05
「英司起きろー」
四季の声で目を覚まし、何度か瞬きをしているうちに目が慣れてきた。呆れたようにこちらを見る四季、髪を触りながら鏡とにらめっこする椎奈と、それを羨ましそうに眺める未怜の姿があった。彼女は制服のまま変わっていない、まさに修学旅行生といった感じだ。
「悪い悪い、まずは朝食か?」
「ああ」四季が頷き言った。
「楽しみだねー」と椎奈が言い、「ねー」と未怜が返した。
ネックレスを首にかけ、部屋を出て昨日の夕食と同じ場所に行くと朝食が用意してあった。お茶漬けに焼き魚、卵焼きに漬物もある。味わっていると不思議な感慨がした。食べるということに生きるということが詰まっている気がした。死んでしまった彼女の前で思うことではないかも知れないが。ふと顔を上げると食事をする俺たちを優しく見つめる未怜の姿があった。
「ちょっと英司、未怜見ながらご飯食べてない!? やらしー!」いつの間に目をつけたらしく椎奈がからかってくるものだから、動揺して箸に持った白米を落としてしまった。
「ちげえよ! まじでちげえって」
「お前どこに女子で飯食うやついるんだよ! 腹痛ぇ」
「四季までざけんなよ!」
そして満面の笑みを浮かべた未怜が「まあまあ英司、私でご飯食べたのは不問にしといてあげるから」
「何もないって!」とここで食べ終わった食器を回収しに店員さんが来たのでうるさくしてしまったことを謝り、食事処を後にした。他の三人は支度を終えていたので部屋について急いで支度を始めた。カチューシャをリュックに入れ、水を何本持っていくか考えていると横で眺めていた未怜が声を潜め言った。
(四季くん、この感じだとまだ椎奈に告ってないんでしょ?)
(ん? ああ、そうだよ)ちらりと二人の方を見ると四季がカチューシャを高く掲げて椎奈がそれを跳んで掴もうとしていた。
(今回の旅さ、私だけ色々叶えてもらったでしょ)
(んーまあみんな望んでやってることだけど)
(四季くんの背中、押したいの。私いつ消えるか分かんないでしょ? 二人には幸せになってもらわないと。もちろん英司もね。じゃないと私、成仏できないよ)そう言って笑ってみせた。
(未怜の願いとあれば背中押すか。俺としても四季が椎奈と付き合うのは嬉しいし。でも椎奈の気持ちは?)
(そんなの見れば分かるでしょ。これだよこれ)指でハートを作り、その間から下手くそなウインクして言った。
(じゃあ夕方くらいに二人きりにしてやろう)
「おーい四季! ちょっとこっち来い!」
「なんだよ?」
「えーちょっとなんの話ー?」と椎奈も寄ってきたので手で制して「男と男の話だからちょっと待ってて」と言うと渋々下がってくれた。
(四季、お前椎奈のこと好きって前言ってたよな)
(は? いやまあそうだけど、なんだよ。聞かれたらどうすんだよ!)
