第4話 イレブン・バン・バレット ― 思考の始点、最強の視点


「…………へ?」


 鈴木さんが振ったサイコロが出した目は6。


 6。


 それはつまり、続く出目が7以上ということで。カードの数が5以上なのが確定している鈴木さんの出目は12以上になる。


 私のカードは4。どう足掻いても、このゲームは私が勝つ。


「や、やった……!」


「…………」


「あ、えっと、サイコロ振りまーす!」


 思わず喜びの声を上げてしまう私。ギロリと、鈴木さんから強烈な視線が向けられてしまう。

 やっぱり睨みをきかせた鈴木さんは怖い。なので、話を逸らすように私はサイコロを振った。


 出た目は3。さっきから私も鈴木さんも6続きで、本当に細工されていないか怪しくなっていたところだけれど、ようやくほかの出目が出てくれたことに胸をなでおろす。


「それでは、場に出たカードを開示させていただきます」


 カードの開示。


 私が出したカードは4。出目との合計値は13。

 そして鈴木さんのカードは――4と5。

 出目との合計値は18。

 私のカードとの差は5。


「見事11ぴったりとはいきませんでしたが、今回、11に最も近き数字を出した勝者は子川様になります!」


 大きく私は息を吐いた。


 喜びよりも安堵。

 驚愕よりも先に出てきたのは、引き金を引かなくていいという安心感だった。


「それでは鈴木様。ルールに則り、こちらの拳銃を頭に突きつけた状態で、引き金をお引きください」


 五回。

 引き金を五回引く。

 私の時の四回よりも。

 より死に近づく五回の引き金を。

 引く。


 だけど鈴木さんは。


「茶番だな」


 そう言って一発目の引き金を引いた。

 なんてことはないように卓上の拳銃を片手で持ちながら、顎の下から銃口を上に向けて引き金を引いた。


 同時に、慣れた手つきでスライダーを引き、二発目の引き金を引く。


 それはさらに続く。


 三発目。

 四発目。


 そして、五発目。


 息をもつかせぬ連射。しかし、そのすべてが空砲。


 私はただ、すべての行程が終わるのを、黙ってみていることしかできなかった。


 怖くはないのか。次の瞬間、自分が死んでてもおかしくないというのに、なぜそんなに平然とした顔で引き金を引けるのか。


 疑問に尽きない。


「人間というのは目の前の情報に安心する生き物だ」


 そんな私の目を見た鈴木さんは、ブンと机の下で、長い脚を大きく振ってから、まっすぐとこちらを睨むように見つめる。


「安売りの広告に飛びつくやつは、どうしてそれがそこまで安いのかに気が付かない。目の前の情報だけで思考が完結し、なぜその情報が自分の目の前にあるのかを考えない。そういう人間を、だから俺は愚者と呼んでいる」


「え、えと……何の話ですか?」


「気になってるんだろ? 俺がなんで、恐怖もなく引き金を引けたのかを」


 どきり、と心臓が跳ねた。

 心が見透かされているようだった。


「いいか、女子高生。この世に存在するものには存在する理由があるもんだ。それはモノだけじゃない。情報だってその一つだ」


 情報? 情報って、それは、つまり。


「イレブン・バン・バレット……」


「ほう。多少は理解できるみたいだな」


 少しだけ、鈴木さんの表情が和らいだ。


「イレブン・バン・バレット。カードと出目の合計値を11に近づけつつ、敗者にはロシアンルーレット染みたペナルティが与えられるゲームの名としては適切だろう。だが、よくよく考えてみると違和感がある」


 イレブン・バン・バレット。


「『イレブン』は11。『バレット』はペナルティによって発射される弾丸。その間をつなぐのは、射撃に伴う『BANGバン』という効果音。だが、この並びは少し不思議だ」


 タンと、鈴木さんが卓上の銃を指で軽く叩いた。


「イレブン・バン・バレットという名では、11に近いものほどバン――つまり銃撃を受けるように聞こえる。だから、カードと出目の合計値を競う11という数値はミスリード。即ち、このゲームにはもう一つの11が隠されている」


 ゲーム名に隠された秘密。

 ミスリードの値。

 隠された11の在処。


 鈴木さんは机に置いた銃を再び手に取りながら続ける。


「グロック26。95年代に開発された携帯性を高めた小型拳銃。装弾数は10発。薬室内の弾丸を除いてな」


「鈴木様。ペナルティ外での銃への接触は遠慮していただくと助かります」


「ああ、悪いな。だがそういうのは先に言ってくれ」


 骨山さんに言われて、鈴木さんは銃を卓上に戻した。

 だから代わりに、私が言った。


「弾倉と薬室を足して、11発の弾丸……?」


「そういうことだ」


 イレブン・バン・バレット。


 11回。銃撃。弾丸。


 実弾の在処は――


「このゲームは変則的なブラックジャックじゃない。これは、最後の11発目を相手に押し付けるゲーム。『数取りゲーム』なんだよ」


――


 数取りゲームとは!

