第6話 天才VS無能
「試合、開始ぃいい!!」
試合のゴングが鳴り響き、両者共に動き出す。
俺は柄に掛けていた剣を引き抜き、彼女との開いた距離を一気に詰めようと、駆け出した。
しかし、当然のようにその動きを読んでいたのか、彼女はその場を動かずして俺の制圧を目指す。
「水中級魔術【
彼女は魔術を発動し、空中に5本の水の槍を顕現させる。
それを接近する俺へと放ち、俺の行く道を塞ぐ。
これを喰らえば俺の体には風穴が空き、俺は串刺しになるだろう。
しかし、これを素直に喰らうほど、今の俺は弱くはない。
彼女の攻撃に注意しつつ、俺は接近する速度を緩めることなく、魔術を使用する。
「水中級魔術【
瞬間、開けていた闘技場の視界が少し紫色が目立った霧に包まれる。
「な、あいつ、魔法を使ったぞ...!」
「は?、無能魔剣なんじゃねえのか...?」
皆が驚く声をこぼす。
しかし、俺はそんなことは気にも止めず、戦闘に集中する。
結果、俺は体をそれにうまく隠れさせ、錯乱された彼女の魔術は俺に当たることはなく、地面へと落ちた。
そして、俺は未だ視界がぼやける闘技場の中で、霧に乗じて彼女の目の前まで迫る。
俺は彼女の大体の居場所と思われる場所まで辿り着くと、容赦なく剣を振るい、その刃を彼女へと届かせる。
しかしーー
「そんなもの?」
「....!」
何か嫌な予感を感じ取った俺は、咄嗟に後ろへと飛び退き、体制を整える。
すると、一瞬にして霧が掛かっていた景色は旋風と共に開き、対戦相手の姿を露わにする。
そしてその姿を見た俺は、心底後退してよかったと安堵する。
「思ったよりもやるのね、あなた」
「それは、どうも....」
彼女の姿が見えると同時に視界に飛び込んできたものは、彼女の周りを飛来する何百とある小さな氷の粒だった。
その何個かには赤い色が付いており、それが先ほど自分が攻撃した時にできた俺の腕の傷から出た血が原因だと気づいた。
あの小ささにして、この威力。
まさに近接殺しだ。
俺はすっかり彼女の術を警戒して、彼女との距離を広く開けた。
すると、俺が動かないのを見たのか、今度は彼女が攻め入ってきた。
「そちらから来ないなら、私から行くわよ!」
「ぐっ....!」
ものすごい勢いで攻め入った彼女は剣を振るい、俺はそれを止めて鍔迫り合いが起きる。
しかし、未だ彼女の周り飛来する氷の粒を避けながら戦うのは厳しく、俺は彼女が攻める度に下がることを余儀なくされた。
彼女の剣を押す力は決して強くはない。
しかし、それを支えるように俺の剣を削り、肉体を削るあの魔術はものすごく厄介だ。
避ける度に俺の剣と肉体の耐久度が下がってゆく。
そんな状況に俺は嫌気が刺し、彼女を弾き飛ばすべく、攻撃の中で空いた小さな隙間時間を活用し、魔術を唱える。
「風上級魔術【
轟音と共に、爆発したかのような威力の風が、自分中心に巻き起こる。
その突然の出来事に咄嗟に対応できなかったのか、彼女は強く吹き飛ばされ、俺との距離を取ることを余儀なくされた。
しかし、彼女にとってはなんでもないようで、吹き飛ばされはしたものの、彼女は華麗に着地しダメージをうまく軽減させた。
対して俺は続く攻防で結構体にガタがきてしまっていた。
これほどまでの、有利と不利の構図を見せられた観客も半ば諦めムードを流しており、「やっぱ、ダメか...」や「あいつは頑張った方だろ」と皆口々に俺の負けを確信するような言葉をこぼす。
俺だってそう思う。
天下の大天才相手に俺はよく頑張ったと、自分はもう十分やったのだと。
そう、自分の中で諦めの言葉を囁く。
こんな人相手にここまで頑張ったんだ。
美沙雪さんもユーリもきっと許してくれる。
だが、なぜだろう。
でもと。
それでも、俺の奥に感じる微かに燃える何か。
それが沸き立つ。
これは、一体....。
その間、闘技場観戦室から一人の幼女がこの二人の戦いを見届ける。
その隣には、執事の格好をしたおじいさんがおり、彼ら二人は楽しそうにこの戦いを観戦していた。
