03

「やっぱ四季は来てると思った」

「まあな」

「ツッコミ待ちか?」

「……まあな」

 四季は頭に大阪の遊園地のカチューシャをつけていた。浮かれているにも程がある。

「今日は着くのは夕方になる、明日だろ」俺もカバンからカチューシャを見せながら言う。

「めっちゃ楽しみー! 中学の修学旅行ぶりだね!」

 未怜ももうその気らしくウサギのごとく跳ねている。心なしか滞空時間が長く感じる。

「桜はまだ目的を思い出せないのか? ホテルチェックインしたら少し京都歩こうか?」

「四季くんありがとね」

「……英司、桜がいなくなってからずっと目死んでてさ。椎奈も全然笑わなくなって。その二人が元気になっただけでも嬉しいんだよ、俺はさ」すっと目線を外して四季が答える。

「四季くんは悲しんでくれなかったの?」

 からかうように首を傾げ覗き込むようにして聞く。

「……悲しかったよ、ちょっと泣いたしな」

 肩をすくめて四季が答える。それを見て未怜は満足気に笑った。

 そこに音を立てて椎名が走って来た。頭にはカチューシャがあり、走るたびにずり落ちるようで片手で抑えている。もう片手で引くスーツケースが小さな段差で跳ねている。

「お待たせー! やっぱり椎奈がビリかー」手で顔を仰ぎながら椎奈が悔しげに言う。

「予想通りだな。よっしゃ新幹線乗るか。金は新幹線の中で俺にくれ」四季がチケットを配りながら言う。

 乗り場から新幹線に乗り込む。三人分の席なので未怜は俺の上で空気椅子することになった。乗る前に駅弁を買っていたので蓋を開ける。米とおかずが正方形に区切られて入っている。開けた瞬間にふわっと美味しそうな香りが漂った。

「未怜はいらないんだよね?」

「うん、お気遣いなくー」

「じゃあ「「「いただきます」」」

 掻き込むように駅弁を平らげ、椎奈を中心に会話を始める。

「今日はとりあえず四季が予約したホテルにチェックインして、街ブラね。で明日が遊園地と。こんなこともあろうかと椎奈もカチューシャ持ってきたんだよね!」

「二泊三日で桜の目的が分かったらいいけどな」

「頑張って思い出す!」

 その後もぽつぽつ話していたが、ふと会話が止まったタイミングで横を見ると四季に椎奈が寄りかかるようにして二人寝ていた。二人は仲が良い、四季は思いを寄せているが、椎奈の方はどうなんだろう。目の前の未怜も揺れている、幽霊も寝るんだな。手持ち無沙汰になり仕方なく車窓に目をやる。流れていく景色が灰色の街並みから緑の山へ次々と変わっていき、いつの間にか俺も眠りについていた。


*****

「起きろ、着いたぞ」

「ん? あぁ」

 揺さぶられて目を覚ます。他の三人は既に起きていたようで身の回りのものをまとめていた。急いで荷物をまとめる。

「まずはホテルにチェックインだな」

 四季が地図を見ながら言う。ホテルに向かうために京都駅を出ると京都タワーが見える。そこから少し歩いたところで未怜が思い出したように言う。

「そうだ! 写真撮ろ!」

「写るか分かんないし、心霊写真になるかもしんないぞ?」

「どっちでもいいよ! 指差せば分かるでしょ!」

 ということで京都駅から少し離れた場所でみんなで写真を撮る。

「……写ってる?」

「……写ってないな、変な光も入ってない」

 写真には遠くに見える京都駅をバックに未怜がいる場所を指差す俺たちが写っていた。

「でもなんかいいじゃん!」

「まあ未怜がいいなら……」

 四季と椎奈は苦笑を浮かべている。ふと懐かしさが胸を締め付ける。未怜が元気だった頃はよく見た光景だった。昨日までは考えもしなかった。未怜が幽霊として出ることも、こんな風にまた笑えることも。傍から見れば集団発狂にも見えるかもしれない。死んだ女の子が帰ってきてその子に言われて遠く離れた地まで来るなんて。でも未怜が死んだことが、死ななくちゃいけなかったことこそ理不尽で、それに比べれば大きな問題ではない。

「ねーねー英司、何ぼーっとしてんの」唇を尖らせ未怜が覗き込んで言う。

「あ、ごめん」

「変わんないね、英司は。何考えてたか当ててあげよっか?」軽く咳払いをして眉を顰めてまた口を開いた。「あー未怜可愛い、可愛いすぎるぅ」

「何だよそれ、最後のモノマネ酷いだろ」

 無理に出したような低い声にその顔も相まって俺の口角は自然に上がった。四季に至っては腹を抱えて笑っている。確かにそうだ、難しい事を考えるのは後ででいい。死んだ彼女が戻ってきた喜びを噛み締めようではないか。

「お二人共仲がよろしいですな」椎奈がからかうように言った。

 この空気も懐かしい。

「そんなこんなしてる内にホテル着いたぜ」スマホと目の前の建物を見比べ、四季が言う。

「安いって言ってた割には綺麗だな」

「ふん、四季様と呼べ」腕を組んで誇らしげに胸を張っている。

 少し入り組んだ場所にあるだけで、和の雰囲気もある小綺麗なホテルである。四季がフロントでチェックインをしている間ロビーのクッションでくつろぐ。

「未怜さ、なんか感じるの? こっち行け〜みたいな」椎奈がアンテナのつもりなのか人差し指を頭から生やし、未怜に尋ねる。

「んーなんとなくかな……ごめんね。ちゃんとしてなくて」

 未怜は小さく手を合わせて、申し訳無さそうに肩を落とした。

「いいよ、椎奈楽しんでるし。男共なんて未怜とお泊りでウハウハしてんだよ」

「ちょっと何それー!」

 じゃれ合う椎奈と未怜も懐かしい。気づくと四季も隣に立って久しぶりの光景を嬉しそうに眺めている。目が合うと笑って口を開いた。

「ウハウハしてねーよ! 英司だけだろ!」

「はぁ?」

 俺の言葉は無視して言葉を続ける。

「ほら部屋行くぞ! 荷物置いて散策だろ?」

「「はーい」」

 女子二人が明るく答えた。

「「「「おお〜」」」」

 部屋に入るなり感嘆の声が漏れる。和風だが奥にツインベッドが2つ並んでいる。窓から覗く景色もなかなかのものである。

「……四季、みんな同じ部屋とったんだね」

 椎奈が軽く睨みつけながら言う。四季は分かりやすく動揺した後、突然ベッドに走り出しダイブを決めた。

「「「……」」」

 ダイブした本人は咳払いをして口を開く。

「いやー良いベッドだわー……それより荷物置いてさっさと出るぞ!」

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