第3話 イレブン・バン・バレット ― 死へのカウントダウン
「ねぇ、千棘!」
愛華はそんな風に私に話しかけてくる。
「今日はどこ行こっか」
愛華はそんな風に私を遊びに誘ってくる。
「どこにも行きたくない」
それを私は拒絶する。
何もしたくないから。遊ぶなんて。そんなこと。
私にはできないから。
「そんなこと言わないで。ほら、千棘。生きてたらいろんなことがあるんだからさ」
「いやだ。もうこれ以上、生きたくない」
「生きたくない? なら今日は人生最悪の日ってことか。ならそれは最高だ。なんたって今日が人生最悪なら、後の人生に今日よりつらいことなんてないはずだからね!」
愛華は。
私の家族がみんな死んじゃった時、そんな風に励ましてくれた。
何度も。
何度も。
私が、立ち直るまで。
私は愛華に救われた。
愛華は私の親友だ。
愛華のおかげで、私はあの日、死ななかった。
だから私も、愛華を助けるんだ。
「愛華が……事故……? そんな、治るんですか!?」
死んだ私の心を助けてくれたから。
私は愛華の親友だから。
「治療費があれば治るんですよね。……わかりました。おばさん。私が、用意しますから。今度は、私が助けます」
絶対に。
絶対に。
私は、愛華を助けるんだ。
◆
ロシアンルーレットで使用されるような回転式拳銃――即ちリボルバーの装弾数は、多くの場合六発である。
無論、リボルバーの装弾数を六発にしなければならないなんて規約はない。だから八発にすることもあれば五発になることもある。実際、日本警察が使用しているニューナンブの装弾数は五発だ。
もしもニューナンブでロシアンルーレットをしたとして、四回連続で引き金を引いた時の生存確率は20%。シリンダーに残った最後の一発が実弾だった場合だけだ。
もちろん、装弾数が上がれば生存確率も上がる。
じゃあ。
この銃には何発入ってるの?
「銃の取り扱いについて説明をば」
卓上の銃に私が手を伸ばすと同時に、骨山さんが銃の使い方を教えてくれる。
「ご存じの通り、引き金を引けば撃鉄が落ち銃弾が発射されます。ただし、今回使用される自動式拳銃は射撃の際の反動で排莢する構造です。そして、今回使用される空砲には火薬が入っていないため、ご自身の手でスライダーを動かし、内部の薬きょうを排出し、撃鉄を起こしてもらいます」
丁寧に骨山さんは銃の扱い方を説明してくれる。けど、私の耳にはそのすべてが入ってこない。
私の頭の中には、この銃に弾が何発入っているか、しかなかった。
きっと、リボルバーではなくオートマチックが選ばれているのはこのため。弾倉内に何発の銃弾が込められているのかを悟らせないため。
「それでは子川様、銃口を頭部に突きつけてください」
辛うじて聞き取ることのできた指示に従って、私は自分の額に銃口を突き付ける。両手で銃を握り、親指を引き金にかける。そんな風に構える自分を見て、思わず私は笑ってしまった。
「祈ってるみたいだ」
顔の前で両手を合わせて、神様に祈るみたいに自分へと銃を突きつける。
そんなつもりが全くないのに、そんな風に見えてしまうから、なんだか可笑しくなってしまった。
引き金を引いた。
「っ……!!」
カチンと、撃鉄が落ちる音だけがした。
空砲。
私はまだ、生きている。
不思議な気持ちだ。心臓がバクバクしていて、全力疾走した後みたいに呼吸が荒くて苦しい。でもそれ以上に。今、私は生きていると、感じている。
「子川様。続いて二発目をお願いします」
「あ、は、はい……」
初めて扱う銃のスライダーを、慣れない手つきで引く。
少しだけ抵抗があってびっくりしたけど、思ったよりもスムーズに薬きょうが排出されて、撃鉄が起きた。
きっと誰にでも扱えるようにデザインされているんだろう、と私は思った。
そして再び、引き金を引く。
カチリ。
また、空砲だ。
まだ、私は生きている。
でも。
少しずつだけど。
引き金を引くたびに、少しだけ。
ちょっとずつ、死に近づいているのを感じてしまう。
「子川様。続き三発目をお願いします」
「……はい」
もしもこの銃から実弾が発射されたら私は死ぬ。
そして、200万円が鈴木さんに支払われる。
私の死は、200万円という価値に代わる。
200万円の命。
引き金を引いた。
カチリ。
空砲だ。
「子川様。四発目をお願いします」
手が震える。
次の瞬間には死んでいてもおかしくない状況で、私は三度、自分を殺している。けれど、殺したはずの自分は生きていて、まだゲームは続いている。
あと何回、私は私を殺せばいいのだろうか。
引き金を引いた。
私はまだ、生きていた。
「子川様。四度のペナルティお見事でした。それでは、ゲームを再開いたしましょう」
三枚のカードが私の前に並ぶ。
「では、お次の親は鈴木様になりますので、まずは鈴木様からカードを出してください」
骨山さんが、進行役としての役割通りにゲームを滞りなく進めている。けれど、私の耳には彼の言葉が、どこか遠い異国の話のように情報としてまとまらない。
心臓がバクバクと早鐘を打っている。酸欠気味で苦しいのに、視界だけは冴え渡っていた。
本当は。
四発目が実弾で、私は死んで、目の前の光景が死後の夢……なんて。そんなことを考えてしまうけど。
だけど、痛いぐらいに鳴っている心臓の鼓動が、まだ私が生きていることを突き付けてくる。
まだ戦えと、言っている。
「逃げたいのなら逃げてもいいぞ、って言うのが情けってもんなんだろうな」
鈴木さんがカードを選ぶ。
私の目を見ながら。
ぶんぶんと、居心地が悪そうに足を動かしながら。
言う。
「だが、ここに来た自分を恨むんだな女子高生。逃げたいと泣き叫んだところで、ここには誰の助けも来やしない」
二枚のカードが卓上に出された。
二枚。
卓上のカードは二枚。
鈴木さんが一ターン目に出したカードは1。つまり、残る手札は2、3、4、5の四枚。その中から二枚のカードが出された。
最低値は2+3の5。最大値は4+5の9。
だけど、これは。
5を、出せない。
いや、5を出すこと自体はできる。だけど、ここで5を出す意味がない。
このゲームのセオリーは、サイコロ二個を振った際に最も出やすい7を中心として、次に出やすい6、8のいずれかに合致するカードを出すこと。
つまり、鈴木さんが出したカード二枚の内訳で最も確率が高いのは、6と合致し、4と1違いの2+3の5。
だが、ここで私も5のカードを出してしまえば、5対5の同数となってしまい、2ターン目は流れてしまう。
だけど、私は。
ゲームを長引かせる気にはなれなかった。
「こ、これ……!」
同数でゲームを長引かせたくない。
特に、これで同数だった場合、相手の手札には4と5が残る。即ち、連続して引き分けを起こすことができ、しかも一番強い4のカードを残したまま戦える。
しかも相手は、出目12という3%未満の異常事態を予見したかのように1のカードを伏せていた鈴木さんだ。
デスゲームの鈴木さん。
常勝無敗。最強の人。
ゲームを長引かせたら、ペナルティで死ぬよりも先に、精神がやられてしまいそう。
だから私が出したカードは4。
5を出すことができなかった。
一発でも多く、そして早く、鈴木さんに引き金を引かせる――
「お互いのカードが出そろいました。それでは親から順に、サイコロを振ってください」
サイコロを振る。
サイコロを――
サイコロ! そ、そうだ!
「ちょっと骨山さん!」
「……はい、なんでしょうか子川様」
「このサイコロって……えっと……」
「そこの女子高生は、このサイコロに細工はないかって聞きたいんだよ骨山」
私が言おうとしたことを、いざ言おうとしたはいいものの聞きづらくて言い淀んでしまったことを、鈴木さんが代わりに言ってしまった。
おかげで、言えなかった自分が恥ずかしくなったし、本当に言っていいことだったのか不安になって顔が青くなる。
そんな私に、骨山さんはにこやかに言う。
「ご安心ください、子川様。連続して同じ出目を出したことに不安になっておられるようですが、誓って我々がこのゲームに不正を施すことはございません」
「……」
「信じられないというのならば、一度そのライフゲームアプリを持ってみればわかります」
ちらり、と私は鈴木さんを見てから、骨山さんに言われるようにゲーム開始前に卓上に置いたスマホをもって、ライフゲームアプリの画面を見る。
「ギャンブルという項目。そこに進行中のゲームというものがあると思います。そこでは、今現在行われているライフゲームをライブで視聴でき、対戦するプレイヤーの誰が勝つかを賭けるギャンブルが行われているのです」
……このゲームが、ライブ配信されてる?
「え、え……つまり、えと」
「俺たちの殺し合いは、一種の娯楽ってことだ。そもそも、200万なんて大金を、ライフゲームの運営がどっから用意してると思ってる」
「た、確かに……」
人の殺し合いを中継していると聞いて、その現実味のなさに理解が遅れた私だった。けれど、鈴木さんの言葉のおかげで理解が追いついた。
「一念発起の一般ギャンブラーから、一獲千金を狙う賭博中毒者、或いは湯水の如く掛け金を支払って頂ける特別なお客様まで、様々な方が我々に賭博という形で出資してくださっているのです」
そして改めて、骨山さんは私に言う。
「お客様が居てこそのライフゲーム。故に我々は、恣意的に賭けの勝敗を操作することが許されないのです」
……ちょっとだけ、納得がいかない。
けど、理屈は正しいと思う。
だから、このサイコロには細工はない。
つまり。
「……………………」
12の出目を見越して、鈴木さんは1のカードを出したことになる。
普通ならやらない。なぜならば、出して負けた時の代償が、あまりにも大きすぎる。私が4回も引き金を引いたみたいに、外した時に被るリスクが、高すぎる。
だから、普通なら出さないし、当たらない。
12の出目に、ぴったりと1のカードを出すなんて。
イカサマでもしない限り。
「さて、ではゲームを再開しましょう。鈴木様。サイコロを振ってください」
鈴木さんがサイコロを振った。
出目は――
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