第9話「板金」(1)
中国内戦の激化。
海を挟んだ日本にも伝わっていた。
大陸に強力な利権の根を降ろして積極的に水面化で工作活動に余念が無い帝国陸軍。それとは対照的に大陸に利権は無く、価値を感じず無関心なほど消極的な帝国海軍。
公然とした矢面は、満州の現地人への開拓援助をしてきた帝国航空宇宙軍であった。大量のトラクターや重機を始め、現地人による経済活動の拡大と融和を積極的に進め、治安悪化を起こす馬賊を正式な治安維持組織として再編、満州議会との調整など忙しく働いていたおりのことであった。
だが問題は南京で起きた。
内戦は国民党右派と左派、共産党、北洋軍閥で互いに殺しあっている。その中にいる蒋介石率いる軍が、南京の攻略を目指して移動している。
南京には列強、そして日本の領事館と日本の民間人が多数、残されていた。これを見捨てることはできない。かと言って、列強国が配置している艦砲射撃もおこなわせるわけにはいかない。
瑞端は頭を悩ませていた。
ソヴィエト帝国からの、コミンテルンに関する重要情報だ。反帝国感情を増成し団結を強固とするための工作の予兆あり。
何万人という生贄を共産革命の為に強いる作戦を見逃すことはできない。だがことはそう単純ではなかった。
阿片栽培で莫大な資金調達を繰り返す陸軍と、満州を始めとした治安回復と開拓での経済活動の促進を目指す航空宇宙軍は、幾度か武力衝突を起こしている。
防弾衣と自動小銃に大口径狙撃銃で武装した航空宇宙軍派に対し、陸軍に支援された犯罪組織は歩兵砲を持ち出す始末で死傷者が多く発生していた。
阿片の生産と流通組織、それを取り締まる警察組織との間での戦闘という形にはなっている。だが中華の民衆には、日本軍同士が殺し合いをして混乱を招いているという認識も広がっていた。
つまりは、瑞端が修繕しようとしている信頼関係とは、真逆のことが起きているのだ。
航空宇宙軍の陸戦兵は、火炎放射器で阿片畑を焼き払い、毒ガスを注入して重武装した違法組織の地下陣地を全滅させたなどは批判も受けていた。畑に関しては焼夷弾に切り替えている。
代替の仕事の斡旋もだ。
陸軍の兵士の救助もだ。
航空宇宙軍は、こんなことをする為の組織ではないし、陸軍の補助機関でも予算を誤魔化すダミーでも無いのだ。
「10年は早まった……俺が頭を下げるか」
瑞端は引きずる足で南京にたつ。
在留邦人保護の為に編成され大陸入りしている中支那方面軍司令官、松井石根中将との会談の席をもうけた。
◇
南京領事館の一席を借りての、航空宇宙軍側・瑞端と陸軍側・松井中将の南京を巡る利権保護の話し合いであり、同時に蒋介石に対する日本の対応を確定する場であった。
瑞端は軍刀の石突を床に立てて、柄に両手を添えて杖のようにしながら椅子に腰掛けていた。
松井中将も帽子を外さずそこにいる。
最初に口を開いたのは、瑞端からだ。
「済南での国民革命軍と我が軍の武装衝突以来、松井中将の風向きは悪い。松井中将、交渉をして南京へに突入を阻止するか、我々とともに南京周囲での略奪をするであろう眼前の敵を共に打ち倒すべく戦うか、どうされるのか」
済南での失敗を南京で二の舞するおつもりか、と、瑞端は松井中将に迫っていた。
中支那方面軍は度重なる中国での反日的襲撃に対し、少数の部隊や、海軍陸戦隊程度ではまったくの不足であるとして発足した部隊だ。
その目的は日本の権益の保護であり主に租界においての日本側治安活動を担っていた。
上陸初日から大損害を出しながらだ。
南京に駐留している陸軍でおよそ2000将兵であり、方面軍と呼ぶにはいささか以上に少数ではあるが精鋭であると喧伝され、最新の兵器で武装している。
済南での治安活動代行中には、松井中将と知己があった蒋介石の南軍と交戦したのが1926年の済南でのことであり、中華統一び蒋介石を推した松井中将は、瑞端が言う通り、やや不利な立場にいた。
「張作霖を贔屓する陸軍では反りも上手く合わんでしょう。だが今、南京に迫る軍勢はこう言っておるそうです。張作霖贔屓の日本人を皆殺しにせよ、と。我々は蒋介石の軍を南京に武装したまま入れるつもりはありません。列強の連中とも話しをつけ、入城を拒絶することで一致した」
「馬鹿な」
松井中将の低く重い声である。
人死にを見てきた気迫である。
「なにがだ、松井中将」
「列強を説得しただと? 南京でか」
