FIST PUNK

黒江次郎

デトロイト・シティ・ブルース

1.01

 八歳でゴミ漁りをはじめたとき、じいさんにしつこくいわれた言葉がある。


「いいか、ショーン。欲張るな。決してガツガツするな。ゴミ捨て場じゃ、欲深い人間から先に死んでいくんだ」


 おれがだまって聞いていると、じいさんはこうつづけたものだ。


「ほら、あの恐竜の映画のデニス・ネドリーって男を憶えてるだろ?」


『ジュラシック・パーク』は、じいさんが見たことのある唯一の映画だった。すり切れたディスクをデッキに押しこみ、何度も再生する姿が記憶に残っている。


「あの太っちょがいい例だ。やつは大金に目がくらみ、最後はエリマキトカゲに食われちまった。だから、ショーン。必要以上に欲しがるな。賢く拾って、さっさと去れ」


 ゴミ捨て場。もちろん、ふつうのゴミ捨て場じゃない。デトロイトやチョルノービリ、サハラ砂漠、マニラ、新東京ネオ・トウキョウ、上海臨港産業区にある地球外技術受入区域EXTRAのことだ。


 そこでは月に一度、ふたご座37番星の方角から、得体のしれない異星文明エイリアン・テックが廃棄したゴミが降ってくる。ホットラインと呼ばれる超空間ネットワークを通じて。


 じいさんはデトロイト東地区のゴミ漁りだった。おれもそうだ。食っていくには、そうするしかなかった。とくにじいさんが死んじまったあとは。


 政府の連中は、ゴミ捨て場をすみからすみまで掘り返したがっている。おれたちを焚きつけ、ゴミをどんどん漁れと奨励している。異星人にとってはただのゴミでも、そこには人類のはるか先を行く超技術オーバーテクノロジーがつまっているからだ。


 いい気なもんだ。あそこにあるものは、政府のいう科学とテクノロジーの未来なんかじゃない。悪意とサディズムの塊。死へと誘う危険な罠だ。


 たとえば、色とりどりのミスト。こいつをひと嗅ぎすると、神経がやられる。トゲ草プリッカーも要注意だ。さわると皮膚がただれ、壊死してしまう。


 おまけにあちこち煙がくすぶっていて、いつ燃え広がるかわからない。お宝に手をのばしたとたん、足もとで腐敗ガスが爆発し、全身を青い炎でローストされたやつもいる。


 だからこの地区のゴミ山は、ホット・マウンテンと呼ばれているわけだ。


 ほら、上を見てみろ。夜空に赤い星があらわれ、急速に明滅しながら落ちてくる。高軌道圏ハイ・オービットで暮らす貴族どもが建てた、くその役にも立たない〈塔〉をかすめて。


 ホットラインによって、新たなゴミが転送される合図だ。


 今日の星はいやに大きい。まるで腐ったトマトだ。じいさんは死ぬ前、こんなこともいっていた。でっかい星﹅﹅﹅﹅﹅に気をつけろと。


 そんな夜には、たいてい値打ちものが見つかる。破損したサイバーウェアに設計図ブループリントのかけら。ひょっとすると、世界をひっくり返すかもしれない未登録の新技術ニューテク


 だが、一攫千金のチャンスを狙っているのは、ゴミ漁りだけじゃない。たちの悪いたかり屋ども――よその地区の密猟者ストーカーや、殺人狂の電脳やぶりハッカーも、カネの匂いにつられてやってくる。


「だから、ショーン――」


 暗闇のなかで、じいさんのしゃがれた声がこだまする。死んだ電波のノイズのように。


「でっかい星を見たら、家でおとなしくしておけ。冒険野郎は長生きできないからな。わしが教えたことで、今まで間違っていたことが一度でもあったか?」


 でもよ、じいさん。おれは心のなかで反論する。


 もう二十歳はたちなんだぜ。この腐ったスラムを抜け出すには、二十歳だって遅すぎるくらいだ。


 真夜中の通りストリートを臭い風が吹き抜けていく。過去の亡霊を置き去りにするように、おれは歩みを早めた。


 ゴミ捨て場はすぐそこだ。

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