1.03

 じいさんが前にいっていた。ガンを撃つときは、ゼンの心が大切だと。腹からふっと息を吐き、意識を集中させる――


 今だ。運び屋ミュールの首の付け根をめがけ、ショットガンの引き金を引く。


 DOOM!!


 命中だ。持ち手ハンドグリップをがちゃりとスライドさせ、空の薬莢を排出しながら、ゆっくりと距離をつめる。


 やつは死んでいた。紫色の血を流し、地面に横たわっていた。ハエの頭がだらりと垂れ、半分ちぎれかけていた――


 ずんぐりした背中から、粘液まみれのサイバーウェアを引き剥がす。無骨だが、精巧さを感じさせるクロームの人工物アート篭手ガントレットだろうか。メカ・アームのようにも見える。


 おれはいつまでもぐずぐずしてはいなかった。ゴミ捨て場でもっとも危険なのは、ハンターが獲物を仕留め、ひと息ついた瞬間だと知っているからだ。


 なにかが来る。おれはとっさに身を伏せ、シェルター・ハウスにすべり込んだ。間一髪だった。背後で緑のエネルギー弾が炸裂し、オゾンの臭いが立ちこめる。


 密猟者ストーカーだ! おれは舌打ちした。


 緑はプラズマ。プラズマライフルの色。そんな代物を持ち歩き、警告もなしにぶっ放すのはストーカーしかいない。


 シェルターには一か所、ブラインドがおりた窓がある。おれは三つ数えると、破れ目から外の様子をうかがった。


 相手は二人だ。金髪ブロンドの若い男と、ロックガール風の格好の女。近くに野ざらしになったトレーラーが見える。女が引っぱり棒ドローバーに腰かけ、厚底ブーツを履いた足をぶらぶらさせている。


 男の手には、配線やパイプがむき出しのごついガン。あれがプラズマライフルだ――ふいに銃口がこちらを向く。


 おれは窓から飛び退き、腹ばいの姿勢をとった。


 ZAP!!


 超高温のプラズマボルトがほとばしる。荒れた室内が一瞬、目を焼くような蛍光グリーンに染まる。


 ふざけやがって。あれが直撃してたら、おれの体はどろどろのスープになってたぜ――


「ねえ、アーロン。弾を無駄遣いしないでよ」


 話し声だ。どうやら、女のほうがしゃべってるらしい。


「そのカートリッジ、一本いくらか知ってる?」


 女の声がきしみ、ヒステリックなトーンを帯びていく。「あたしがさ、プラダのバッグ、欲しいっていったら買ってくれなかったくせに!」


 アホ女め。こんなところで痴話喧嘩か?