「そうだ。張宗昌・直魯連合軍の戦わず逃げた腰抜けども。それが南京に逃げ込んだ。数万の連中を抑えるには徹底した意志を見せる必要がある。連中は国民革命軍からは逃げたが、南京にいる諸国の極めて少数の軍勢はとるに足らないと考えている。巻き添えで権益に傷をつけたくはない」
「ことを荒立てるつもりか。たかが航空宇宙公社の分際で、陸軍が受け持つべきと任せられた場所で──」
「──その陸軍と幾度も交戦している。双方に多大な犠牲を出した。これを告発しない。陸軍が阿片栽培でどれほどの民衆の生活を破壊し、子供が解体されて秘薬として売られ、阿片窟で糞に塗れたろくでなしを生産していたとしてもだ。花畑を焼き払う為に爆撃機を送る。だが陸軍を名指しでは批判しない」
瑞端は話しを続けた。
「既に国民革命軍は迫っている。平和裏に済むならば良し。しかし所感は違う。中国人にひとたび混乱を許せば略奪が軍民問わず吹き荒れるのは何度も見てきただろう? 協力してくれ。国民党軍と戦争をしたいわけじゃない。その逆のお互いが衝突しないで済む方法を努力する為に協力しよう」
◇
1927年3月24日。
肌寒さある、早朝。
蒋介石の国民革命軍が、軍閥を追って南京市の制圧をはたさんと現れるも支那紅十字を筆頭にした、列強各国軍により拒絶される。
国民革命軍と南京市民とを分断し、張宗昌・直魯連合軍の混入で混乱する市内の治安を決定的に崩壊させない為の予防として一時待機を要請したものだった。
この時に、国民革命軍の部隊指揮は程潜という男がとっていた。彼は不服と抗議を伝え、南京への進入を強行しようとするが、南京で連合した列強の陸戦隊と、日本の中支那方面軍の妨害を受け殺気立つ。
「帝国主義打倒!」
国民革命軍の誰かが叫ぶ。
呼応して、森も揺るがす大声量の群れが、南京を揺らした。中国の土地であり外人こそ出て行けと銃剣が旭に揺られギラギラと揺れる銀色林が今にも飛び出しそうである。
「蒋介石に使いを出せ」
一触即発の時──。
双方を宥めたのは松井中将だ。
今にも破裂せんとする中国兵の怒気を押し退け、数で不利な南京の列強の連合軍の不安を吹き飛ばし、松井中将が交渉に出た。
「誰だ、お前は?」
程潜は松井中将を知らない。彼には自らの土地を犯す侵略者としか映っていないのか、犯罪者を見る目をしていた。
瑞端は不味さを感じていた。
程潜については、アナスタシア経由のソヴィエト帝国諜報部から報告があった。コミンテルン、共産党と繋がりがあり、残党の1人であるボロディンという男が、国民政府で扇動している。そしてロシア系貿易会社であるアルコンが関わっていることまでは掴んでいた。
程潜はコミンテルンの尖兵だ。
だが自覚は無いかもしれない。
共産分子、不良分子、排外の熱病の兵士が南京で何をしでかすか危機感を高くもっていた瑞端だが、もっとも単純な手段で答える以外に用意できなかった。
つまりは……事が始まれば絶対的な火力で蹂躙する最終手段の用意である。
瑞端の背中に冷たい物が流れる。
市内での暴動は起こせない。
暴動を予防するには国民革命軍を南京へ即座に入れて占領させてはならない。
国民革命軍を止める必要がある。
南京の外には土嚢と塹壕の陣地。
陸戦隊が睨んでいた。
満州で猛威を振るう、航空宇宙軍の部隊もいる。不死身だキョンシーだと噂される完全武装の兵士だ。防弾衣のセラミックプレートはライフル弾を受け止めて即死を許さず、自動小銃や汎用機関銃は火力で数十倍の兵士に匹敵すると噂に根も葉もついている。
さらに恐ろしい怪物がいた。
それは南京を背景に背負う。
トラックに足が生えていた。貨物があるべき場所には指向性散弾地雷が水平に貼られ、何丁もの重機関銃が四方に伸びている。
「軍閥の馬賊連中薙ぎ倒したヤツか」
「騎兵を全滅させたて、噂の……?」
「南方の象だ、鉄の象だ」
異様な機械に中国兵も冷静さを戻す。
タイヤの車両とは、明らかに異なる。
中国兵は重火器がまったく不足していた。装甲を貫くだけの火力が自分達の小銃の弾にあるのか疑問を抱く。それは正しく、歩行トラックと呼べる物に貼られた装甲板には幾度も銃弾を弾いた痕が残っていた。
「……蒋介石閣下に伝令を出せ!」
程潜は部下に命じた。
早馬が本隊へと出た。
南京で矢面の陸戦隊や海兵隊、中支那方面軍の兵士が一息入れられると少しだけ気が緩む。
どうなるにせよ小休止だ。
瑞端も気を休めようとした。
南京市内から爆発音が響く。
黒々とした煙が市外からも見えた。
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