第5話 イレブン・バン・バレット ― ビギナーとレジェンド


 人生最後の五分かもしれない時間の中で、私は夢を見た。


 走馬灯のような白昼夢。その中で私は、愛華と一緒にいた。


 同じ高校で勉強に苦悩し、大学生になって初めて一緒にお酒を飲んでみたり、同じバイトに入って一緒に怒られたり。


 今じゃない未来の話。こうなったらいいなっていう、希望の話。


 家族全員を失った事故の中で、たった一人生き残った私を、愛華は生き返らせてくれた。


 失意に沈んで一度死んでしまった私の心を、生き返らせてくれたんだ。

 だから私は、愛華のためだったら何でもできる。


 愛華が事故で意識不明だと聞いたとき、私の絶望は甦った。家族を失ったときと同じ絶望。だけど、今度は違った。まだ、愛華は生きている。まだこの世界にとどまってくれている。


 でも、愛華のお家は裕福じゃない。

 愛華を直すための手術のお金なんて、簡単に用意できない。


 だから私が助ける。

 私が愛華の治療費を持ってくる。


 どんな手を使っても。


 この命を懸けてでも。


 人を。


 殺すことになったとしても。


 私が、助けるんだ――



 ◆



「私と鈴木さんのサイコロの交換を、提案します」


 サイコロを振る直前に、私は骨山さんへとそんな提案をした。

 もちろん理由はイカサマへの牽制。


 ライフゲームが提供したサイコロには細工がされていない。けどそれは、提供された時点での話。このゲーム中、ライフゲーム運営の手から離れ、プレイヤーにゆだねられたサイコロに関してはその限りじゃない。


 連続した鈴木さんの6の出目。それを私は、奇跡ではなくイカサマの結果だと捉えた。例えば、そう。サイコロの一面に重量が偏るような重りを付けて振っているとか。


 いや、今のは思い付きの一例だけどさ。逆にイカサマでもしない限り、私も併せて4回連続で6なんて出ない。ああ、一応だけど。私はイカサマをしてないから、私が出した6は単純に確率の奇跡だ。だからこそ、鈴木さんの6も奇跡だといい切れてしまいかねないけど。


 だけど、イカサマの線も捨てられない。だから、私は提案した。サイコロを交換しようと。


 私のサイコロは、提供された時と変わらない細工なし。もちろんこのサイコロが鈴木さんの手に渡った瞬間に細工されないとも限らない。けど、それならそれでいい。交換してから鈴木さんがサイコロを振るまでの間、サイコロに細工がされないように私が注視し続ければいいのだから。


「骨山さん。もしもサイコロに細工がされていたとわかった場合、どうなりますか?」


「その場合は、ゲームの公平性を損ねるとして厳罰処分となります。内容は、ここではあえて言いませんが……良い結果にはならないでしょう」


「わかりました」


 鈴木さんが細工をした瞬間に報告すれば、私の勝ち――


「ただ、サイコロの交換は私の判断では決めかねる内容です。ですので、鈴木様が了承しなければ、交換はできません」


 あ、そうか! 鈴木さんがサイコロに細工をしてる可能性もあるけど、相手からしたら私がサイコロに細工してる可能性もあるわけで――


「問題ない。それでそっちの気が済むならな」


 ただ、私の心配をよそに、あっさりと鈴木さんはサイコロの交換に応じてくれた。


「鈴木様の承認を得たため、サイコロを交換いたします。鈴木様、子川様。ご自身のサイコロを卓上に出してください」


 骨山さんの指示に従ってサイコロが交換される。

 私の手に渡った鈴木さんのサイコロ。一見すれば、細工はない。よくよく見ても、なにもない。


「それでは改めまして。子川様。サイコロを振ってください」


「……はい」


 できることはやった。あとは、鈴木さんが細工をしないか見張るだけ。あとは、ただ。


 祈ることしか、できない。


 サイコロを投げた。


 卓上にサイコロが転がる。


 出た目は見えない。鈴木さんのサイコロを見ているから。


 だから、私が出目を見る代わりに、骨山さんが出目をアナウンスしてくれる。


「出目は4でございます」


 サイコロを交換してから。

 この間。

 鈴木さんは。

 指いっぽん、サイコロに触れてない。


「それでは、鈴木様。サイコロを振ってください」


「あいよ」


 鈴木さんがサイコロを手に取った。

 不審な点はない。


 鈴木さんがサイコロを握った。

 怪しい所はない。


 鈴木さんがサイコロを放った。

 イカサマをしているようには見えない。


 サイコロが転がった。


 出目は。


「種はあるのに種がないように見せるのがマジシャンだ」


 出目は、6。


「そして、なにもないのに、何かがあるように見せるのがギャンブラーってやつだ」


 私には、何もわからなかった。


 三連続目の6の出目。

 奇跡とはいい難い確率の不具合。

 疑うことしかできない結果。


 だけど。


 だから。


 私は。


「私の、勝ちです……!!」


 私は、勝った。


「それでは、場に出たカードを開示させていただきます」


 骨山さんの手によって開示された私のカードは『1』。

 そして、鈴木さんのカードは。


 『3』


「見事! 子川様はぴたりと11を当てられました! もちろん、当てられたからと言って何かがあるというわけではありませんが……これにより、鈴木様にペナルティが課せられます!」


 鈴木さんは『3』を出して『1』に負けた。

 即ち、引き金を二回引くペナルティ。

 拳銃の残弾は残り二発。

 すべての情報が正しいのなら。


 私の、勝ち――!!


