第2話「機械化心臓」(1)
「……チッ!!」
大阪と横浜の名門が揃っていた。
名門と言っても正確には、ゼネラルモーターズとフォードというアメリカの名門であり、日本でのノックダウン生産の拠点を抱える大メーカーの人間だ。
瑞端の個人的な交友関係から、日本にいるついでだと引っ張られた彼らだが、お互いがいることに不機嫌をまったく隠さない。
表にはゼネラルモーターズとフォードの自動車が停まっている。ナンバープレートも“馴染みの相手”となれば想像がついていた。
集められたということは、相手と天秤にかけられたという勘違いも重なっての不機嫌険悪な空気である。
そこへ空気の読めない瑞端は、目を輝かせながら木箱を開ける──航空宇宙軍で試作された渾身の航空機用V型12気筒エンジンである。
「……ほぉ」
「カーチスのコピーか?」
「猿真似なんてシコシコ作ってたなら俺がぶっとばしてる……良いものじゃないが、ガキどもと、ど素人が組んだにしては良いエンジンだ」
「……一応、国産も作っているのだがね」
「そんなことより見てくれ!?」
日本は元より世界でも有数のエンジンの専門家を前にして、瑞端は、父に自分の作品を自慢する子供のように紹介した。
「うちの規格じゃないぞ」
「インチなんて使わないだろ」
「基本は丁寧だな。丁寧すぎるか? 部品の研磨が綺麗だ。人間技にしちゃ執念だから、ズイバタが言ってた機械化の道具の変化だな」
「職人技じゃないからつまらん」
「一点物か?」
「まさか。このレベルを生産できるだけのシステムを構築できる技術者も道具も数多くある。航空宇宙軍工廠だ。用意できる環境と合わせることに腐心した。レースに出すのに量産品としてな」
「待て、レースだと?」
「シュナイダーカップだよ」
「いくらなんでも無謀だろ。努力は認めるが……流石に列強最高峰のエンジンと機体には勝てん」
「でもカーチスさんや、イタリアさんやイギリスさんには負けたくない!」
「おい、本人いるんだぞ?」
瑞端は飛行機の話をしている。
しかしここには、大手自動車メーカーの顔ぶれも並んでいた。つまりはそういうことである。
瑞端は設計したV型12気筒をベースに、飛行機と自動車の共有汎用エンジンを航空宇宙軍の学校で開発した。
瑞端の理想的には少々過剰だが、小型高速船舶、大型車両、飛行機械にと数多くに影響する理想的なシステムはV型12気筒が将来的に繋がると判断していた。
V型でも気筒を減らす、また星型複列など同時に教育と研究するうえで単純な人数を航空宇宙軍士官学校から集め、実験記録を多数とったからこその成果だ。完成したエンジンは、単なるエンジンという意味以上をもっていた。
「日本の未来はどうだ、諸君」
と、瑞端はエンジンを撫でる。
財閥と接近して支援を取り付けるだけでなく、中堅や小規模な民営工場を巨大な連合として協力できるよう日本津々浦々を巡っていた。
その集大成であるエンジンなのだ。
「しかし正直に言って驚いた」
カーチスはエンジンを見ながら歩く。
「宇宙軍の学校を作ったのは知っていた。旋盤に鋳造も仕込めるだろう。だが時間が少なすぎる。俺はもっと長い時間をゆっくり使って物にすると考えていた」
カーチスだけでなく、アメリカの技術者は素直に驚いていた。彼らは海で溺れるような未熟さから学ぶ過程を、最初から見てきた。
「工作機械がとにかく高かった……国産として製造するにしても高い技術がいるし、金もかかるが、将来的に必須と機械化のための資金調達に駆け回ったよ……」
瑞端は乾いた笑いを漏らす。
冗談で笑うのが難しいほど、瑞端のやりたいことは、痛い目にあっていたのだ。否定され、怒鳴られ、頭を下げての連続である。
「……投入する資金が派手すぎる……」
スターティングハンドルを突っ込み、クランクシャフト重々しく回転させて弾みをつけ、同時にマグネトーから給電されたスパークプラグが最初の火花を散らす。
あたかも馬のいななきのように鳴く。
