無魔の魔剣士〜謎の男に修行をつけてもらったら最強になった〜

ヤノザウルス

プロローグ〜カインの始まり〜

第1話 無能魔剣

魔剣士。

それは、この国において最も栄えある職業の一つ。

彼らは、魔法と剣技を活かし、日々世界の安寧を騎士として担っている。


そして、そんな騎士たちを生み出し、排出するために作られた学校がある。


名を、魔剣士学院。


世界に何十と広がる、救世主たちの学び舎。

多くの人が訪れ、そして多くの人が夢見てその道を歩む。




そして、そんな魔剣士を志した青年が一人、ここにもいた。

名を、カイン・ツキノ。


彼は田舎の方にある村、ツキノ村で生まれた青年だ。

彼は小さい頃から魔剣士を夢見て、そしてそれを叶えるために村を出た。

これがわずか12歳の頃の話。


そしてそんな彼は、今となっては15歳。

もうすでに、立派な青年だ。

三年もあったのだ、彼は今頃、きっとすごい魔剣士になっていることだろう。


そう思っていた時期が彼にもあった。

しかし、現実はあまりにも非情で、背けたくなるほど残酷だった。




「はあ....」


自分の白と黒の入り混じった髪をいじりながら、俺は広い学院の校舎の端っこへと向かう。


俺の名前はカイン・ツキノ、15歳。

12歳の頃に故郷であったツキノ村を出て、この見習い魔剣士学院で魔剣士を志した一人の青年だ。



しかし、今では学院で一番の落ちこぼれと呼ばれており、ついたあだ名は『無能魔剣』。


魔剣士とは本来、魔技と剣技、その両方を駆使して戦うのが基本とされている。

魔法を魔術として相手に放つのもよければ、それを剣に纏わせて戦うのもありだ。

魔剣士の数だけ戦術があり、それだけの幅がある。


そう、そしてこれら全てには共通点がある。

それは....魔法、もとい、魔法や魔術を使うための魔力、そしてそれをサポートするだけの剣術が必要ということだ。


そして、酷なことに、その両方とも俺には備わってはいなかった。


剣術は人並み以下。

剣のみの大会に出ても、常に初戦負けを繰り返している為体。


剣を振り続け、いくら肉体を作りあげても、剣の技量は上がらないまま。

俺には、剣の才能などこれっぽっちもなかった。


そして、それ以前に魔技は.....。



「ここでいいか...」


学院の狭い道に来た俺。

そこで剣の修行、もとい、素振りを行う。


「298、299、300....」


素振りをし続け、1日の目標である1000回を目指す。

修行相手がいない俺では、素振り以外の特訓は出来得ない。

訓練場を使おうなんてした日には、周りの奴らから袋叩きにされることだろう。


「499、500、501....」


剣を振り続け、ちょうど折り返し地点へと差し掛かる。

一度、汗を拭うために床に置いていたタオルを手に取ったその瞬間、彼がやってきた。


ヒュンと鳴る風切り音と共に、こちらへと何かが投げられる。

その何かは素振りを続ける俺の後頭部へと直撃し、確かな痛みを残す。


「いっ....」


振り返り、地面を見る。

すると、そこには自分へと向かって投げられたであろう、石の破片が落ちていた。


一体誰がこんなことを。

そう思ったのも束の間、嫌がらせをした張本人が目の前に出張る。


「おい、無能魔剣!、お前こんな所で何してんだぁ?」


サラサラと靡くような金色の髪を持ち上げながら、明らかに見下す視線で見てくる彼。


「ミルト....」


そんな彼の名前は、ミルト・ハイネスト。

この見習い魔剣士学院で5本の指に入るほどの実力者だ。


彼は僕のことがとことん気に入らないらしく、たびたびこういった嫌がらせを彼から受けていた。


まあ、今回もその一環だろう。

いつも通りだ。


彼のことはあまり気にしてはいけない。

軽く相手をして、彼の機嫌が良くなって去るのを待とう。


「ど、どうしたんだミルト。こんな所に来るなんて珍しいじゃ...」


喋り出すその時、再び顔に石を投げられる。

