ヒラリー・ウォー ハヤカワ・ポケット・ミステリ(創元推理文庫)

六:『危険なささやき』ジャン=パトリック・マンシェット ハヤカワ・ミステリ文庫

七:『血まみれの月』ジェイムズ・エルロイ 扶桑社ミステリー

八:『最高の悪運』ドナルド・E・ウェストレイク ミステリアス・プレス文庫

九:『エデンの東』ジョン・スタインベック ハヤカワNV

十:『響きと怒り』ウィリアム・フォークナー 岩波文庫など

十一:『凶手』アンドリューヴァクス ハヤカワ・ミステリ文庫

十二:『殺さずにはいられない』オットー・ペンズラー編 ハヤカワ・ミステリ文庫

十三:『処刑宣告』ローレンス・ブロック 二見文庫

十四:『死体を無事に消すまで』都築道夫(評論) 晶文社

十五:『論理の蜘蛛の巣の中で』巽昌章(評論) 講談社

十六:『はなれわざ』クリスチアナ・ブランド ハヤカワ・ミステリ文庫

十七:『物語の迷宮』山路龍天・松島征・原田邦夫(評論) 創元ライブラリ

十八:『白光』連城三紀彦 光文社文庫

十九:『眠れぬ夜の愉しみ』ハロルド・Q・マスア編 ハヤカワ・ミステリ文庫

二十:『夜明けの睡魔』瀬戸川猛資(評論) 創元ライブラリ

二十一:『夜の冒険者たち』ジャック・フィニイ ハヤカワ・ミステリ文庫

二十二:『娯楽としての殺人』ハワード・ヘイクラフト(評論) 国書刊行会

二十三:『罪ある傍観者』ウェイド・ミラー 河出書房新社

二十四:『愉楽』閻連科 河出書房新社

二十五:『名探偵登場』 ハヤカワ・ポケット・ミステリ

二十六:『探偵の帰郷』スティーヴン・グリーンリーフ ハヤカワ・ポケット・ミステリ

二十七:『疑惑の霧』クリスチアナ・ブランド ハヤカワ・ミステリ文庫

二十八:『毒を食らわば』ドロシー・L・セイヤーズ 創元推理文庫

二十九:『いばらの森』今野緒雪(「マリア様がみてる」シリーズ) コバルト文庫

三十:『殺人者はへまをする』F・W・クロフツ 創元推理文庫

三十一:『探偵たちの誇り』ロバート・J・ランディージ編 ハヤカワ・ミステリ文庫

三十二:『殺人者はまだ捕まらない』モーリス・プロクター ハヤカワ・ポケット・ミステリ

三十三:『逃走と死と』ライオネル・ホワイト ハヤカワ・ポケット・ミステリ

三十四:『吾輩はカモである』ドナルド・E・ウェストレイク ミステリアス・プレス文庫

三十五:『明日に別れの接吻を』ホレス・マッコイ ハヤカワ・ミステリ文庫

三十六:『バランスが肝心』ローレンス・ブロック ハヤカワ・ミステリ文庫

三十七:『危険なやつら』チャールズ・ウィルフォード 扶桑社ミステリー

三十八:『大いなる賭け』ロジャー・L・サイモン ハヤカワ・ポケット・ミステリ

三十九:『最悪のとき』ウィリアム・P・マッギヴァーン 創元推理文庫



余談ですが、ここにあげた作品はすべて筆者が所有しているものです。

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八〇〇字擬似評論 「あなたはいくつわかりますか?」 樹智花 @itsuki_tomoka

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