「そうだな」


 私の勝ち、ということは。

 鈴木さんの負け、ということ。


 常勝無敗の最強の人の敗北。


 なのに、鈴木さんはなんてことないように椅子に深く座り込んだまま、卓上の銃を手に取った。


 そして徐に一発、引き金を引く。


 空砲だ。スライダーを引いて、実弾の入ってない薬きょうが排出された。


 残り一発。

 最後の実弾。


「俺は忠告したはずだぞ、女子高生」


「……え?」


 勝負が決する一発。

 死を決定する一発。


 これまでの戦いを清算する銃口が、


「な、え、なん、なん……で……」


「この世に存在するものには存在する理由があるもんだ。そして、すべてのものには存在する意図がある。ルールだってその一つ」


 鈴木さんの頭に突きつけられるべき銃口が、私に向いている。なのに、骨山さんは何も言わない。


 ペナルティ外で鈴木さんが銃を触ったときは、しっかりと忠告をしたはずの骨山さんが。後付けとはいえ、しっかりとルールを説明してくれていた骨山さんが、何も言わない。


 つまり、これは。


 私に銃口が向けられている状態は。


 ルール違反でも何でもない。


「『11からより離れていた方を敗者とし、敗者は勝者が提出されたカードと自身が提出したカードの数字の差だけ、ペナルティとして頭部に銃口を向けた状態で引き金を引いてもらいます』」


 妙にうまい声真似で、鈴木さんが骨山さんの言葉を再現した。


 それを、私は、繰り返す。


「頭部に、銃口を、向けた状態で――」


 頭部。

 敗者の頭部、じゃなくて。

 自身の頭部、でもなくて。


 誰に向けるかなんて指定されてない、頭部、に、銃口を、向ける。


「嘘を、ついてた……本当のことを言って」


「その通りだ。一つの嘘を隠すために、俺は限りなく真実に近い予想で武装した」


 たった一つの嘘。

 数取りゲーム。

 最後の一発を、相手に押し付けるゲームという言葉――


 ……ああ、そうか。


 『――見事、実弾が発射された際に生き残っていた方には、賞金として200万円が用意されています』


 骨山さんが言っていた勝者の条件。実弾が発射されたときに生き残っていた人なんて回りくどい条件は、回りくどくこの状況を表したもの。


 ペナルティによって死んだ敗者とも、敗者が死んだ場合とも言わなかったのはこのため。


 ああ、勝ったってはしゃいでた自分が馬鹿みたいだ。


 いや、馬鹿だったんだ。ヒントはたくさんあった。なのに、気づけなかった。気づけなった私は、馬鹿なんだ。


 だから、この負けは必然で。

 だから、この負けは必定で。

 だから、この負けは仕方ないんだ。


 ああ、本当に。


「ごめん、愛華……」


 助けられなくて、ごめんね。


「っていう終わらせ方もあるな」


「……へ?」


 私に向けられていた銃口が、突然空へと向けられた。そして、銃を握る鈴木さんが、骨山さんへと話しかける。


「なぁ、骨山。俺には二つの選択肢がある。わかるな?」


「鈴木様。それを言うならば三つじゃありませんか? なにせ、この場に頭は三つもあるのですから」


「馬鹿いえ。いくら俺とはでも、お前に手を出そうなんて思わねぇよ」


 え、え? 

 何を言ってるの、この人たちは。


 このゲームは。この殺し合いは。


 私が死んで終わりじゃないの?


「見てろよ、女子高生」


 見てろって……何を?


「俺は鈴木國人」


 鈴木さんが、銃口を自分の顎に向けた。


「ギャンブラーだ」


 引き金が引かれた。


 音が、鳴った。

 銃声。鉄の箱の中にうるさいぐらいに鳴り響く死の音。

 人が、死んだ音。


 勢いよく銃が跳ねて、鈴木さんの体が勢いよく後ろに倒れた。


 鈴木さんが、死んだ。


「っぁぁああああ!! 死ぬかと思った!!」


 鈴木さんが起き上がった。


「は?」


 鈴木さんが起き上がった?