痛みのあまり、俺は言葉を止めて、頭を押さえてうずくまる。


「誰が喋っていいって言ったんだ?、えぇ?、お前は黙って俺の玩具おもちゃになっておけって言ったよな?」


そう言って次の石を手に平でコロコロと転がすミルト。

そんな彼に恐怖を覚えた俺は、彼に向かって惨めに謝罪をする。


「ご、ごめん....」


「ああ、わかればいいんだよ、わかれば...な...!!」


「ゴフッ....!」


ミルトに顔面を蹴られ、真っ赤な鮮血が鼻から漏れ出る。


僕は思わず倒れ込み、痛みから鼻を抑える。


「おめぇ見てぇな無能魔剣はよぉ、地の底で這いつくばって、俺らの玩具になるしか道はねぇんだよ。わかったら無駄な努力はやめてさっさと村に帰っちまえ」


そう吐き捨てて、機嫌悪そうに去っていくミルト。


覚えているだろうか。

俺が先ほど、自分の魔力について言及したことを。


そう、俺には魔剣士として致命的な問題がある。

それはーー



ーー魔剣士として機能するために必要なであるということだ。




魔剣士とは、魔法と剣技を両立して戦う職業。

そのどちらか、ましてや魔法が欠けていては、それは務まらない。


そして、そんな魔法が使えない俺は、皆から蔑まれ、魔剣士のくせに魔剣が使えない無能、すなわち『無能魔剣』と呼ばれるようになった。


「はあ....」


ミストに蹴られ、体をボロボロにされた俺は、それでも立ち上がる。

まだ、日課の1000回、素振りをおこなっていないからだ。


正直、体は痛いし、今日はもう剣を振りたくはなかったけど。

やっぱり強くなるためには、俺は日課をこなす以外の方法は無かった。


「よし......502、503、504」


木剣を握り、修行を再開する。

そんな時、優しい声色が後ろから聞こえてきた。


「おーい!、カインくーん!」


安らぐような声を聞いて俺は振り返る。


すると、そこには綺麗な腰まである銀髪が煌びやかな、青い瞳の女子生徒が手を振っていた。


「ユーリ...!」


俺は彼女の名前を呼ぶ。

彼女はユーリ・リーテリア。

俺と同じツキノ村から来た、見習い魔剣士の一人だ。

昔からどこへいくのも一緒で、よく一緒に遊んだのを覚えている。


しかし、今の彼女は俺とは違って優秀だ。

この学院では見習い魔剣士ランキング第二位の実力者。

次年度からはあの五大魔剣士育成学院の一つ、アルカナ魔剣士学院への入学も決まっている。



俺にとってはもう雲の上の存在。



そんな彼女は、俺と同郷というだけで、俺といつも仲良くしてくれている。

そして、それを快く思わないものも多い。


俺はそのことを一度忌避し、さりげなく彼女へこのままでは、俺のせいで評判が著しく下がることを忠告した。


だが、そんなことを気にも止めなかった彼女は、未だ俺と懇意にしてくれている。



「カイン...!、大丈夫、どうしたの!」


俺の体のあちこちにある痣や俺の顔についている血の後を見て、彼女は心配そうにこちらへと駆け寄る。


「ああ、大丈夫だよ。心配ない」


強気に彼女へと心配をかけないように、俺は平気なフリをする。

本当は痛い。

激痛が未だ走ってる。

しかし、これ以上彼女に心配はかけられない、その一心で耐える。


「本当....?、なら、よかった。そうだ!、今日はお弁当を持ってきたんだ、カイン、食べてくれない?」


「本当か?、じゃあ、ぜひいただこうかな」


「うん!」


嬉しそうにはにかむ彼女を見ながら、ユーリの持ち出したお弁当をもらう。


「明日、感想聞かせてね!」


そう言って彼女は去っていった。

俺は彼女の持ってきた青い弁当箱を開けて、中の食材を食べる。


うん、美味しい。


味の効いた食材を食していき、そのおいしさを噛み締める。

料理の数々を食べ尽くし、弁当箱を閉め、去ってしまった彼女へと密かに感謝を告げる。


「ご馳走様。ありがとう、ユーリ。おいしかったよ」



俺は弁当をしまい、そして再び木剣を握り、素振りを再開した。