(お前、今日告れよ。今日しかないって)
(え? 急に? まあ行くか、行くしかないな。いやでも椎奈好きな男いるって)
(それお前かも知れないだろ。踏み出さないと、幸せ掴めないぞ! って未怜が)
(グッドラック! ドゥーオアダイ!)と親指を立てて未怜が言うと覚悟が決まったらしく四季が顔を上げた。
(行くしかない)
(夕方くらいになったら俺と未怜は離れていくから良さげなタイミングで告れ)
背中を叩くと四季はそれに合わせて首を縦に振り、立ち上がって「よし! 遊園地行くぞ!」と叫んだ。俺には好きだ! と聞こえた。
「四季ちょっとうるさいよー!」と椎奈が言い、四季は照れくさそうに頭を掻いた。
*****
「「「「すげーーーー!!!!」」」」
遊園地の門をくぐり、カチューシャを着け一歩踏み入れると別世界が広がっていた。キャラクターのグッズが売ってあるような売店があり、遠くに目をやるとジェットコースターが見えた。足早に一つ目のアトラクションに走った。三人席に座らされ、メガネを掛けると目の前でヒーローとヴィランが戦いを繰り広げた。
「楽しかったー! 次ー!!」
と言い次々とアトラクションに走った。ジェットコースターに乗り叫び、船に乗っては鮫に襲われ、恐竜に掴まれて空を舞い、映画の世界に足を踏み入れ、としているとあっという間に日が落ちてきた。
「いやーめちゃくちゃ楽しかったな、四季ジェットコースターでクソビビってただろ」
「お前こそ鮫に食われそうなって、席から落ちてただろ」
「あの英司傑作だったよねー、ここでちょっと休憩しない?」と言いながら、未怜が下手くそなウインクをした。楽しすぎて時間を忘れていた。ここらで二人きりにしてあげなければならない。
「椎奈売店行きたい! なんかストラップとか買いたい!」と椎奈が手を挙げた。ここぞとばかりに未怜が四季を指差し言った。
「四季くんが選んであげなよ!」
「え? なんでよー」と椎奈は笑ったが、少し目線を外して「じゃあ四季選んでよ」と言った。
「お、おう! 椎奈任せとけ! 桜と英司も二人で売店見てろよな!」
*****
未怜と売店を少し見たあと、近くのベンチに腰掛けしばらく話していると広場から二人が帰ってきた。二人の手は繋がれて……いない。告白がどんな結果を結んだか判断しあぐねていると、四季が親指を上げ、ぱっと隣の椎奈の手を取って繋いで見せた。
「おー!! おめでとう!」と未怜。
「おい! 四季! お祝いにジェットコースター行くぞ!」
「はぁぁ?」と口では不満げなふりをしてみせたが、顔は喜色を隠しきれていない。
「じゃ行きましょダーリン」と椎奈がおどけ、「ええ?」と困惑したようにおどけてみせる四季。
「そこは『そうだねスイートハニー』だろ!」背中を叩いてやると、四季は照れたように笑い椎奈に肩をぶつけた。椎奈も肩をぶつけ返し、そのまま身を寄せた。
それからジェットコースターに乗ると、四季は最初は必死に堪えていたが我慢できなくなったのか情けない声を上げ、椎奈の腕に縋り付いた。しかし楽しい時間はあっという間に過ぎ、太陽も足早に地平線へと帰っていった。ハンバーガー屋に入り、クッションに座ると今日のことが思い出された。楽しい時間だった。ただ過ぎ去った時間は戻らない、なんとなく寂しくなり横を見ると俺を見つめていたらしく未怜と目が合った。
「今日、楽しかったね。椎奈たちも幸せそうだし、ほら」
促されるままに見てみると、ハンバーガーとポテトを口に運びながら笑い合う二人がいた。
「ねぇポテト美味しいよ」
「お、ほんとだ。うまいな」
「ちょっとケチャップ付いてるよ?」
「まじ?」と椎奈が紙ナプキンで四季の口を拭いた。
「え、あ、ありがとう」
「……分かりやすくいちゃついてるな」
前から仲は良かったが、恋の実を結んで良かった。友達の関係とはまた違うだろう。今は恋人のほうが楽しいが、友達に戻りたいと思う日が来るかもしれない。しかし友達の関係を捨てても深い関係を望む、それが恋愛というものだろう。
ハンバーガー屋を出て、門をくぐると一気に重力が全身にのしかかってきた。重くなった口を開き、ぽつぽつと未怜と話しながら歩き、バス停についた。閉園時間ということもあり、混んでいたが二つ目のバスに乗る事ができた。待ち時間はアトラクションに比べれば可愛いものだ。
バスに乗り込み座席に座ることができた。疲れているはずがなぜか目が冴えてしまい、外を眺めた。
大阪を出て、京都の街につくかつかないかというところだった。目が眩むほどの光が目を刺した。次の瞬間俺たちは、俺たちの乗っていたバスは、周りの街並みは、共に地面を突き破って、落下した。
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