第4話 幼女
「君、アルカナ魔剣士学院に興味ないかい?」
「は、はい!?」
そう言うマスクとサングラスをかけた、黒スーツ姿の怪しげな女性は以前として俺の肩を掴む。
すると、それを良しとしないのか、後ろから猛接近で近づいてくる声が聞こえた。
「ちょっと、まちなさーい!!」
「ぐえっ....!」
すると、俺の肩を掴んでいた黒スーツ姿の女性は瞬間、俺の視界の横側へと吹き飛び、代わりに見慣れた銀髪の少女が視界の端から突入してきた。
黒スーツの女性は闘技場の床へ盛大に転げ落ち、腰を抑えながら少女へと喚いた。
「ゆ、ユーリくん、なんでそんな酷いことをするのさ!」
そう言う怪しい女性に、飛び込んできたユーリは説教気味に叫ぶ。
「なんでって、急に飛び降りて来て、勧誘を始めるような怪しい人を退かすのは当たり前のことだと思いますけど!」
「なんでさ!、ていうか、誰が怪しい奴だ!、失礼にも程があるだろ!」
「いいえ、どっからどう見ても怪しさ満点ですよ!」
状況が飲み込めない俺を他所に、二人は言い争う。
会話の内容的に、ユーリはこの人と面識がありそうだが.....一体誰なんだ?、この人。
確かに服装とか、見た目とかは、だいぶ怪しくはあるが.....。
そう謎の人物の正体を探ろうと思考を巡らせていた時、闘技場裏から数人の教師が焦り気味にやってきた。
彼らは、ミルトの救護と謎の女性を取り押さえると、彼女を引きずるようにして退散していった。
「あ、ちょ、待ってくれ!、ああ、もう!、カインくん!、後で校長室に来てくれーー」
そう言いながら強引に引き摺られていく彼女を見ながら、俺は闘技場中央でユーリと共に立ち尽くす。
「一体.....なんだったんだ?」
そう困惑の色を見せる俺に、ユーリは横で重いため息を一つつき、俺の手を握って引っ張っていった。
「え、ちょ、ユーリ?」
「さっき、校長室に来るように彼女に言われたでしょ?、残念だけど、その時点で私たちには拒否権はないの。だからほら、いこ」
そうして、俺とユーリは闘技場を逃げるように後にし、学院の校舎へと戻っていった。
☆☆☆☆
学校の校舎へと戻り、俺はユーリと少し遅れた昼食を取る。
時刻は1時を過ぎて少し、持参したお弁当を持ち合わせて、屋上にてユーリと一緒に世間話などもした。
「そういえば、なんでカインは急にあんなに強くなったの?、力を隠してたとか?」
「それは、違うな。実は、ある人に鍛えてもらって、それで俺は強くなれたんだ」
「へー、そうだったんだね.....本当に、よかった」
「ん?、なんか言ったか?」
「ううん、なんでもない」
学院でご飯を食べながら二人で世間話をする。
彼女とこうやって過ごすのは、いつぶりだろうか。
最近は、学院からの風当たりや、強くなることだけを考えて必死にやっていたせいで、周りが見えなくなっていた。
結果、ずっと俺のことを気にかけてくれていたユーリを蔑ろにして、自分ごとにして、閉じこもってしまっていた。
今、こうして向き合えているのも、ひとえに
俺は再度、この世界のどこかにいる師匠に静かに感謝を告げる。
お別れは言えなかったけれど、この感謝の思いは本物だ。
そうして、話を続け、久方ぶりの誰かとの食事を味わった後に、俺らは校長室へと向かった。
コンコン、と2回ほど分厚い木の扉を鳴らし、その戸を開ける。
「失礼します」
キー、と鳴る扉を開いた先には.....なんと誰もいなかった。
「あ、あれ?」
「ええと、多分あそこ」
戸惑う俺に、ユーリが前へと出て、後ろ側に向いてある席をこちら側へと向ける。
何事かと思い、そちらに注目していると、反対側に向けられた席の上には、小さな女の子が一人座っていた。
黒髪で、着物を羽織っている、とても大人気のある幼女だ。
まあ、外見は、だが。
「おー!、よく来てくれたね、カインくん!、さあ、さあ、座っておくれよ!」
そういう幼女は意気揚々と、楽しそうに俺を席へと誘導する。
訳もわからず仕舞いの俺だったが、彼女の隣にいたユーリが「席へと座って」と目で訴えかけてきていたので、俺はとりあえず、近くにあった椅子に腰掛けた。
すると、幼女はにっこりと笑い、俺へと問いかける。
「で、どうだい、カインくん。あの件、考えといてくれたかい?」
そう嬉しそうに問いかける彼女は、未だにっこりと笑い楽しげにしている。
しかし、どうやら彼女には、俺の表情が見えていないみたいだ。
なぜなら俺は今、とても困っているからだ。
なんせ、俺はこんな幼女のことは一切知らないからだ。
あの件ってなんだ?