「よし!、特訓を続けるぞ!」



☆☆☆☆



そして翌日、俺は再び、学院の隅で素振りをしていた。

日課の1000回だ。


「201、202、203....」


素振り。

静かに剣を上げ、思いっきり剣を振り下ろす。

その作業の連続。


正直、最初の方はこの工程を面倒臭く、つまらないものと考えていたが、いつしかこの時間が一番安心する時間へと変わって行った。


ああ、素振りをしていると心が落ち着く。

この時間は、誰にも邪魔されたくはない。


しかし、そんな都合よくいくわけもなく、この日課を邪魔するように今日も、俺の前にあいつが現れた。


「おい」


低い声色に俺は振り返る。

大方の人物は予想がついている。


なんせ、ほぼ毎日のようにやってくるのだからな。


「またか、ミスト...」


「あぁん?、またかとはなんだ、無能魔剣風情がよぉ?、遊びに来てやってるんだから感謝しろよ!」


挨拶がわりのように、当たり前に蹴りを腹部に入れてくる。


「うっ....!」


強烈な蹴りが、俺の鳩尾を抉る。

思わぬ痛さに呼吸が詰まり、俺は腹を抑え、地面に膝をつく。


「ハンッ、やっぱりテメェは、いつまで経っても俺らの玩具おもちゃの無能魔剣なんだよ。今日はこれくらいにしといてやるけどよぉ、今度また生意気な口聞いたらタダじゃおかねぇからな」


「......ああ」


今日も痛めつけられるだけ、痛めつけられる。

屈辱的だが、この関係を覆すだけの力は俺にはない。


だがもう慣れた。

今更どうこうできるとも思ってない。

それに、あと少しの辛抱だ。

もう少し待てば、卒業式が来て、これも終わる。


諦めの念を抱く。

仕方がないことなのだと。


立ち上がり、木剣を握って修行を再開しようとしたその時。

俺は、咄嗟に奴が口にした言葉に、自分の溢れ出る怒りを抑えきれはしなかった。


「なあ、ミルト。お前、ユーリのことどう思う?」


近くの柄の悪そうな男子生徒がミルトに話しかける。


「ん?、ああ、あの女魔剣士か。ああ、あいつはいい女だ、いずれは俺のものにしてやるさ」


「でもよ、最近距離を取られてるらしいじゃねえか」


「なあに、いざという時には強引にでも俺のものにしてやるよ。いっそ誘拐でもしてな」


「ははっ!、さすがだぜ」


次の瞬間、俺は木剣をやつに投げつけていた。

木剣は風切り音と共に、奴へと素早く向かう。


しかし、それを奴は綺麗にかわすと、怒りをむき出しに後ろを振り返った。


「おい、無能魔剣。てめぇ、どういうつもりだ....?」


額に青筋が浮かぶほどに怒れる彼に、俺は堂々と言う。


「どうもこうもないさ。お前みたいな奴に、ユーリは渡せないってだけだ」


「ほーう....」


彼は指をポキポキと鳴らしながら、こちらへと迫る。

その迫力には、言わずもがな俺も身構えて戦闘態勢をとる。


しかし、彼の言動と表情とは裏腹に、彼は暴力に訴えかけるよりも、冷静に話を持ち出した。

その表情の裏には嬉しそうな、楽しそうな、そんな隠れた陰謀をかすかに感じた。


嫌な予感がする。


「どうやらテメェらは相当お熱のようだなぁ.....えぇ?、どうだ、ここは一つ、決闘をしようじゃないか」


「決闘....だと....」


決闘。

それは、この世界の正当なルール。

魔剣士同士がぶつかり合い、制約の元に勝負を行う神聖な戦い。

負けたものは勝ったもののいうことをなんでも一つ聞き、それを絶対の制約の元、聞き入れなければならないというものだ。


そんな恐ろしくも、勇気的な決闘。

それをミルトと俺で行う。


嵌められた。

奴と決闘を行なって負けるのは、この俺だ。

ミルトのやつは多分、この決闘で俺に更なる屈辱を植え込む気だ。



「まっ、待ってくれ、俺は決闘なんて....」


「うるせえ!、喧嘩を売ってきたのはお前だ!、落とし前はつけやがれ!!、まあ安心しろ、俺がしっかりと申し込んでおいてやるからよぉ。明日の朝10:00、闘技場で待ってるぜ、!、ハハハハハハッ!!」


