第2話 修行

「私が修行をつけてあげましょう」


「は、はい?」


彼は夜の中でそう呟く。

俺は突然の彼の言葉に呆然とする。


「えっと、一体....」


俺が困惑の表情を浮かべながらペストさんを見るのを見て、彼は快く説明してくれた。


「簡単な話です。力が欲しいあなたを、私が鍛えてあげるのです」


未だ不安と疑心に駆られる俺に、ペストさんは折を見て、ある物を取り出す。


「これが何かわかりますか?」


「これは....水晶玉....?」


「ええ、その通りです」


懐から一つの水晶玉を取り出すと、彼は続け様に語り出す。


「しかし、これはただの水晶玉ではありません。これには不思議な力が宿っています」


「不思議な力...ですか?」


「ええ」


夜の暗がりの中、仮面越しに不敵に笑う彼。

僕は言い得ぬ気味悪さを覚えたが、それは次の言葉により、全て吹き飛んだ。


「この水晶玉の中には、外界とは違う時間の流れた空間が存在します。そして、この水晶玉に触れることで、その異界と繋がることができるのです」


「えーと、つまり?」


「別空間で、永遠と修行を行えます。それこそ、あなたが満足するまで....」


「え....」


俺は唖然とした。

なんせ、彼が言った言葉はまさに夢物語のような物だったからだ。


別の空間で、老いることも、死ぬこともなく、ただひたすら修行に明け暮れることができる。

稽古だって、つけてもらえる。

誰もが望んで夢見る、永遠の時間。

俺が強くなるために必要な『時間』をいくらでもくれる、魔法のような道具。


そんなチャンスが今、俺の目の前にある。


欲しい。

喉から手が出るほど欲しい。

でも.....。



俺にはやはり、一つ、引っかかることがあった。


「なんで....」


「ん?」


「なんでこんな貴重なものを、俺みたいなののために使ってくれるんですか?」


それは、こんな落ちこぼれで無能な俺に、彼が持っている貴重なアイテム何故使ってくれるのか、と言う疑問だった。


彼の持っているこの水晶玉は、きっと俺の想像も及ばないような貴重な物に違いない。

なんせこんなアイテム、聞いたことも見たこともなかったからだ。

それに、聞いただけでもその貴重さが十二分にわかる。


だからこそ、尚のこと、何故そんなものを俺に使うのか、それが不思議でならなかった。


すると、彼は俺の問いを聞き、自分の顎を触りながら悩ましくも答えた。


「んー、そうですね。まあ、なんというか私にはあなたの奥底に眠る、天賦の才を感じたからですよ」


「才能....?、この俺に?」


そう聞いて俺は、疑ったような顔をする。

なんせ、才能なんてものがあれば、俺は今こんな目には会っていない。


「ははっ....励ますための冗談ですか?」


「いいえ、私は本気ですよ。実にね.....」


見定めるように見る彼の目。

俺は未だ疑いながらも、徐々にその言葉に吸い込まれていく。


「さあ、どうしますか?、永遠にも昇る、この修行を受けますか?」


迷う。

俺は迷った。

多分こんなチャンスは2度とこない。

でも、それでも、俺は自分の才能を疑う。

もし、これで彼を失望させてしまったら、俺はどうすればいいのだろう。

もしかしたらもう、立ち直れなくなるかもしれない。


そんな恐怖が俺を襲う。



しかし、それでも俺は一歩踏み出す。

少しずつ歩き出し、そして水晶の前まで至る。


目の前に輝く、一つの水晶玉。

その魔力に、俺は吸われていく。



それでももし、本当に俺に才能があるっていうなら.....。

もう一度だけ、最後に頑張ってみるのも悪くないのかもしれない。



そして俺は吸い込まれるように、それに触れる。


瞬間、ペストさんはニヤリと笑い、その頬を大きく吊り上げる。



「契約成立です....!」



☆☆☆☆



「ここが、修行の地か.....」


「ええ、ようこそ。歓迎しますよ」


あたり一面は平原に包まれ、気持ちの良いそよ風が涼しく吹いている。

真上には太陽に似た何かがあり、確かな温もりを感じさせた。


眼前を見れば、どこまでも続く地平線があり、その終わりは見えてはこない。

握りしめた拳の中には木剣と真剣が一本ずつ握られており、それ以上は持たされてはいなかった。


「では、早速修行を始めましょう」


そういうペストさんは後ろ側に立っており、彼も木剣と真剣を一本ずつ腰に据えて待っていた。

彼はこちら側へと歩み寄り、俺の前へと出る。


「ああ、ですがその前に....」


しかしと、彼は何かを言い忘れたようにこちらを振り返り、質問を問うてきた。


「あなたの名前を聞くのがまだでしたね」


「あ」


そういえばすっかり忘れていた。

あの時、ペストさんが名乗った時に俺も名乗っておけばよかったな。


そんな小さな後悔をして、俺は慌てて挨拶をする。


「す、すいません!、えーと、俺の名前は、カイン・ツキノです」


「なるほど、カインくんですか。実にいい名前ですね」


仮面で隠れている顎をすりすりと触りながらそう言う彼。

