第4話「テック・ゲーム」(2)

 1921年11月、アメリカは呼びかけた。


 無秩序に拡大する列強の軍事力を、経済的に共倒れとなる前に、足並み揃えて軍縮しようと提案する会議だ。


 サラエボ事件で皇太子夫妻は生き残った。


 世界大戦の危機であったと三文小説で並ぶ夫妻は死亡し『世界大戦後モノ』と呼ばれるジャンルが列強各国で地味な流行を見せていた。


 悍ましい世界大戦が描かれている。


 そんな時節に、火薬、より正確にはチリ硝石が有り余っているということで遅々として進まない爆薬用の化学プラントの不足が顕著になりつつあった。共産主義者が浸透して広まった遺伝子農法の影響も大きい。


 莫大化する火薬生産とチリ硝石の輸入──火薬製造だけでなく肥料としての需要も人口増しで極大化しつつある──需要と供給のバランスが崩れていた。工業力があっても主力艦の建造が砲弾不足ゆえに限界なのだ。


 対して日本はまだ上限に余裕があり新鮮な新造艦の余裕があり、という複雑な事情があったりする。


 ワシントン海軍軍縮会議。


 日本への影響で言えば、主力艦保有が列強の60%までであるべきとの制限と、日英同盟が日本、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツの4ヵ国条約に発展解消する動きだ。


 世界トップクラスの海軍国家。それが仲良くしましょうと鎖をお互いに掛けて、果てのない軍拡に上限をかけようという大枠である。


 瑞端は外交の一報を受けていた。


 閣下がまるで野良猫でも見つけたかのように手招きして、誘われれば、日本の外交の機密を大開陳である。


「大胆に切り捨てて……大砲屋に殺される」


 リストにあったのは金剛型4隻、扶桑型2隻、日向型2隻の36cn砲搭載艦8隻を、戦艦から不可逆の改装である工作艦にするというものだ。


「廃艦よりも戦艦には辛いかもしれないね、瑞端くん。いっそ戦艦として沈めてやろうとボヤ騒ぎが陸奥であったとか。まあこれはくだらないウソだろうけどね」


 日本の戦艦戦力の激減である。


 海軍とりわけ大砲屋は激怒だ。


「瑞端くん、君、若いのに殺されるよ」


「ははは……絶対に名前出しは勘弁を」


 長門と陸奥は完成していた。41cm砲搭載艦が戦隊をまったく組めなくなるわけではない。2隻という最小すぎる隻数ではあるが……次期艦隊構想を工業力と経済の専門家と海軍の討論の中で理想よりは縮小しつつも認められた。


 主力艦16隻程度ならどうとでもなる。


 ただ、それは将来的に建造されて増える隻数であり、軍縮会議時点では一挙に8隻も減じるとなれば大鉈どころか死神の鎌である。正気ではない、と、戦艦派閥の話だ。


 国家の決戦兵力は旧式と言えども変わらない。それを8隻も、工作艦なる戦闘艦でさえないものに改装するなど戦艦が可哀想である、と言うのが海軍の常識的な人情なのだ。


 瑞端は海軍的には虐殺者なのである。


 瑞端は腹が落ち着かず話題を変えた。


「アメリカさんが中華民国に、中国の一体性を許さず、満洲族、チベット族、ウイグル族、モンゴル族らに自治か独立を与える提案まで踏み込むとは思い切ったものだね。都合は良いのだろう?」


 瑞端の予想外のアメリカの動きだ。


 アメリカやイギリスに中華の民族問題に詳しい専門家はいない。なので中華民国の巨大な市場開放を条件に中華民国による他民族の支配を認める、と、瑞端は予想していた。


 アメリカは中華民国寄りだ。


 かつて清帝国は満州族が、漢民族やウイグル族を支配する政治体制にあった。異民族を複数抱えるまさしく帝国という組織であったが、中華民国が同じことをやろうとしても無理だろう。それでも支配を強行するのであれば、反乱分子を武力で弾圧し、また半端な国力ゆえにすぐに大虐殺が横行するのではないかという将来の試算があった。


 良い意味かはともかく現実は誤算だ。


「中華民国が不安にならないよう、多少なりとも将来性として日本も、満州と朝鮮の独立の提案も出しています。中華民国が中華再統一できるよう芽はありましょう。日本が大陸から出ればロシア……今はソヴィエト帝国に陸軍は集中できます」


 その為の台湾議会と満州議会だ。


「日露戦争以来の友誼を結んでいる満州の馬賊連中との交渉も纏まっています。反抗的なのもいないわけではないですが……満州議会ではぶっちゃけた話、犯罪集団を軍隊という檻に嵌められています」


 日本の傀儡政権ではあるが実質上は確かに独立国である。日本の資本に強く依存した経済植民地ではあるが……。


 問題があるとすれば日本陸軍の一部でも独自で利権獲得に策を張っていることで、武器や教練を施した『兵隊』が数多くいる。陸軍と航空宇宙軍で別々に鍛えた集団が衝突して共倒れもある。


