1.02

「今回も早かったな、ショーン。新記録だぜ」


 錆びた金網とがらくたでできたバリケードの向こう側。トゲ付きメタルアーマーを着た小太りの男が目を細める。〈ゲート〉の門番、太っちょビリーだ。


「ひとつ教えてくれ。どうしていつも、おまえさんが一番乗りなんだ? 星が落っこちてきたと思ったら、もうここにいるじゃねえか」


 おれは答えなかった。秘密の情報源をわざわざ教えてやるアホはいない。返事のかわり、バリケードの隙間に四角いボトルをねじこむ。


 ビリーがラベルに目をやり、顔をしかめた。


「ジョニくろか。けっ、何度目だ?」

「贅沢いうなよ、ビリー。最近じゃ、本物を手に入れるのも苦労するのに」


 そういって、手をひっこめるふりをする。「ま、あんたがいらないなら――」


 ビリーはあわててボトルをひったくった。


「冗談だって、冗談! さあ、通れよ。上のほうには行かないだろうな?」


 ゲートをくぐり、ゴーグル越しにゴミ山を見上げる。まさに山だ。クライスラーの組立工場を呑みこみ、今もなお広がる人工の山脈。


 ここにはなんでもある。役に立たないゴミならなんでも。


 異臭を放つポリタンク。食料パックの空容器や、つぶれた缶詰。半分溶けた用途不明の機械マシン。そんなゴミが無秩序に堆積し、大きくうねりながら、地平線のかなたまでつづいていく。


「なあ、ショーン。頼むぜ」


 後ろからビリーの声が追いかけてきた。


「もし、あんたがしくじったら――」

「心配すんなって。すぐに戻ってくるから」


 もちろん、ビリーが心配してる相手はおれじゃない。やつの雇い主ボス、ジャンクヤード・ドッグの回収部隊サルベージ・チームだ。


 今日は土曜日の夜。今ごろやつらの半分は飲んだくれ、床の上でぶっ倒れてるはずだ。全員しゃきっとするまで、ゲートを守るのがビリーのお役目。


 ところが、ビリーには致命的な弱点がある。やつは生粋のアル中だ。おれはささやかな贈り物﹅﹅﹅をするかわり、いつもゲートを通してもらっていた。


 ビリーはもう酒を飲みはじめている。おれと目が合うと、フケだらけの頭をくしゃくしゃ掻き、気のない声でいった。


「せいぜい幸運を祈るよ、ショーン。ホット・マウンテンへようこそ」


 ゲートががしゃんと閉じられる。おれは後ろをふり返ることなく歩きはじめた。


 ビリーにはああいったが、今夜は本気だった。かなり上まで登るつもりだった。ホットラインは山の頂上とつながっていて、新しいゴミもそこに集まるからだ。


 自信はある。前回もいいところまでいったし、地図はしっかり頭に入っている。


 準備もしてきた。革の肩帯スリングから、整備済みのショットガンがぶら下がっている。鉄パイプ製のやつじゃなく、正真正銘のガン


 口もとには、夜の市ナイト・マーケットで手に入れた軍放出品のガスマスク。かなりの投資だったが、これでミストも一安心だ。


 ほかにも、肩掛けカバンにいろんな道具をつめこんでいる。準備ってのは、どれだけしてもしすぎることはない。


 ゲートから七十メートルほど進むと、ドラム缶通りストリートが見えてきた。空のドラム缶が墓標のように並ぶ場所だ。


 おれたちはここを掲示板BBSがわりに使っている。ドラム缶にスプレーで印をつけ、ほかの連中と情報をやりとりするのだ。塗料は三日も経つと、酸性雨できれいに洗い流されるから、最新のニュースだけが残るって仕組みだ。


