第7話「無数の凡人に埋もれた路肩の石」
「どうだ? 凄いだろ」
瑞端はどん引きしていた。
巨大な……計算機である。
帝国航空宇宙軍の技廠が片手間の遊びで作り上げた物はシリコン半導体とトランジスタ等をコンパクトに纏めた集積回路を基礎に発達した代物だ。
電子玩具を大々的に普及させて日本人総電子技師くらいの頭数を確保していれば当然に、基本から逸脱した異常者が発掘されるものだが、日本人という母数にさらに大陸とアメリカの外地で増えた人材から異常者が揃ってしまった結果だった。
何かを発明しなければならない、という強迫観念じみた狭い世界よりも、大量の無能の中にこそ天才が含まれていた。
ゴミ箱には切り刻まれたシリコン煎餅だ。
瑞端は高純度シリコンの円盤の薄切りが大量生産前夜であることさえ知らなかったが『大量に廃棄』されていて目が眩んだ。
ただのシリコンの薄板ではない。
その薄板には回路が刻まれている。
それを正確に幾つも切り出している。
瑞端は清潔や部屋、人間離れした精密な仕事のできる機械の下地は広めてはいた。旋盤やプレス加工や工場での効率化の人間を活用するシステムは地方巡りで教えている。
だがシリコン煎餅を生産する技術力はあまりに飛び越えている。瑞端の考えでは20年は先になるだろうと考えていた。あらゆる工程が、職人技でさえ足りない技術力が必要で、しかも、全てゼロから研究が必要な筈だったのだ。
瑞端は心から驚愕し呆れた。
人間は想像より凄いものだ。
「リリエンフェルトさんの電界効果トランジスタは『簡単にできた』から、じゃ、もっと小さくパッケージして回路そのもの電子部品にしちまえと……集積された回路ができたんだ」
「……日本人の脅威ですね……」
「リリエンフェルトさんのおかげ!」
「ははは……」
「んで、計算機作ったんだよ」
「お前が全部したわけじゃにゃー」
「うッ!?」
「散々ツッコまれて落ち込んでたくせに」
1925年2月2日。
集積回路を大々的に採用した巨大計算機が、瑞端の知らぬところで爆誕していた。
「電波屋とかが計算させられないかてうるさいから、学校の全員で計算機使える手段を色々考えて作ったんだ。電波の送信と受信から距離の計算とかなんとか。向こうさんは向こうで作ってるが専門外だしな。こいつの設計や細々以外の製造以外は勝手にやってる」
「ちょっと待て、こいつまだあるのか?」
瑞端は訊いた。
化け物が増えてるわけだ。
「え? あぁ、うん。電子積木が得意な尾沢が、ちょっとよくわからんもの作ってるな?」
「あー、そういやなんか作ってたな」
航空宇宙軍の学生らはなんでもないかのように言う。瑞端は内心で「こいつだけでも世界レベルを2、3歩飛び越えてる筈だぞ」とか思っていた。
「飛行船とか飛行機の運行を計算するんだと。ロケットの前段階だな。いずれ地上から電波で管理する為に絶対に必要になるてみたいな話だった」
瑞端は計算機を開けた。
ネジ止めされていたものを外す。
磁気ディスクがあった。
リチウムイオン電池があった。
「フロメイルやシューラーの研究から磁性体をテープに吹き付けたものを作ったけど、もっと自由に記録を読めないかて円盤にしてみた。衝撃ですぐズレるけどね」
「電池も作ってる。イギリスやロシアの資源から手当たり次第、電気を大量に貯められるもの作れないかて、山程ゴミを作っていたら、炭素材とコバルト酸リチウムが良い感じに」
瑞端のまったく知らない単語が出た。
「コバルト酸リチウムて……なんだ?」
学生らは「何を言ってんだ?」と、むしろ瑞端をおかしく見ているのであった。
瑞端は航空宇宙軍の学生を見た。軍の研究所、民間の最新の技術の基礎も応用も既にできてしまっている。もっと、外からも吸収させてやりたいな、世界はずっと広いんだ、と、考える瑞端であった。
◇
瑞端は校長室の椅子に座る。
彼はほとんど使わない椅子だ。
深く体を預けて瞑想していた。
基礎工業力、基礎学問。
基礎化学力、基礎科学。
航空宇宙軍に天才も凡人も大量に放り込んで、偶然に天才が当たったら、少しずつ研究体制を拡充していくだけで、瑞端の予想外の発展が続いていた。
勝手に勉強をして勝手に成長する。
それが受け継がれて広まっていく。
瑞端が作ったV型12気筒のエンジンやトラクターなど、既に瑞端の手を離れて、海外で学び、もっと上手く作れる筈だという卒業生が弄っては、大量の失敗と、確実な発展を繰り返していた。
燃費から水平対抗にシフトしている。
エンジン開発は弾みがついて、勝手に枝葉が広がっている。今は水平対抗のディーゼルで燃料を節約できないか、もっと経済的にと、自動車の普及をさせつつも、誰もが軽い負担で楽しめるようにと聞き取りまであちこちのオーナーにしているのを瑞端は聞いていた。
アンケートだ。
瑞端は記録の抜き出し方の注意だけで、ほとんどが学生の好きなまま、思いついたことを調べさせている。
航空宇宙軍の学校が繋がりの中心だ。
甲高い燃焼の音が響き窓を揺らした。
瑞端が薄目を開ければ、学生らが卒業生と一緒になってロケットを打ち上げていた。その中には幼年学校の子供もいる。
工具の精度や土台が悪いと、先輩らが自作した物を使い、更に精度を高めていき、より多くの場所へと道具が拡散していく。
恐るべきことだ。
瑞端は戦慄した。教えなくとも成長する、人の可能性というものの高さにだ。知識は水平に広がり、またどこかの天才に当たるまで旅をする。
知識と技術。
瑞端はそれが天才に寄生するため、人間の意識や記憶を渡る粘菌のように思えた。
外では、小さい子供らが大喜びする。
4脚の金属の獣に乗せて貰っていた。
「ふっ……」
平和とは小を無視した幻想である。
という持論を持つ瑞端にとって、局所的には、日本は平和だと考えていた。
瑞端は空を見上げる。
瑞端は地上に戻った。
密着ブルマにストッキングの足。生足ではないから恥ずかしさは下がり、しかして臀部から直下はほぼ生のシルエットである。
まことに慎ましい胸が上下に揺れる。
透き通る水饅頭が揺れる美しさであり、逸らして見上げる胸部の美しさは流体力学的にも正しい曲線の美を体現するのが慎ましい胸しかないありえないと語っている。
そんな色っぽさの学生も空を見ている。
航空宇宙軍の学生らがモーターグライダで空を飛んでいた。杖を付いて健常者よりも地に重くしがみつく瑞端とは真逆の、軽やかで自由な翼がそこにはあった。
瑞端は校長室を見渡す。
まるでガラクタの倉庫だ。
あるいは図書館だろうか。
世界中の専門書があった。
専門書は出入りが激しいらしい。
そして学校で学生が作った物ら。
瑞端より『凄い連中』の作品だ。
列強がしのぎを削る世界情勢だ。
それでも学校は平和だと信じた。
瑞端は机の上の小さなモデルロケットを手にして、指で転がし遊んでいた。
その下では世界中の新聞だ。
「怪物か」
どの国の新聞でもほんの小さな記事ではあるが、謎の怪事件が載せられていた。
窓の外で4脚トラックが歩く。
1926年12月25日。
大正が──終わる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます