第5話「10年越しの偶然と震災」

「帝都一円もどんどん変わるねぇ」


 陸海航空宇宙軍共同での試験場設備内にある魚雷試射場のプールでカメラ係が言う。


 水流のあるプールを航走するのは通常の魚雷ではない。それは水中でロケット噴射し、また先端からは泡を吹きながら水の中を飛ぶ。プロペラの魚雷であれば瞬く間に壁に叩きつけられる流速の中を、距離で換算すれば既に2kmを過ぎてまだ余裕を保つ。


「ジャイロや制御板は完成だな。計算した雷速は100ノットか……思ったより出てないな」


「今じゃどこもかしこもアスファルトだコンクリートだ。退屈な町になったよ。車も増えて危ないったらありゃしない。下町がだぞ」


「仕事しろよ。化学に渡さないといけない記録なんだ。きっと宇宙まで飛ぶぞ」


「魚雷だろッて言おうとしたんだが宇宙公社の宇宙人共は行きたたがってたしありえるのか。何がそんなに楽しいのかね。地球嫌いか?」


「俺はちょっとわかる」


「はぁ?」


「アホにはわからんか」


「おい、俺よりバカなクセに!」


 試射場の壁には9月1日とデカデカとあり、防災の日とも書かれていた。毎年、9月1日は全国防災の日として軍民協力の避難訓練がある。基本的には仕事は休日だ。


 多くの軍人には演習以外で忙しい、面倒な訓練でもある。金も掛かり、敵を殺す武器もなく民間人が被災した場合の救助という、士気の下がるような訓練だ。


 大蔵省も野党も毎年のように予算の無駄と言われているが実際問題、災害大国の感がある日本で、山間部の道路や港湾設備の破壊により孤立化する地域は、模擬訓練の中で大きな課題となっていた。


 道が塞がれば啓開する機材が無い。


 町が燃えれば住民をどう避難させるのか、大規模災害に対してのもしの課題に毎年、上手く解決できないでいた。あらゆる能力も頭数も不足する。


 10年前から続いている全国総合での訓練ではあるが、現実的な範囲に能力向上を果たしたのは去年がようやっと及第点だ。重機のエンジンを唸らせる大群と人間の大群という人海戦術でしか達成しえないという結論だったりする。


「全国合同でよくやるよ」


「給料をあげてくれよな」


「陸軍さんは上手く予算を節約してるそうだぞ。我が家も同じだがな。航空宇宙軍くらいだろう災害の模擬なんかに真面目なのは。インテリだからな」


 時計を見た。


 1923年9月1日11時15分。


「寝坊野郎も起きる昼前だ。機材を止めよう。動いてたら殺されるぞ」



「宇宙野郎は嫌いだが休みが増えるしな」


 避難訓練の始まりで『天の声』があちこちで聞こえてくる。地震と火事に津波への警戒。地震で揺れているので冷静にいること、止まったので指定の避難所へ急ぐこと。


 定例となった軍や警察の合同訓練だ。


 民間人も広く協力しあっている形だ。


 誰もが慣れたもので、さっさと移動してしまう。赴任した新人が誘導する前に住民のほうがかってしったるというほどだ。


「しかしこの何年かずっと地震が起きてるよな。本当にいつ来てもおかしくはないぞ」


「数ヶ月前からずっと揺れてるしな」


「きみが悪いよ……」


「まッ、町を見ろよ。今やコンクリに鉄骨だ。帝都は固い。うちの家も耐震補助金で建て替えたろ? なあにもし本当にあっても大丈夫さ」


「……ん? なんだ? 揺れてる……?」


「なーなー」


 公園の子供が指差した。


 鳥が一斉に飛び立っていた。


「なんだ?」


 面倒くさがり座り込んでいた連中が、尻の違和感で立ち上がる。立っていた者らも違和感をこぼし始めた。


 おかしい。


 揺れてると。


 11時58分。


 相模湾を震央とする巨大地震が来た。



 6日後──。


 関東が壊滅していておかしくはなかった大災害から僅かな期間で、瓦礫を重機が押し退けて道を開き、全国と繋がる舗装道路も破断を修復されるよ莫大な援助物資が運び込まれる。


 破壊された埠頭も応急が施され、揚陸艦が接舷しては物資を揚げていた。不足する物は、軍艦からの電力、工作室、医者に至るまでが駆り出されて混迷が続く被災地の回復に努めている。


 1次、2次集積所や最終的な個人に配給する役割までが過去10年で洗練されてきたシステムそのままが活用された。


 避難所は日が経つごとに軍隊の陣地かのように家や各種の水道、ガス、電気が設けられて新しい町を臨時で作る。


 撤去困難な場所へはトラックが歩いた。


 未曾有の大災害であるが犠牲は少ない。しかし被災した人達には慰めににはならない。死傷者500人。その数字は政治家は元より被災地を確認した諸国が驚くほどの被害の少なさであるが、沢山の人が死んだのだ。