 ポケットから、ドイツ鋼の念火ソウルライターを取り出す。じいさんのたったひとつの形見だ。意識を集中させると、蛍火のような炎が火口に灯り、ドラム缶をぼうっと照らす。


 オフシーズンとはいえ、最近だれかがゴミ山に入ったらしい。こんな落書きグラフィティがあった――


 Я0TИ

 $LP3


 金釘流のへたな字だ。すぐ下には、三歳児が描いたようなスパゲッティの怪物の絵。


 なるほどな。おれはショットガンを軽く叩くと、斜面を登りはじめた。


 腐った坂道ロトン・スロープ。べとべとした廃油と、鼻をつく化学薬品が混じり合ったぬかるみにそいつらはいた。


 油ミミズグリース・ワームの群れだ。ミミズといっても、地球のミミズとは全然ちがう。体長は端から端まで三、四メートル。赤黒い体は臓物のようにぬめり、両側にグロテスクなイボが並んでいる。


 やつらはゴミにまぎれ、よその星からやってきた外来種。危険なモンスターだ。たいてい虫みたいな見た目をしてるから、おれたちは害虫﹅﹅と呼んでいる。


 ゴーグルのふちにたまった汗をぬぐい、ひと息つく。


 さて、困った。ここは一本道だ。ブルドーザーを何台も使い、ゴミ山をえぐり取ったせまい谷底。あのミミズどもを片づけないかぎり、先へ進めそうにない。


 おれはショットガンを肩に押しつけ、手近なやつに狙いを定めたが、すぐにやめた。数が多すぎる。それに不用意に銃声をたて、密猟者ストーカーどもに居場所を知らせたくない。


 銃をおろし、こめかみを指でとんとん叩く。すると、コンタクトレンズ型の端末エージェントが起動し、緑色のHUDハッドが視界にオーバーレイされた。


 おれが唯一後付けチップ・インしたサイバーウェア。表示項目は現在時刻と天気、ターゲットまでの距離だけ。安物だからこんなもんだ。


 狙いはだ。崖の上にコンクリートの廃墟が見える。シェルター・ハウス。もとは郵便局だが、今は一時的な避難所として使われている。


 腰に手をやり、ベルトにはさんだグラップル・ガンを抜く。ワイヤー付きの鉤爪を発射し、すばやく移動するための道具だ。


 シェルターとの距離は九メートル。


 腕をめいっぱいのばして、ぎりぎり届くかどうか。途中で鉤爪が外れ、落下する危険もある。もしそうなったら――ミミズの群れに真っ逆さまだ。


 今ならまだ引き返せる。すくなくとも、じいさんならそうしただろう。


 おれはひび割れた唇を舐め、グラップル・ガンの引き金に指をかけた。一か八かだ。危ない橋はとっくに渡っている。この世界に生まれた以上、だれだってリスクを覚悟で生きている。


 やると決めたら、あとはとにかくやるだけだ。


 ペンキが剥げた郵便ポストを狙い、グラップル・ガンをぶっ放した。鉤爪がうまい具合に引っかかり、ワイヤーがぴんとのびる。


 体がふわっと浮き上がる。まずい。ミミズがワイヤーの反射光に反応しやがった。


 マンホールみたいな口が開き、円形に並ぶ歯が一瞬、月明かりを浴びてきらめく――だが、おれは空中で身をよじり、寸前で食いつかれずに済んだ。


 軽い衝撃。粉塵やほこりを舞い上げ、どうにか着地する。すばやくシェルターに転がりこむと、おれはほっと息をついた。


 そして、目を見開いた。


 赤錆びた看板サインボードの近く。ぶよぶよした害虫が一匹、生っちろい前足を動かし、あごのあたりをこすっている。


 胴体はブタそっくりだが、顔はハエだ。ドーム状に突き出た複眼に、太く短い触覚。長い口吻がぴくぴく動いている。


 やつだ、運び屋ミュールだ! おれはもうすこしで叫ぶところだった。


 運び屋。おれたちに幸運を運ぶ、ゴミ山の醜い天使たち。


 やつをひと言で表すなら、トリュフ探しのブタだ。かすかな匂いを感じ取り、ゴミ山からお宝を掘り出す。キノコなんかより、ずっと価値のあるものを――


 おれはやつの粘液まみれの背中をのぞき込み、にやりと笑った。今日はいい日だ。だれだってそう思うはずだ。新品同様のサイバーウェアが、冷たいクロームの光を放つのを見れば。

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