「どうですか?、やはり、お目当てはクレア・リーズフェルトですか、美沙雪様?」
執事がそう席に座る彼女へと問いかける。
すると、彼女は楽しそうに、でも少しがっかりしたように、執事へと返答する。
「確かに彼女はすごい。神童と呼ばれてしかりの実力だ。だが、私の目的はあくまでカインくんなんだよ、セバス。そこを見抜けないとは、まだまだだね」
「なんと、あの劣勢の青年ですか?、はてさて、私にはこのまま彼が負けるように見えますが」
目を疑うようにびっくりする執事は、疑念を持って幼女が推す青年を見つめる。
現状では、誰が見ても疑わざるを得ないほどの、青年の劣勢さ。
この執事以外が見ても、百人中百人があの少女が勝つと言うだろう。
しかし、この幼女が見る未来は違う。
「私が直々にスカウトした子だぞ?、あいつの本領はここからだ。見てろ、セバス」
「そうですか、それは実に興味深いですね。では、もう少し観察を続けるとしましょう」
「ああ。今に度肝抜かれるさ」
そう感じた幼女の思惑は正解だったようで、不利な状況が続くこの局面で、青年は思いを馳せる。
燃えるような感情が俺の中でずっと渦巻いている。
こんな強い相手に当てられてしまったからだろうか。
こんな感情はミルトとの決闘以来だ。
そうか。
俺は。
俺は、こいつに勝ちたい。
燃えるような闘争心が俺の中で芽生える。
俺の眼は絶望から希望へ。
まだ俺は戦えるのだと彼女に訴える。
それを見た彼女も俺の感情を感じ取ったのか、ふっと、少し笑った。
「先程よりは良い顔になったわね、でも、これで終わりにしましょう」
彼女はそう言い、何かを唱え始めた。
多くの魔力が彼女の元へと向かい、それが彼女の体と剣に纏わりついていく。
「その勇気を讃えて、私の本気を少しだけ見せてあげます。水帝魔剣:【
瞬間、彼女の元へと集まった多くの魔力は魔剣の形を為して発動される。
すると、彼女の姿はガラリと変わり、整った制服姿から流れるような水の鎧へと変化した。
「私の魔剣:水帝魔剣はリーズフェルト家相伝の伝統ある魔剣。水の力を極限まで引き出して利用するそんな魔剣よ。そして、この姿を前にして負けた相手は、一人たりともいないわ」
ヒヤリとした悪寒が肌を撫でるのと同時に、彼女は動き出した。
そして目にも止まらぬ速さで接近し、剣を突き刺すようにして連撃を繰り出した。
その猛烈な勢いの連撃を防戦一方でしか受け止めることができない俺は、いつの間にか闘技場端へと追いやられていた。
もう限界の状態の俺に彼女はトドメを刺すようにして言い放つ。
「そろそろ、終わりにしましょう。【
すると、彼女はパッと連撃を止めると、俺の下に巨大な青い魔法陣を出現させる。
まだ見ぬ攻撃に俺が思わず足を止めると、すかさず彼女は次の攻撃へと移った。
「余所見してる場合?、水上級魔術【水竜の
上級魔術を発動した彼女を警戒し、俺は彼女の方を咄嗟に見る。
しかし、こちらへと剣を向ける彼女からは魔術が発動した痕跡は見えない。
では、一体魔術はどこへと消えたのか。
その答えを俺は、すぐ知ることになる。
魔力の集まりを感じ、俺は四方八方へと目を向ける。
すると、そこにあったのは、5つほど発動されたであろう、彼女の水魔術があった。
「なるほど、これがお前の奥の手ってことか....」
「ええ、そうよ。水魔術【倍増】。その効果は、次に発動する水魔術の数を自分の魔力量分増やすこと。つまり、本来、一個しか発動できない魔術も、私の力量次第ではその数を何十、何百と増やすことができるの」
絶対絶命。
そんな言葉がお似合いの今の状況で、観客席の皆が俺の勝ちを信じるはずもなく。
俺はただただ、この技を使われて終わりなのだと、そう思われているのかもしれない。
だが、俺はこの光景をどこか懐かしいと感じた。
(この囲まれた局面、確かどこかで....あ、そうか)
この四面楚歌な状況の中で彼、ペストさんとの修行を思い出し、活路を開く。
(あれは、確か...)
