06

 目が眩むほどの光が目を刺した。次の瞬間俺たちは、俺たちの乗っていたバスは、周りの街並みは、共に地面を突き破って、落下した。それに従って体が浮く感覚があり、実際に座席から浮かび上がった。しかし実際の落下よりゆっくり落ちているのか頭をぶつけることはなかった。地面があったはずの場所には黒い空が広がっていた。共に落ちていく建造物や車の間から星が見えた。現状とアンバランスな美しさに思わず目を見張った。と耳が聴覚を取り戻した。バスにこだまする阿鼻叫喚、寝ていた四季も椎奈も起きた。四季は椎奈を抱え込み、椎奈も体を丸くしている。

「何が起きてる?! 英司! 桜! 大丈夫か!?」

「俺は大丈夫。未怜は……」

 横に目をやると未怜も窓の外を見つめていた。そして必死に何か探している。

「未怜? 未怜?!」呼びかけるとはっとこっちを見た。

「祠……私行かなきゃ!」

「祠? 行くんだな! よし!」何が何だか分からなかったが、なぜか受け入れていた。未怜がよみがえった時点で、俺の世界は変わった。祠と呟いていると、未怜が言っていた小さい祠が見つけられなかったはずなのに脳裏に浮かんだ。それと同時に星が途切れてひらりと光った先に、小さな祠が見えた。錠を外して、窓を開けて虚空に身を躍らせようとしたところで手を掴まれた。

「英司、俺たちも行くよ」真剣な色を浮かべて四季が言った。

「ここまで来たら、地獄の果てまでっしょ」椎奈もピースサインを見せた。

「よし、行くぞ!」バスの側面を蹴って、虚空に身を躍らせた。周りの街並みと一緒にゆっくり落下しながら、祠を目指す。まさに手足は空を切ったが、段々と近づいてきた。

 祠が近づくと未怜は小さく声を出して、祠に手を伸ばした。その細く白い手が触れた瞬間、未怜は忽然と消えた。消えていく瞬間彼女は美しい顔をした、寂しそうでそれでいて何か覚悟を決めたような凛とした顔をした。俺も手を伸ばし、祠に触れた。が、何も起こらなかった。四季と椎奈も祠に触れたがやはり何も起こらなかった。俺たちは半狂乱になって、行けーーのような言葉を吐いた。息も切れ、ふっと息を飲んだその時、アスファルトの一部が祠に当たって砕けた。その瞬間俺たちは白い光の中に吸い込まれた。首につけた指輪が光を反射した。吸い込まれる直前の落ちる車の間から見えた星が目を焼いた。


*****

 ぐっと肺に空気が入る感じがあって、俺は目覚めた。目が覚めてもすぐには目が慣れず、星の残像が目の前の光景を隠した。

「目、覚めた?」耳元で声がして、思わずそちらを見た。未怜の声だったからだ。

「ああ未怜、また会えた……」目頭が熱くなった。「桜!」と四季の声も横から聞こえ、「未怜!!」と椎奈の声も同じあたりから聞こえた。しかし次の未怜の言葉で俺たちは息を呑んだ。

「私は未怜じゃないんだ、ごめんね」

「え?」耳がいやに脈打ち始めた。

「未怜の姿を借りているだけなんだ。私はそうだね、君たちでいう神みたいなものかな」

「未怜は、未怜はどうなったんですか?」

「未怜は世界を救うためにその身を捧げてたんだ」その言葉を聞くなり、大きく耳鳴りがし始めた。視界も大きく波打ち始めた。

「落ち着いて、ね?」未怜の姿をしたソレは、神と名乗ったソレは俺の肩を抱いて囁いた。不思議と落ち着いて周りを見ると、四季と椎奈も体を少し起こして呆然としていた。目に焼き付いたのと同じ星空が頭上に広がっていた。しかし見渡す限りの砂の上に俺たちは座り込んでいるのだ。

