第3話「フィッシュ・イート・パーティーです!」

 おじさん。


 おじさん。


 おじさん。


 その声は家の至る所を移動した。


 窓を、換気扇を、玄関を、だ!!


 ホラーだが正体はわかっていた。


 愛園さんだ、用事があるらしい。


「要件を言え」


 と、俺は郵便ポストを内側から開けた。


 郵便ポストの外側の口が指でこじ開く。


「ボスを」


「入れ」


 と、俺はドアを開けた。


 まあ愛園さんだよねだ。


「下校中の時のごめんなさいー!」


「気にしてませんよ。愛園さん、レモネードでも飲んでいきますか?」


「飲むー!!」


 と、愛園さんは泣きながら、レモネード濃いめでお願いしますと言ってきた。ちゃっかりしてるなあもう、別に良いけど。


 レモネードの粉末は3倍入れた。


 愛嬌のあるデフォルメされた鯵──猫耳と4本脚──のマグカップを桃園さんに出した。


「おじさんの部屋てやっぱ臭いね」


「……あんまりそう言うことはね?」


 掃除も換気もしてるんだけど……。


 臭うか?服を嗅ぐと臭う気がする。


「くんくん」


「やめい!」


 俺は愛園さんの鼻をつまむ。


 男の臭い嗅がれるのは恥ずかしいよ。


 愛園さんの鼻を解放して咳払いする。


「愛園パパが、自転車がパンクしたて聞いて心配してましたよ。だから俺が迎えに行ったんですから」


「お酒飲んでたからだよね」


 カラン──。


 カットされた氷が滑った。


「最近は反抗期だと嘆いてました」


 俺は元龍くんを庇うため話題を変えた。


 昼間から酒を飲んでいると沽券ものだ。


「でも、俺は愛園パパの心配は無用だと伝えておきましたよ。愛園さんは可愛いままです。ちょっとくらいツンツンするのは新しい魅力でしょうね。俺は好きですよ」


 俺は空気を和ませる微笑み。


 ツンツンも可愛いじゃない。


 愛園さんがツンツンタイプに進化か。乙女の変化は色んな形があって美しいね。そういう意味では魔法少女よりも大きな変身かもだ。


 俺はレモネードのカップを口に含みながら愛園さんを見る。お気に入りのマグカップから覗いた彼女は「私は美少女だからさー」と自信満々満点笑顔で照れていた。


 太陽のようだ。


 暖かくて、元気が湧く。


「反抗期かはともかく」


 俺はカップをテーブルに置く。


「中学2年生、恋の悩みごとの1つや2つはあるのではないですか?」


 俺はニカッと歯を見せる。


「こ、恋かい!?」


 一転、桃園さんはうつむいて、揺れるレモネードの水面を見つめながら、時折、俺と目が合う。


 愛園さんは可愛いな。


……昔の愛園ママとそっくりだ。


 いや、やっぱり全然似てない。


「えぇ、恋です。ちょっと今日の様子が気がかりでして……いつもとは違う雰囲気に感じたものですから。余計なお世話ですが訊いちゃいました」


「恋では……ないんだけど……」


「俺も赤点をとって夏休みの補修受けてました。マンボウ倶楽部て知ってますか? 水泳できない学生強制参加の補修みたいなのなど俺は一度も出たことないんですよ」


「それは凄く悪いよ!?」


 ハハハ、と微笑み交えつつ。


「……実は、秘密があるの」


「秘密、ですか」


 まあ魔法少女については隠すだろう。


 ははは。オブラートに包むだろうね。


 上手く返せるか心配だがやって──


「──美少女魔法少女セラムーは私なの」


 美少女は桃園さん以外誰もつけてない。


 不味いなど直球がきたぞ。


 ちょっと冷や汗が出てる。


 うッ……桃園さんが殺し屋くらい真剣な目で俺を見つめてくる……ぽわぽわな糸目短眉だから忘れるが桃園さんは三白眼だ。


 三白眼は別に凶暴な目ではない、が。


 震える手でレモネードを飲み干した。


「愛美ちゃん! それは秘密ぽぽ!!」


「ポポタ、でも、おじさんくらい……」


「おじさんが一番邪悪ぽぽ! 今も愛美ちゃんをよこしまな視線でいやんうふんなこと考えてるぽぽ!」


 考えてるわけねぇだろ畜生害獣。


 無垢な印象を与える白、寸胴で丸っこいデザインに長い耳やらにワンポイントの紫の入った愛玩特化型設計の潜入タイプ。


 アンダーザシー王国のギルギル人だろ。


「僕達の正体が知られたからには記憶を消すしかないぽぽ。さぁセラムーに変身してこのおっさんの頭をパンチして消し飛ばすぽぽ」


 死ぬだろ。


 ヴァンパイアでも死ぬだろ頭は。


「……私の落ち度だよね。秘密は……約束。私がやる。変身、愛にラブリーディスティニー、セラムー!」


 カッ──。


 愛園さんの服が弾け飛び、背中が大胆に開いたドレス、軽やかさのフリルが胸にリボンのように並び、スカートが花開く。


「おじさんの記憶を消すにはどうすればいいの、教えて、ポポタ」


「……おじさんの頭にセラムーの手を乗せて消したい記憶を釣り上げるんだぽぽ」


「わかった」


 セラムーが、愛園さんが近づく。


 俺はレモネードを持つ手が震えた。


 俺は、記憶を消される!


 恐ろしい。だが必要だ。


 ビッグシャチにもし捕まったとき、俺の記憶があればセラムーの正体が愛園愛美であることが知られてしまう。


「ごめんなさい……おじさん」


 愛園さんが震える声で謝る。


 そうだよなあ……。


 愛園さんは、こういう女の子なのだ。


 俺はレモネードの震える手を止めた。


「いや、ポポタくんの言う通りだ。俺の記憶を消してくれ。俺のせいで愛園さんを苦しめたくはない」


「おじさん……!」


 俺は体から力を抜いた。


 不思議と、気が楽だな。


 愛園さんが俺の頭を、抱き締める。


 愛園さんの胸に埋められてしまう。


「大きくなったな、愛美ちゃん」


「おじさん──」


 そうして──。


 俺は、セラムーに記憶を釣り上げられた。



「わはは! 今日は大家族な気分だな!?」


 元龍くんが上機嫌にテーブルへ鮨を並べる。元龍くんが握ったものだ。元龍くんは船の操縦、漁、捌いて料理まで一通りできるのだ。


「フィッシュ・イート・パーティーだ!」


 元龍くんは魚が大好きなので、よくわからない名前で呼ぶ。特に意味はないものだ。


 俺はそれに呼ばれていた。


 愛園家だけでパーティーが普通だろうが、愛園さんが誘ってくれたのだ。


 不思議だ。


 ははーん。


 わかったぞ?


 夏休みの……お小遣い、だな?


 元龍くんには内緒で渡さねば。


「美味しい!!」


 俺は鮨をもりもり食べた。


 魚は大好物なのだなこれ。


「宗馬さん俺は猛烈に嬉しいぞー!」


 元龍くんが大泣きして喜んでいる。


 食べるだけで喜ばれると嬉しいな。


 しかし本当に美味いんだな。


 もぐもぐしていると、愛園さんと目があった。申し訳なさそうな顔をしていた。


 セラムーのこと気にしているのだろう。


 鮨は美味いな。冷たい魚の肉、最高!!

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