それに俺は、「はい!」と元気よく返答する。


これは、俺の母さんがつけてくれた大切な名前だ。

最近は馬鹿にされたり、あだ名で呼ばれたりしていたが、これは俺の誇れる本来の名前だ。


それを誉められたのが、俺は素直に嬉しかった。


そして自信よく答えたそれに、ペストさんも応える。


「いい返事ですね....さて、では修行を始めましょうか」


「はい!、よろしくお願いします!」


こうして俺の長きにわたる修行が始まった。



☆☆☆☆



修行を始めて100年。

最初は基礎を学べとペストさんに言われ、彼の言われる通りのトレーニングメニューを毎日行なった。

主なトレーニングは、筋トレ、素振り、走り込み。

この3点をメインに体を鍛えていった。


毎日筋肉が悲鳴をあげるほど鍛え、明日に備えて休む。

その繰り返し。


結果、俺の体はとてつもなく頑丈になり、今までの何倍も強く、そして早く剣を振れた。




そこから重ねて、1000年。

今度は木剣を握って、ひたすらペストさんと模擬戦をしていた。

剣の技を教えてもらい、型を教えてもらい、その都度実践を想定して模擬戦を行う。


辛く、厳しい道のりだったが、俺は幾千の技の型を学び、ついには剣技をマスターした。

剣の修行を終える頃には手が柄に吸い付くような、剣が体の一部と化したような、そんな感覚が残った。




さらに修行を重ねること、1万年。

本格的に俺は魔法の訓練に乗り出した。

俺には魔力がないと思っていたが、ペストさんが言うには、どうやら俺の体の奥底に眠っているらしく、それを引き出せば魔法の行使も夢じゃないとのこと。

そう言われ、俺は期待を胸に、最初の1万年はそれの引き出しに使った。

もちろんこの間、剣の修行も怠ってはいない。


そしてその結果、俺は初心者が扱う初級魔術の【低火球ファイアボール】ぐらいなら使えるようになった。

側から見ればちっぽけな一歩だが、俺にとっては大きな進展だった。

なんせ、魔法が一切使えないと言われていた俺が、魔法を行使したんだ。

それだけで、俺は救われたような思いだった。




修行に明け暮れ、さらに100万年。

小さくあった魔力量を増幅し、都度魔力切れが起こるまで魔法を行使し、気絶するまで修行をした。


結果、俺の0に近かった魔力量は、数え切れぬほどに増幅し、その頃には魔法を行使して気絶することはほとんどなくなった。




修行を重ね、1億年。

俺は、増幅した魔力で多岐に渡る魔法や魔術を学び、ついには大魔法をも習得した。

身体強化系、移動系、殲滅系、何もかも。


結果、俺は国一番の大魔術師にも劣らぬ魔力量と魔術知識を身につけた。

まあ、その事実を俺は知らないんだがな。




さらに修行を重ねること、10億年。

俺は、魔法と剣を交えた魔剣士としての立ち回りの修行をした。

場面により魔法を変え、剣技を変え、ペストさんと模擬戦をし続けた。

最初は慣れなかったものの、10億年もやれば変わるもので、俺は次第に戦うことに慣れていった。


結果、俺は魔剣士としての動きを覚え、魔法、剣技、共に完璧に仕上げられた。


もう俺は、以前の無能魔剣じゃない。

魔法が使えない無能なんかじゃない。

俺は、成長したんだ。




そうしてついに、俺の長きに渡る修行は終わりを告げた。




「まあ、これだけ鍛えれば、あなたも大丈夫でしょう。そろそろ時間も迫っていますしね」


そう言って僕の側まで近寄るペストさん。


彼はこの長い間、ずっと俺に修行をつけてくれた。

感謝してもしきれない、大恩人だ。


彼はずっとマスクをつけたままでその素顔は結局拝めなかったが、それでも俺は返し切れないほどの恩をこの胸に感じている。


「本当にありがとうございます、ペストさん」


「ははっ、いいんですよ。私が誘ったことでもありますしね。さあ、戻りましょうか、現世に。」


「はい!」


そう言い指をならすペストさん。

すると、あたりを眩い光が包み、僕らを元いた裏山へと戻す。



起き上がり空を見上げれば、すでに日は登っており、決闘の時間が迫っていた。

俺は急いで走り出し、山頂を降りる。


先ほどあたりを見回してみたが、何故かペストさんは見当たらなかった。

多分、もうすでにいってしまったんだろう。

お別れぐらいは言いたかったが、まあ仕方ない。


大きく不安が残るものの、俺は学院へと向かう。


あれだけ鍛えてもらったんだ。

少しは強くなったことだろう。


ミルト、今に見てろよ。



これより俺の人生を賭けた決闘が始まる。



☆☆☆☆



「ペスト、うまくやったか?」


彼の背後に黒装束の鬼仮面が現れる。


「ええ、ええ、やりましたよ。カイン・ツキノはもはや我らの支配下にあると言ってもいいでしょう」


すると、彼の問いに楽しそうに、でも、疲れたように返答した。


「あの憎きツキノ一族相手によくやったものだ。上出来だ。よし、ではこのまま国に帰ろう。国で陛下がお待ちだ」


「了解です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る