「未怜は女神になったんだよ、世界の災厄を止めるために」

 言葉が耳から入って、心に響くこともなく抜けていった。しかし言葉は口をついて出た。

「俺が代わりになります」

しかしソレは首を横に振った。

「駄目なんだ、彼女でなければ。君ではない」

諦めず言葉を紡ぐ「未怜は、未怜は普通の女の子だ。世界を背負わせるなんて、そんな……せめて成仏させてやりたい……病気で人生を途中で取り上げられたのに……」

 ソレは大きく息を吸って言った。

「よみがえりは立派な奇跡だ。彼女はこの世界を救うために呼びかけに応じたんだ。彼女の意思なんだよ。それとも世界を見捨てるかい」

 未怜はそんなヤツだった。誰よりも優しかった。青臭い正義感も持ち合わせていた。神社に行けば必ず世界と人の幸せを願った。しかし納得することは出来ず、空を仰いだ。彼女の言葉が次々と思い返された。「ねえ英司が泣かないでよ」「またね」思い出される言葉は宝石のような輝きを持っていた。しかしその中でもひときわ輝く言葉があった。気がつくと口に出していた。

「……英司や四季くん、椎奈の記憶の中で生き続けるよ……」ここであるアイデアが思い浮かんだ。それはあり得ないことのようだったが、この状況も十分あり得ない。しかしそれは悲しい選択だった。

「俺らの記憶の中の未怜を、その未怜を代わりに捧げることはできませんか? 神なら、神だって言うならできるんじゃないですか」

 ソレはすっと目を細め、眼光鋭く言い放った。

「できないことはない、だが彼女の覚悟を君たちが砕くことになる。成仏することを彼女は望むかな。それに君たちの記憶から彼女は消える、それでいいの?」

「彼女は最後に寂しそうな顔をした。あの顔を見たら、俺のエゴだとしても世界を救うために彼女を縛り付けるなんて、そんな酷なことはできない」と横から四季と椎奈が声を上げた。

「俺も記憶が消えても、桜を自由にしてやりたい」

「椎奈も! 忘れたくないけど、でも世界を見捨てることはできない」

 ソレは、大きく息を吐いた。

「世界も未怜も選ぶか……強欲だね……ただその覚悟良く分かった。本当にいいんだね」

「はい、だけど最後に、抱きしめてもいいですか? その体と」

「俺も混ぜてくれ」

「椎奈もお願い」

 ソレは小さく頷き、手を横に広げた。首から下げた指輪を手で包み、その胸に飛び込み、髪の匂いを嗅ぐと、熱いものが込み上げた。横から椎奈が、そして全員を包むように四季が抱きついた。姿を似せただけと分かっていても、触れられることに涙が止まらなかった。人は心のつながりでは飽き足らず、体も繋がっていようとする。それは世界と自分と相手を繋ぎ止めるためだったのかもしれないと思った。しばらくそうしていると何か暖かいものが俺たちを包みこんだ。次第に視界が白く染まっていき、終わりが近づいているのが分かった。最後にその姿を目に焼き付けようと少し体を外したところで、白い光は輝きを増して彼女の顔を隠した。


*****

 目が覚めると、見慣れない街にいた。靄のかかったような頭が徐々に冴え始め、京都に来ていたことが思い出された。

「あれ? 英司、椎奈。俺たちなんで京都の道路脇に座り込んでんだ?」

「俺もなんでか思い出してるとこ。ほらスイートハニー起こしてやれ!」

 笑って言いながら横を見たが、誰もいなかった。ふと気づいて強く握りしめた手を開くとネックレスにしてある指輪があった。言いようのない感情と共にある光景が思い出された。女の子が俺に話しかけている。が、その顔は夕陽の逆光でよく見えない。横にジェットコースターが見えるから、遊園地だろうか。そういえば今日行ったような気がする。そして彼女が口を開いた。

「私に構わず、幸せになってね」

 気がつくと「当たり前だろ」と声に出して、答えていた。夕陽の中の彼女が笑った気がした。

「なんかよく分かんねーけど、とりあえずホテル帰るぞ! 英司、椎奈、」

「ああ」

 もう一度指輪を握りしめて、俺は歩き出した。

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女神になれ クリヲネ @kuri_wo_ne

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