 航空宇宙軍のマークのブルドーザーや重機が目立つ中、トラックがバス代わりに人間を運んでいる。


「……」


 陸軍や海軍の活動が目立つ。軍服を着た人間は市街戦の応用で撤去活動や救助等に奮闘していた。だがもっとも活躍しているのは、陸軍でも、海軍でもなく、航空宇宙軍だ。


 航空宇宙軍は全国の民間会社を協力と金子に糸目をつけず雇い、現役で土木や建設をする専門家や重機を集めて働かせることに成功していた。


 大量の食糧や水に消耗品の供給を、戦場並みに劣悪な道路事情でも改善し、打通していた。


 建軍から僅か8年である。


 艦隊も兵団も無い航空宇宙軍が、陸軍が望んでも中々達成できないでいた機械化を完遂しており、海軍が列強に劣っている大艦巨砲主義の脱出口を探す中、大規模な航空作戦を実行した。


 伝統には、耐え難い『侮辱』であった。


「航空宇宙社の連中め。まあ軍隊らしくない働き程度なら多少はできるのだろう」


 旅館“蘭桜楼”では陸海軍の高官が集まっていた。立場も階級も異なる彼らには共通点がある。


 友幻会という秘密組織の会員だ。


 陸海軍の要所で力を持つ友幻界メンバーの目的は、暴走する日本が列強と衝突して確実に敗北する日、より良い平和な時代を迎えるために活動する。


 日本は負ける。


 その前提で未来を見据え動くのだ。


「西郷平三郎さん、我々の改革とまるで違う動きをしているようですが航空宇宙社は。少々厄介ですよ」


 と、お猪口を机に置くのは海軍将校だ。友幻会では表向きは陸軍と海軍の協力がある。だが実体は海軍こそ重視され、陸軍は海軍のお伺いを受けるを良しとしていた。


 これは日本が島国の海洋国家であり、陸軍は本質的に相容れず、また列強と比して工業力と経済力の脆弱さから大陸列強並みの陸軍の整備は不可能だという友幻会の研究に基づいている為である。


 西郷平三郎の独自の理論ではあるが。


「神鳴さん、確かに航空宇宙軍は我々とは袂を割っております。これは日本の将来にはいかん。いかんが、航空宇宙軍の瑞端くんがこれでなかなか気張っているのは認めにゃならん」


「しかしですな……」


 神鳴と呼ばれた男が少し怒気を含める。


「……太平の世の為に動いている我らと違い、あれは国家の血税で遊んどります! やれコンクリのビルだのトラクターだの、金持ちの道楽の民間飛行機だのと!」


「神鳴くん。そうは言うが、陸軍や海軍の工廠でも民間の仕事を受けているじゃないか。此度の大災害など、瑞端くんが都市改造をしていなければ1万……いや、何十万人という死傷者を出していただろう」


「西郷さん、私が言いたいのは!」


 神鳴の話を海軍の白服が遮る。


「……神鳴くんの物言いはともかく、私も懸念はあります。大軍縮の時代に新たな軍を作り予算を流すなぞ、小手先の詐欺なのです。海軍も1線の戦闘艦ではないとはいえ、前代未聞の戦艦の損失をあの男が与えたのです」


「軍縮会議だね、松本くん。あれにはまいった。大陸の陸軍に肘して首根っこ掴んで引き上げさせたときはよくやったと拍手したものだが……」


「西郷さん。いずれは飛行機の時代が来ます。空母の時代が来ます。鳳翔を建造した日からわかっていたことでしょう。しかし戦艦を一挙に8隻も廃艦にしたのは性急すぎです!」


「うん、松本くんの考えはわかる」


「ならば!」


 松本が机を拳で打つ。


 他の会員は驚くでなく、松本の口に話させることを任せ、腕を組み見守っている。


「なぜ、震災のおりに瑞端暗殺計画を実行しなかったのですか!? あれは危険すぎます。日本を悪しきように導き、不相応な自信を後押ししているのがあの男です。確かに航空宇宙社の連中が外交で得たルートから莫大な利益を得ていますが、物理的な土地が無いだけの経済植民地を作っているだけではありませんか!」


「そうです!」


 と、神鳴が続いた。


「我々が目指す先の世の平和の為には、あれは障害となるのです。あまりにも日本を変えすぎる。我々が理想とする世界を犯しているのです! 奴が祖国を、まったく別の世界へ変えてしまう前に!」


「……」


 西郷は焼酎を傾けた。


 美しい焼き物だが、既に空っぽだ。


「海軍の青年将校が瑞端くんを襲撃したという非公式の情報がある。彼の実家だ。武装した将校が5人、震災直後に暗殺をはかったらしい」


 友幻会一同に衝撃が走った。


 先を越された、というのだ。


「瑞端くんは生きてるよ。あの不随の体で驚くべきことだ。『賊』は音もなく侵入して寝込みの瑞端くんに拳銃の全弾を問答無用に弾くつもりだったらしい。何故、生きてると思う?」


「なぜなのでしょうか? 逃げられはしないでしょう。決起した青年と言えど軍人、不能を追い詰めるなど楽な筈ですから」


「うむ」


 西郷は深く頷いた。


「私が身内を売ったのだ、通報したのだ」


 友幻会メンバーが静かになる。


 複雑な面持ちで腕を組んでいた。


 西郷さんが言うなら、仕方がない。


 そう自分を納得させて話が終わる。

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