高笑いしながら去っていくミルト。

その顔に恐怖はなく、ただ余裕そうに、楽しげに笑っているだけだった。


そんな姿を見て、俺は絶望のあまり、床に崩れ落ちた。


「ど、どうすれば....」


俺には戦った経験なんて、一切ない。

俺相手では、どんなやつにでも瞬殺されてしまうからだ。

それがミルト相手ならば尚更のこと。



このままではまずい。



そう思った俺は、夕暮れ時の道、学院の近くの裏山へと向かった。

ここでなら、思う存分修行ができるだろう。


真剣を握り、剣を振り下ろす。

今回は、実践を想定して素振りに加え、いろんな剣技や動きも織り交ぜる。

だがーー


「だ、だめだ....これじゃ、だめだ.....」


何一つとして手応えを感じない。

剣には振り回され、全くもって自分のものとしている感覚がない。

魔法に関しては発動すらしない。


このままでは、確実に負ける。


そしたら、俺は、もう.....。



「クソッ.....!」



握っていた剣を落とす。

不意に体に力が入らなくなってしまった。


俺は膝を突き、地面に伏せる。

そして、そこで内に叫ぶは、悔いの念。



俺にもっと、力があれば....。

俺にもっと、才能があれば.....。

俺にもっと、人に誇れる何かがあれば......。



俺が、魔法も使えない無能者じゃなければ......。



何か、違っていたのかもしれない。



「あーあ。俺の人生、もうここで終わりか....?」



俺は硬い土の地面に仰向けになる。

いくら今から努力しようとも、ミルトには叶わないと知って。

諦めの言葉を口にする。


「こんな筈じゃ、なかったんだけどなあ.....」


気が抜けていくのを感じる。


数年前、村を出て魔剣士を志した俺。

あの時は期待と希望に満ち溢れていた。


何かを目標にし、それを目指し、憧れたあの頃の俺は、今は一欠片も感じられない。

ただ現状を足掻いている、愚かな生き物。


「俺は、どうすればいいんだ?」


不意に涙がこぼれる。


この何もできない状況に悔しさを噛み締める。

だが、それでもこの状況を打開できるものはなくて。


俺は、不意に弱さを言葉にして漏らす。



「誰か、助けてくれよ.....」



そんな時だった。

彼が現れたのは。



「お困りかな?、そこの青年」


突っ伏した体を起こし、現れた声に振り返る。

すると、そこには怪しげな男が一人、夜の月明かりを背に優雅に立っていた。


「あなたは.....」


「こんばんは。私の名前は......ペストと申します。どうぞお見知り置きを」


そう言ってお辞儀をする彼。


黒い装束に、名前通りのペスト仮面を被った、背丈の高い男性。

怪しい匂いがプンプンする。


彼は優美にその動作を終わらせると、俺へと再度問うてきた。


「して、あなたは何か、お困りのようでしたが....どうかされましたか?」


「え、ええ。実はーー」


怪しいと感じていた俺だが、この悩みを誰かに打ち明けたくて、俺は口を滑らす。

心に大きな重荷を背負った俺は、そのストレスに耐えきれず、事情を全て彼に話してしまった。

その間、彼はじっくり聞いてくれて、自分の心のほつれが少し、解けていくのを感じた。


「ふむ、なるほど。それはまた、大変でしたね」


心配そうな顔で見つめてくる彼に、俺は平気なフリをして返事を返す。


「はい。でも、いいんです。もう覚悟を決めましたから。それに、あなたと話せて少し心に余裕ができました。これで少しは頑張れそうな気がします」


「そうですか、それは何よりです」


未だ少し不安げにこちらを見つめてくる彼を横目に、俺は再び剣を握る。


「では、話した通り俺には明日、決闘がありますので」


そう言って俺は真剣を再び握り、それを振る。


今更何かできることはないのかもしれない。

でも、何かをやらないよりは、絶対にマシだ。


彼と話していて俺はそう思った。


そうして俺は素振りを再開した。

剣を上段に構え、それを振り下ろさんとする。



しかし突然、ペストさんが行動を遮るように俺に話しかけてきた。



「ではですね、そんなあなたに提案があります」



俺は素振りを止め、後ろを再度振り返る。


「提案...ですか?」


「ええ、そうです」



そして彼は自信満々に、この暗き夜の中で言った。



「私があなたを鍛えてあげましょう」


「は、はい?」



こうして、俺とこの不思議な人ペストさんとの出会いは始まった。

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