もしかして重要なことだったのか?
どうしよう、まさか俺は重大なことを忘れて....。
そんな、思考が頭をよぎる。
どんどんと余裕を無くしていく俺にやっと気づいたのか、幼女も不安そうな顔をしだした。
「お、おい!、どうしたんだい、カインくん....!、体調でも悪いのかい....!、ゆ、ユーリ...!、私はどうすれば....!」
そうやって二人して慌てふためく状況の中、ユーリは大きくため息を吐き、状況を整理するべく動き出した。
「はあ、理事長、まずは一回落ち着いてください。カインも」
そうして割って入ったユーリの言葉通り、俺と幼女は一度冷静さを取り戻す。
静かになった部屋の中で、ユーリは再度喋り出す。
「いいですか、理事長。カインが困惑しているのは、あなたがその姿だからですよ」
「ああ!、なるほどな!、ならば.....」
すると、幼女は原因に気づいたのか、ハッとした様子で、急いで何かを唱え始めた。
すると、小さい爆発音と共に、幼女の周りから白い煙が突然噴き出した。
部屋中に充満した怪しい煙は、数秒後には消え、幼女のいたところをある女性へと置き換えた。
「あ....!」
そして、その姿を見た俺は、すぐに思い出す。
腰まである黒い髪とスーツに、怪しげなマスクとサングラスをかけるその女性。
彼女は、闘技場に来た勧誘の人だ。
「申し遅れた。私の名前はセイラ・クルーシス。五大魔剣士育成学院が一つ、アルカナ魔剣士学院の理事長だ。そしてーー」
ポンと、音を立て、再度煙を放出した理事長さんは、幼女の姿へと戻り、再度自己紹介をする。
「こっちの姿での名前は
この数瞬で起きた光景に、俺は心底驚き、硬直してしまった。
なんせ彼女が今平然と使ったのは、
これはペストさんに聞いた話だが、変化の魔法や魔剣は非常に高難易度かつ、膨大な魔力量を消費し続けるため、操れるものはほとんどいないとのことらしい。
なんせ、
つまり、これはそれほどまでに、異様で珍しい、珍味の魔法なのだ。
そして、それを長時間かつ、繊細な魔力操作で可能にする彼女は、おそらく想像もできないほどの実力者なのだろう。
俺は、目の前の幼女、美沙雪さんの評価を一変する。
生唾を飲み込み、その計り知れない実力に少し恐怖する。
すると、それすらも感じ取ったのか、美沙雪さんは再度顔を青くして焦り出した。
「お、おい、ユーリ...!、カインくんが鳩が豆鉄砲喰らったような顔してるけど、いいのか...!、わ、私は、どうしたら....!」
「はあ....理事長は一度落ち着いてください。大丈夫ですから」
またもや取り乱す美沙雪さんを宥め、抑えるユーリ。
それを繰り返しているせいか、彼女の顔はもうすでに、疲れ切っている様子だった。
しかし、彼女が宥めるのに成功したのか、美沙雪さんは「そ、そうか」と一言って、話を本題へと戻した。
「して、カインくん。君はアルカナ魔剣士学院に来る気はあるのかい?」
彼女は真っ直ぐと真剣に俺を見て、期待の眼差しでこちらを見てくる。
彼女の内に煌めく、熱き闘志を眼から感じ取る。
よほど、彼女は俺に期待しているのだろう。
だが....俺には、その期待は応えられない。
「..........」
「?、どうかしたのかい」
無言を貫く俺に不思議そうな顔で見る美沙雪さん。
それに俺は耐えられず、椅子から立ち上がり、深く腰を曲げ、頭を下げた。
「......すいません、その件は、お受けできません」
「.....!、か、カイン....!?」
「なっ....ど、どうしてだい....!」
俺の行動に、慌てた様子で俺を見る二人。
この返答を、彼女らは予想していなかったのだろう。
この二人の期待に応えたい気持ちはある。
だが、俺には多分、ふさわしくないだろう。