「あーやっぱやるもんじゃねぇなこんなこと! 痛ぇ! くそ痛ぇ! ちょっと顎の肉持ってかれちまったじゃねぇか此畜生!!」


「え、ちょっとまって、なんで、生きて、死んだんじゃ、え? 今、銃に撃たれて、頭が、血で」


 訳が分からない。

 銃声がして、銃弾が飛び出して、血が舞って。


 銃口は完全に顎に向けられていた。設置されていた。顎骨に食い込むように、きっちりと。それは骨山さんも確認しているはずだ。あんな状況で銃弾が飛び出たら、生きていられるはずがない。


 なのに、なんで。


「おい、骨山。救済措置が雑過ぎんだろこのゲーム」


「いえいえ。確実に死ぬとならなければ、命を賭けたゲームとは言えませんから」


 顔を血だらけにした鈴木さんは、文句を言うように骨山さんに話しかける。骨山さんは当然のように、鈴木さんの生存を受け止めていた。


 私はまだ、理解できてない。


「一応聞いとくが、頭に銃を撃って死ななかった場合ってどうなるんだ?」


「もちろん、先ほど宣言した通りですよ。見事、実弾が発射された際に生き残っていた方には、賞金として200万円が用意されています。その言葉に、偽りはありません」


「え、あの、どうして、生きてる、んですか?」


 二人の会話に割り込むようにして、ようやく出てきた私の疑問符。二人の顔がこちらに向いた。


「そうですね。子川様。鈴木様は一つの賭けに出たのです」


「賭け?」


「鈴木様が先ほどまで座られていた椅子をご覧ください」


 鈴木さんが座ってた椅子。木製の椅子。私は立ち上がって、机の奥に見えるそれを確認した。

 さっき鈴木さんが倒れた時に、一緒に倒れたはずの椅子。と思ってたけど。その椅子は、後ろ脚がぽっきりと折れていた。


「鈴木様は引き金を引かれる瞬間、その長い足を使い、机の後ろ脚をへし折ったのです」


「えぇ!? そ、そんなこと……」


「実を言えば、ゲーム開始から何度か、彼は自分の椅子の後ろ脚へと攻撃を加えておられました」


 そういえば、と私は思い出す。鈴木さんが、気になるぐらい大仰に足を机の下で振り回していたことを。


「そして、銃弾が発射されるのと同時に、、背後にで倒れ、頭部が後ろへ傾いた結果、顎に突きつけられていた銃口の狙いがそれ、顎の肉を削るだけの結果になったのでございます」


 そんなこと。


 ありえない。


 と、思ったけど。


「なにも“ない”のに、何かが“ある”ように見せるのがギャンブラー……」


 ありえ“ない”のに、“ある”ように見せるのが。


「なんで」


「……あぁん?」


「私を撃てば、そんな危険な橋を渡る必要なんてなかったじゃないですか!!」


 私は鈴木さんを殺そうとしていた。結果的にだろうと何だろうと、不可抗力だろうと、私は目の前にいる人を殺そうと、全身全霊になっていた。


 なのに、鈴木さんは。


 そんな相手を生かすために、死ぬかもしれない賭けに出たんだ。その理由がわからなくて。その理由が意味不明で。その理由ができないから。思わず、私は思わず声を荒げてしまった。


 私は人を。

 殺そうとしていたのに。


「んなもん決まってんだろ」


 さも当然かのように、鈴木さんは言った。


「俺が乳臭いガキを殺すような奴に見えるか?」


 ああ、そうか。

 最初から私は。

 この人にとって私は、敵ですらなかったんだ。


「あの、鈴木様。お言葉ですが、その姿は少し……いえ、かなりそういった輩と勘違いされても仕方ない装いかと」


「おい、かっこつけてんだから邪魔すんじゃねぇよ骨山! ったく……」


 ため息を吐いた鈴木さん。


「あ、あの……最後に、一つだけ……」


 そんな鈴木さんに、私は一つだけ。最後に確かめた。


「サイコロには、どんな細工をしてたんですか?」


「細工?」


 連続して出た6の目。何か細工をしてないと出すことなんてできないはず。一体どんな細工をしてたのか、最後の最後まで私にはわからなかった。


 だから最後に。せめても最後に。


「細工なんてしてねぇよ」


「え……?」


「あのなぁ……いいか、女子高生」


 女子高生と、私を呼んで鈴木さんは、卓上のサイコロを二つとも握りこんだ。


「このゲームはいわばビギナー用。ある程度の運で実力差が捲れるようにできている。だがな――」


 鈴木さんがサイコロを投げる。


 サイコロの出目は、6と6。


「俺みたいなギャンブラーにとっちゃ、好きな出目を出すなんて朝飯前なんだよ」


 そんなこと、なんてもう思わない。

 この人なら本当にそうなのだろうと、思ってしまう。


 完敗だ。

 最初から最後まで。私はずっと、この人の掌の上だったんだ。


「これに懲りたら、もうこんなところに来るんじゃねぇぞ女子高生」


 そういいながら、彼は鉄の箱に付いた扉から外へと出ていった。ただ、完全に外に出る前に、肩越しに振り返って、言い残す。


「友達、助かるといいな」


 もう何も、私は言い返すことができなかった。

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