『うぐっ...!』
『ほら、立ってください、カインくん』
数億年前の記憶を掘り探り、俺はいつかの修行の記憶を呼び起こす。
その中では、無限に広がる草原の上で、俺とペストさんが模擬戦をする姿が映し出された。
彼はその時、俺に何人かの敵が同時に魔術を放ってきた時の対処法について、教えていた。
その訓練に俺は何度も何度も失敗し、挫けかけたのを覚えている。
『ペストさん、やっぱりできませんよ....』
『諦めてはいけませんよ、カインくん。この魔剣を完成させれば、君はもっと強くなれるんですから。ほら、ではもう一回』
何度も彼から講義を受ける中で、俺は次第にそれを完成させて、運用することができるようになったのを覚えている。
あの時の状況と、今の状況は似ている。
やっぱり、この状況脱出するには、あの技しかない。
「これで、終わりよ!」
そう、自信満々に言いながら攻める彼女。
5方向から一斉に魔術が飛び交い、俺を押し潰さんと躍起になる。
冷静で、表情を変えずに勝ちを確信する。
なんの面白味もないと、つまらないと言った表情だ。
だが、そんな彼女の顔は、次の瞬間、驚きでいっぱいに包まれる。
「魔剣曲調:第三魔剣・水鏡【
修行の中の魔剣を発動し、俺の剣の周りには太く、厚い雲の層が浮かび上がる。
それを俺の周り、魔術が迫る方向へとつなげて振る。
すると、剣を振るった道筋に厚い雲が連結して出来上がる。
結果、太いレーザーのような水の咆哮は、勢いよく雲にあたり、そして少しの霧を発生させながら霧散した。
「なっ....!」
とっておきの手札を破られた彼女は、その余裕ぶっていた顔色を変え、焦り始める。
しかし、未だ自分が優勢な立場だと認識する彼女は、素早く思考を切り替え、俺への次の攻撃を繰り出す。
「まだよ...!、水帝魔剣:【
彼女もまた魔剣を唱えると、彼女の持っていた剣はその形を変え、大きいドリルのような見た目が特徴な槍へと変化した。
ここでの咄嗟の状況判断。
さすがは神童と呼ばれるだけはある。
だけど、この勝負は、俺がもらう。
勢いよく攻め入る彼女に、俺は本日2度目となるサプライズをプレゼントする。
「魔剣曲調:第一魔剣・雷火【
俺は再度魔剣を唱え、今度は全身に雷で出来た羽衣を纏う。
そして、俺は動き出し、雷にまで匹敵する速度で彼女の後ろ側へと回り込み、トドメを放つ。
「なっ、消えーー」
「これで、終わりだ。第一魔剣・雷火【
雷速で振るった剣は彼女の体へと切り込まれ、その衝撃で彼女は床へと倒れ込んでしまった。
彼女の魔剣の効果は消え、水の鎧と槍を身に纏った姿から、平凡な学生服へと戻る。
そして彼女は仰向けに闘技場の床に寝込み、上から刺す太陽の光を片腕で隠しながら、言った。
「はあ、はあ....私の、負けだ...」
「し、し、し、試合、終了!!!、まさかまさかの、大逆転!!、神童:クレア・リーズフェルト新入生を打ち破って試合に勝ったのは、無名のカイン・ツキノ新入生だぁああああ!!」
「「「うおおおおおおおお!!」」」
試合終了のゴングが鳴り響き、それと同時にものすごい歓声が響き渡る。
闘技場内は歓声で埋め尽くされ、皆、驚きと感動に胸を打たれていた。
「おい、おい、マジかよ!、あいつ、クレア・リーズフェルトに勝ったぞ!」
「やべえ、やべえよ!、神童破りだ!」
「神童破りのカイン!」
皆、俺に注目し、拍手喝采が巻き起こる。
中には俺の名前を連呼する奴や、あだ名をつける奴もいた。
「カイン・ツキノ、ね....すごい、男だわ....」
かくして、俺の波乱の模擬戦でのクラス選別試験は終わり、俺はその日一番の疲れと共に、帰路に着いた。
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