 陸軍と航空宇宙軍の交渉して妥協の産物が、満州議会としての形ではあるのだが一応、治安は回復しつつあった。それが清帝国の不信を強めてもいた。満州は清帝国領であるからだ。


 とはいえ、日清戦争での条約内で反感を抑え、発生した事件を矮小化するよう沈静化に航空宇宙軍は腐心していた。今度はそれで帝国陸軍とまた縄張り争いになると……瑞端が忙しい原因の1つだ。


「海軍には新八八艦隊で我慢して貰えれば。工業化での予算の圧縮、ブロック工法や自動化等で予算を大幅に節約できています。41cm砲統一戦艦案と量産型設計で16隻くらいなんとかなるでしょう」


「経済戦艦と馬鹿にされているよ」


「機械は身の丈に合う形があります。国、民族、技術、様々ですが無視した設計では負担ばかり大きくなってしまいます。日本は海軍の外局に陸軍、そして航空宇宙軍がいるわけではありませんので」


「300m弱もあるのにかい?」


「ははは……」


 瑞端の背筋に冷たい物が流れる。


 300m程度までならば、瑞端は骨身を粉砕した努力でコンクリート生産、高層建築物の乱立に舗装やら国土の根回しの一環の、造船所のドックの拡張や増設したものでどうとでもなる。商船なら既に溶接のブロック工法で大量生産している程だ。


 世界の貿易の半分を占めるアメリカ、そして希少な鉱石を抱えるソヴィエト帝国やイギリス帝国との巨大な交易ネットからの莫大な利益を振り分けている。そのくらいやってくれなければ困る、寧ろまだ遅いし足らないというのが瑞端の本音だ。


 軍隊は軍隊の専門家集団だ。


 工業や技術力、民間含めて総合的な国力はシビリアンのほうが管理に向いている。そう言う意味では航空宇宙軍という存在は、陸海軍から見て同格の軍隊とはみなされていない。


『航空宇宙公社』なのである。


「瑞端くんの手紙もまずかったね」


 閣下が小さく微笑む。


 あまり笑っていない。


……瑞端が平賀譲中監とは名指しせずに戦艦の私的な考察という体で論文を触れて回っていたとき大激怒されたり、平賀譲の理想の計画案が実行できるのかと肩を組まれたり、色々あったりする。


 予備役の第4艦隊送りに36cm砲搭載艦を全て送って工作艦に変えてでも16隻の35ノット、41cm3連装砲を3基9門、全長260mというかつてで有れば身の丈を超えているような巨艦軍の第2陣の改修及び建造が進んでいる。


 瑞端は航空宇宙軍派なので海軍に対して「そんなに戦艦を揃えてどうするんだ」と呆れる。だがそれは、航空宇宙軍の主力である飛行機械部隊が、イギリスの王立空軍を参考にしていることと、飛行機による対艦攻撃に対しての研究と訓練を日に日に高めているからの贔屓だった。


「36cm連装砲塔はどうするんだい?」


「はい、閣下。陸軍の要塞に決まってはいます。ですが巨大ですし据えるのにも一苦労ではありますが幸い、航空宇宙軍の土木屋は優秀です。前代未聞であろうともやり遂げるでしょう。頭数も機械も充分にあります」


 瑞端と閣下が話していると窓が叩かれた。窓を打つ音に瑞端は投石だと反射的に首を引っ込めた。


 犯人は瑞端嫌いではないようだ。


 窓には悪戯好きそうな女性がいて、次いで、閣下の顔を見てこの世の終わり、青いキュウリくらい青くなっていた。


 航空宇宙軍士官学校の生徒だ。将来の幹部の名前は藤和芳子という。凛々しい男装とも言える風貌と背の高さはあるが女子である。


「藤和くん。中に入りなさい」


「は、はぁ……」


 と、藤和は窓を開けて直接入ってきた。瑞端は「そうではない」と目を覆うが、見届けていた閣下はほがらかな笑みで迎える。


「閣下。藤和芳子士官候補生です」


「藤和芳子です!」


 と、藤和は兵士のように声を通す。


「航空宇宙軍の学校に通っているのかい?」


「はッ! 日々勉学に励んでおります!!」


「勤勉なかただね」


「バカなだけです、閣下。藤和は国家の総力戦における造兵能力を計算することをテーマにしているのです。バカですが……だからこそ微塵も空気を読まない算術をしますよ」


 藤和はムッとした顔で瑞端を睨む。


「素晴らしい人材だね。私も瑞端くんの『妄想』を学生時代から聞いてきたよ。軍隊が扱う戦略と銃後の戦略は必ずしも一致せず、軍人と民間の双方が高度に協力関係無くして戦争の勝利はないとね」


 閣下は続けた。


「軍人の技だけでは勝てない。納得したよ」

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