 だが、それっきり射撃はやんだ。女に感謝しなければならないようだ。未来の新兵器ニューウエポンを撃ちまくられたら、こっちに勝ち目はないからな。


 反撃の時間だ。おれはノックダウンを宣告されたボクサーのように、ゆっくりと立ち上がった。


 シェルターには、襲撃に備えた仕掛けがいくつかある。壊れたATMの近くの壁。円形の金具をずらすと、手のひらほどの窓があった。銃眼ガンポートだ。


 ここから鉛玉をぶち込んでやる。


 壁の向こう側には、色あせたデトロイト・タイガースの看板がかかっている。まさか虎の口のなかに穴があるなんて、思いもよらないはずだ。


 おれは右目で銃眼をのぞき込み――


「あはっ♪」


 女と目が合った。まるで、次におれがなにをするのか知っていたかのように。


 女がパーカーのすそをはね上げ、ぱっと両手を広げる。オルガンでも弾くような軽やかさで、赤いマニキュアを塗った指が空中でひらめく――


 その瞬間、眼球に鋭い痛みが走った。右目の端末エージェントが勝手に起動し、無数の広告が視界にポップアップする。


 即効ダイエット薬。寿命延長チップ。永遠の若さをうたう美容インプラントに、永久無料のAI恋人サービス。どれもインチキ広告だ。


 やられた。女にサイバーウェアをハッキングされ、ウイルスを送りこまれたのだ。


 この女はただのイカれ女じゃない。電脳やぶりハッカーだ。しかも、クイックハックの使い手。正真正銘のプロってわけだ――


 もたもたしてると、ウイルスに神経ニューロハブを乗っ取られる。


 おれは右目に指を突っこみ、コンタクトレンズを無理やり引きずり出した。視界がぼやける。角膜を傷つけたかもしれない。くそったれのハッカーめ。


 だが、偶然気がついたこともある。おれは床の上をころがると、すばやくショットガンをかまえた。


 郵便カウンターを止まり木にして、甲虫のような機械マシンがおれを見下ろしている。


 小型の無人偵察機。これが手品のタネだ。やつらはドローンを使い、おれの行動を逐一監視していたのだ。


 ドローンがあわててホバリング動作をはじめる。


 逃がすか。プロペラに照準を合わせ、十二ゲージ弾を叩きこむ。ドローンは空中できりもみ回転すると、がしゃりと地面に墜落した。


 足音が響く。重いコンバットアーマーがこすれる音――あの金髪野郎だ。


 肩掛けカバンに手を入れ、赤いラベルのジャム缶を引っつかむ。お手製のスモーク弾だ。安全ピンを抜くと、床の上に転がす。


 郵便カウンターをひょいと飛び越え、建物の反対側へ走る。壁のスイッチを叩くと、天井から梯子が降りてきた。


 屋上に飛び出した瞬間、スモーク弾が破裂する。


 ゴーストペッパー。世界一辛い唐辛子パウダーのお出迎えだ。


 階下で激しく咳きこむ声が聞こえる。ゴーストペッパーのスコヴィル値は、タバスコソースの約四百倍だ。


 さっき見たとき、やつはゴーグルをつけてなかった。おれのプレゼントは気に入ったか、アーロン――


 シェルターの屋上から、女の姿を探した。


 ハッカーは生かしておくと厄介だ。やつらは現代の魔術師ウィザードNETネットにつながってるかぎり、手のひと振りで死の呪文をかけられる。


 女がいた。射程圏内だ。ショットガンを水平に保ち、静かに引き金を絞った。


 DOOM!!


 命中――だが、弾は半透明のバリアに吸収される。シールド・ジェネレーターだ。金持ちカップルめ。


 もう一発ぶっ放す。女は悲鳴をあげ、足をもつれさせながら逃げていく。酸性雨で錆びついたトレーラーのほうへ。


 くそ、ダメだ。十二ゲージ弾じゃ、シールドを削り切れない。


 女がトレーラーの後ろに隠れ、中指を突き立てるのが見えた。どうやらあいつも、まるっきりの馬鹿じゃないらしい。


 まずいな。じきにアーロンが立ちなおる。このままだとゲームオーバーだぜ――


 そのとき、視界のすみで赤黒い塊がうごめいた。油ミミズグリース・ワームだ。銃声に反応して、坂道を這い上がってきたらしい。


 やつはまだ、おれたちの存在に気づいてない。ふと名案が浮かんだ。賭けに出るなら今だ。


 女が姿勢を低くし、そろりそろりと動き出すのが見えた。視線の先には、金髪野郎のプラズマライフル。持ち手グリップを引き寄せた瞬間、女の口もとが不敵に吊り上がる。


 おれはショットガンを撃った。もう一発。女の背後に広がる暗闇に向かって。


 よし、いい子だ。もっと近くに来い――


「バーカ、どこ狙ってんの?」


 女の唇がゆがみ、勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。プラズマライフルの銃口が、おれの胸をまっすぐとらえている。


 おれはじっと動かなかった。運命がおれに味方していることを知っていたからだ。


「あんたなんか死んじゃえ!」


 その瞬間、ミミズが体をのけぞらせ、真上から女に噛みついた。

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