 まず初めに上限となる数を指定し、プレイヤーは1から連続する数字を数えていくゲームである!

 ただし、一度のターンで数えることのできる回数は3回! また数字を数える際は数を飛ばしてはならず、必ず一つは数字を数えなければならない!

 そして数が上限に達したとき、上限に設定した数を数えたプレイヤーの敗北となる!

 カウントゲーム、石取りゲームとも呼ばれ、設定された上限を踏んだ場合に勝利するルールも存在する!!


 閑話休題


――


 数取りゲーム。

 最後を踏まないようにするゲーム。


 11発目のペナルティを、回避するためのゲーム。


 実弾を、相手に押し付けるゲーム。


「ああ、だから……」


 ここで初めて、私は一ターン目二ターン目に鈴木さんが出したカードの意味を理解した。


 一枚で出せる最低値と、二枚で出せる最大値。

 これはどちらも、ゲームを加速させるために出された手札だ。


 引き金が引かれればそれでいい。相手だろうと自分だろうと、11回目に近づけられれば、それでいい。


 勝敗ではなく、ペナルティで引く引き金の回数を重視したカードの配役。


 そして、残る弾丸は――


「一ターン目に四発。二ターン目に五発。合計九発。残る弾丸は二発。次に出すカードは、心して決めろよ女子高生」


 空砲一発。実弾一発。


「さて、鈴木様、子川様。お話もここまでにして、ゲームを再開しましょう。それではペナルティが終わりましたので、3ターン目。親が変わり、子川様の先行となります」


 出すカードを誤れば。


 死ぬ。


「子川様。五分以内に、カードを出してください」


 私の番が、回ってきた。


「……」


 残る手札はお互いに二枚。


 私のカードは1と5。

 鈴木さんのカードは2と3。


 私が出せるのは、『1』と『5』と『1+5の6』。

 鈴木さんが出せるのは『2』と『3』と『2+3の5』。


「…………」


 出せるカードから2以上の差ができる組み合わせは、〈『1』VS『3』〉〈『1』VS『2+3の5』〉〈『5』VS『2』〉〈『5』VS『3』〉〈『1+5の6』VS『2』〉〈『1+5の6』VS『3』〉の6通り。


 逆に1以下で抑えられるのは〈『1』VS『2』〉〈『5』VS『2+3の5』〉〈『1+5の6』VS『2+3の5』〉の3通りのみ。


「………………」


 このターンで鈴木さんが決着を付けに来るのは確実。その上で私がカード二枚を出した場合、出したカードが『1+5の6』であることがわかっているから『2+3の5』を出すことは絶対にない。


 しかし、私が出したカードが一枚であっても〈『1』VS『2』〉〈『5』VS『2+3の5』〉の二択が通ることはあり得ない。


 何しろ『1』を出しても『5』を出しても、鈴木さんは『3』を出すことでどちらのパターンに対しても2の差をつけることが可能だから。よって1以下に抑えられる3通りのパターンは絶対に達成することができない。


「……………………」


 思考するべきは確率! 敗北によるペナルティではなく、より高い勝率を目指し相手に実弾を押し付ける攻撃の予想! 当初のセオリー通りに出すなら『5』にかけるのが吉。勝率で言えば相手の『3』と『2+3の5』も同程度。ただ、後者は結果が同数になってしまうため出されるカードは『3』で確定できる。だから、ここにきて本当に運の勝負。勝率は五分。天命に身を任せる戦い!!


「…………………………」


 ――否!

 情報だ。すべての情報には意味がある。そもそも最後の一発が実弾であるという情報は正しいものなの? 鈴木さんにとって私は敵。あの場でこのゲームのからくりを教えるメリットはゼロに等しい。五発連続の空砲は偶然。最後が実弾ではなく、最後から二番目の弾丸こそが実弾である可能性も考慮すると、鈴木さんは『2+3の5』を出して私の『5』と引き分けし、手札をすべて使い切ったことによってすべてのカードが使用可能になる四ターン目に、残った『1』のカードが割れた私にとどめを刺してくる可能性もある。


「………………………………っ」


 本当に? そんな可能性はあるの? あの場で私に実弾の在処を教えるメリットはないけど、あの場で嘘をつくメリットが本当に存在するの? そもそも、この銃に入っている弾丸の数は本当に11発なの? 私にはわからない。賭けることしかできない。この銃の装弾数が11発で、11発目に実弾が入ってる真実に賭けることしか――