俺は頭を上げ、二人を真っ直ぐに見据えて、訳を話す。
「多分、美沙雪さんは俺の決闘を見て、俺を誘おうと思ったんですよね」
「あ、ああ、そうだが....」
「やっぱり...」
ああ、やっぱりそうかと、心の中で思う。
なら、やはり、俺はこの二人の思いには応えられないだろう。
俺は拳を握り込み、彼らに言う。
あの決闘の真実を。
「俺があの決闘で勝てたのは、ミルトが終始、俺のことを侮っていたからですよ」
「ん、ん?」
「あいつは、手加減をしてました。ミルトが最初から本気でやっていれば、多分俺は負けてました。だからーー」
だからと。
お情け程度で勝てたくらいの俺を、勧誘するのはやめてくれと。
そう言おうとしたその時、彼女は俺の二の句を手を上げ止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
次の言葉を発そうとする俺を止める、美沙雪さん。
俺は、そんな彼女を見上げると、それまた彼女は呆れた顔をしていた。
隣にいたユーリも唖然としており、美沙雪さんは俺へと問いかける。
「お前には、あの小僧が手加減していたように見えたのか?」
そう言う彼女に、俺は決心を持って答える。
「はい。だって、いつものミルトなら俺のことなんて数秒、いや、今なら1分ぐらいで倒していましたよ。それがあんな....あんな舐めた態度でくるなんて.....俺も悔しいです....」
現場を思い出し、悔しく、俺は拳をさらに強く握り込む。
俺の悔しさを彼らも感じ取ってくれる。
この話はこれで終わる、そう思っていた。
しかし、彼らの顔には、より一層信じられないという顔でいっぱいだった。
俺がそんな彼女らの表情を不思議に思うと、美沙雪さんは俺の話そっちのけで、ユーリと対話をしていた。
「なあ、ユーリよ、あやつがカインくんに対して手加減していたように見えたか?」
「いいえ、理事長。全くもってそんな感じには見えませんでした」
「うむ、だよな、私の目が曇ったのかと焦ったぞ.....まあ、と言うことだが、どうかな、カインくん」
そう、会話を紡ぐ彼ら。
俺はその言葉を聞いて、耳を疑った。
ミルトが手加減をしていなかった。
その事実に俺は驚愕していた。
もしかして、俺は、本当にそれだけ強くなっていたのか?
いまだに信じられない事実に動揺する。
あの乗り越えた、長きに渡る修行の成果は、もしかしたら俺が思っている以上のものだったのかもしれない。
そうして俺は再度悩む。
実力の伴った今の俺なら、あの五大学院に手が届くのではないかと。
しかし、同時に不安も過ぎる。
彼らの期待に応えれず、またこの学院で受けたような仕打ちを受けるのではないかと。
思いが交差し、俺の中で渦巻く。
そんな苦悶の表情を浮かべる俺を察したのか、美沙雪さんは口を開けた。
「まあ、悩むのなら、私のことを信じてみればいい。スカウトしたのは私だ、誰にも文句は言わせんさ」
そう彼女に言われて、俺の中のつっかえがすっきりと取れたような気がした。
何も心配はいらないぞと、語りかける彼女の姿は、俺の悩みなど簡単に解決してくれそうで、なんとも安心できた。
そも、彼女はあの五大学院の理事長だ。
俺なんかよりも、ずっと俺のことをわかっているだろう。
彼女を信じることは、もしかしたら俺の次の道に繋がるのかもしれない。
俺はそう思い、決心し、彼女へと言う。
「よろしくお願いします!」
深々と頭を下げた俺に、彼女はにっこりと笑い、元気よく言った。
「ああ、よろしく!」
こうして俺は、五大学院、アルカナ魔剣士学院への入学が決まった。
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