 違う! ルールも情報だ。ならば設定されているルールにも理由が、意味がある可能性が高い! 意味。理由。必然性。必要性。――出目12のみ減算する特別扱い。そうだ。あり得ないと完全に切り捨てていた出目12だけど。鈴木さんが-1で見事に11にして見せた出目12だけど。別に出目12でなくたって1は11になりえる。1のカードが11になりえるのは10と12の二パターン。だけど、それだけじゃない! 通常の加算である出目11だったとしても、11により近い合計値が勝利するルールでは1を足した12が最も近くなる。つまり、1のカードを出した際に勝利する出目は三パターンも存在する!これを確率に起こせば6分の1! 実に16%超!この数字は最も出やすい7に合致する4が11になる確率と同数!つまり、1の数字は5よりも優れた勝率を誇る!


「………………………………ッ!!!」


 だけど同時に1は奇数の数字と引き分けになる可能性も秘めている。出目9の場合、『1』と『3』は10と12という結果で、お互いに11から1しか離れず同率一位!それは『1』と『2+3の5』でも同じ結果!これを加味すると『1』と『5』の優先順位はより複雑化する!何よりも出目以上に相手の出すカードを予測する力が必要!引き分けの可能性がある『3』と『2+3の5』ではなく、『2』が出れば同率1位になることはない!しかし!『2』が出てきた場合、勝敗に限らず引き金はたったの1回。11発目が実弾である情報が正しいのならば、そのペナルティでは決着がつかない!その後、お互いに残る『5』と『3』を出し合う天命勝負になってしまう!だから優先して出すべきは『5』!と思いたい。だけど、さっきから鈴木さんがサイコロで出している目は6!そして親を決めるダイスロールから計算して、このゲームでは五回中四回の割合で6が出ている!6が二回連続することは、まだ確率としてあり得る範囲。12の出目。即ち6ゾロが出る確率と同じ約3%なのだから!だが、二人の人間が交互にサイコロを振って6を四回連続させる確率はソシャゲのガチャで例えられないほどに低い!その確率、実に約0.08%!これが最高レアの確率ならサービス終了モノ!奇跡!この確率が!今!この瞬間に訪れた奇跡と言うこともできる!けど、それよりもこれが何らかのイカサマによる結果と考えた方が現実味がある!それも鈴木さんは最強の人!デスゲーム界における常勝無敗!ライフゲームを知り尽くし、細工のないサイコロに細工を仕掛けることだってできるはずだ!例えばそう、6を出し続けられる細工なんかを!もしも常に6を出し続けられるのだとすれば、今まで私が目安にしていた確率は前提から覆る。最も高い確率で勝てるはずの『4』は平凡と化し、50%の確率で勝利できる『1』が最強の札となりえる!だが、骨山さんがいる手前、サイコロに細工なんていつ行った?私がサイコロから目を離すことなんて何度もあった!だけど、昔から知り合いのように話していたことから、骨山さんも進行役として百戦錬磨と考えられる。そんな骨山さんの目を掻い潜ることなんて――できるからこそ、デスゲームの鈴木さん、なの?いや、そもそも進行役がイカサマを指摘するとも限らない。進行役の役目は滞りなくゲームを進行すること。イカサマを指摘し、白日の下に晒すことじゃない。私が気づいたならまだしも、骨山さんが、骨山さんだけが気づくような、種の分からないイカサマを骨山さんが指摘するとは限らない!イカサマを前提とするならば出すべきカードは『1』!しかしイカサマがなく、すべての出目が平等に出されるとすれば『5』!だから、私が出すべきカードは――


「子川様。残り30秒となります」


「わ、私は……」


 人生最後になるかもしれない五分間。

 頭が痛くなるぐらいに私は考える。


 目の前にあるモノ。

 目の前にないモノ。


 信じるべき情報。

 疑うべき情報。


 案じるべき可能性。

 捨ておくべき可能性。


 なによりも。


 これを乗り越えなきゃ。


 私は愛華を助けられない。


「この、カード……!」


 残り時間10秒。

 私は一枚のカードを伏せた。


 鈴木さんが私を見ている。

 私が鈴木さんを見ている。


 鈴木さんがカードを伏せた。

 伏せたカードは一枚。


「お互いにカードが出そろいました。それでは次に、親番からサイコロを振ってください」


 サイコロを振る。


 だけど。


 その前に。


「骨山さん」


「はい。なんでしょうか子川様」


「私と鈴木さんのサイコロの交換を、提案します」


 私は攻めに出た。

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