12本ものピストンを押す混合気と点火装置の爆発から拝気する一連の運動が軽快に続いた。
「動いたぞ!」
「当たり前だろ!?」
瑞端はスロットルバルブを指で開け閉めさせて、この猛獣を吼えさせた。
「我ら国際動力研究会としての意見は?」
驚くほど欠陥を指摘され否定された。
◇
1920年4月20日。
「エンジンで浮かれてた頃が懐かしいな」
工場では次々と、エンジンをトラクターに乗せていく。巨大な敷地にはずらりとトラクターが並び、農業の人間を全て置き換えるのではないかというほどの数だ。
自慢したV型12気筒ではない。
分割して半分のV型6気筒だ。
理由は単純にコストが高いからである。
瑞端は見てまわる。
工場では勤勉に女性工員が仕事をしていた。何十人と並び、工作機械を完全に習熟している。
「工作台の高さや腕の可動範囲、動線の徹底が少し甘いな。みな自由すぎるという印象がある。機械の一部としているようで申し訳ないが、工場長と管理者一同はもう少し詰めてくれ。生産も工程に玉詰まりが起きているように全体が止まりがちだ。指示を徹底すること。それと公差に関してはどういうつもりだ?」
「は、はあ……」
工場長がピカピカの作業服を着て、始めこそ、にこやかだったが、次第に、仕事に関して他所から出しゃばってきやがってという顔になり始めていた。
みんなが瑞端の思い通りに動き、みんなが反感を抱かず働くわけではない。瑞端はそれで良いと思っていたが、それはそれ、徹底できていない規律は叩いた。
「点検記録は手抜きだな。同じ記録ばかりだぞ。必要最低限しか命令していない。つまりは必要な品質の安定化のための仕事だ。工場長、続くようなら責任を問う。それと工員は心理状態で能力を激しく上下させる。劣悪に酷使はするなと言ったはずだ」
気難しい顔の工場長の額に青筋が浮かんでいたが、鉄拳や罵倒が飛ばないだけ良心的だ。
小声で「生白い坊主が」と言う男がいた。
責任者らが小馬鹿が透ける態度で、点数を稼ごうと接待が続く。美味い飯や土産にと賄賂や融通が効くという『お得』が積まれていく。
それとない見返りを求めてだ。
中には、瑞端の心を勝手に推測して、それに協力できると熱烈に推薦していた。
「大日本帝国航空宇宙軍でしたか。いやぁ立派だ。飛行機械や潜水機械? を、開発されておるのでしょう。うちの工場は瑞端さん直系で工作機械を揃えているのでなんでもできますよ」
「えぇ、頼りにさせていただきます」
「それに宇宙! 航空宇宙軍は空の果てから海の底までを範疇に飛ぶ組織とはいやはや壮大な構想で大変でしょうな」
瑞端は表情には出さなかったが、内部の情報が抜かれていることに気がついた。スパイとして買収されている者がいるのだろう。
工場の見学を終えると接待が待っていた。
印象を良くしようとする工場側の『政治』というものだ。工場長が優秀な人材だと、見目麗しい少女を連れてきた。少女らの手は針も扱ったことがないほど綺麗すぎる。
「瑞端さんは小さな子がお好きでしょう? お好きなようにできますので」
瑞端は内心でため息を吐いた。
それを顔には出さなかった。
「そうか? ならば、そいつらはうちで貰おう」と、瑞端は乱暴に4人の怪しい少女を連れて行く。
工場長の唇は大いに笑っていた。
「瑞端君は不随だ。お世話してあげなさい」
少女が瑞端の車を見て首を傾げる。
瑞端しかいないのだ。
エンジンを掛けるには、スターティングハンドルを回す役と、シートに座って点火する2人が必要だ。
「スターティングハンドルはありますか?」
少女は色々な知識を叩き込まれているらしい。航空宇宙軍や職業として運転をしているわけでもなさそうな口から専門用語が出た。
それに瑞端は、ややもたつきながらも自分で車のドアを開けて転けるように座りこむと、鍵を入れて回す。
エンジンが──点いた。
「驚いたか?」
少女は目を丸くして輝いた。
知らないことが起きたとだ。
瑞端は、意外と拾い物かと考える。航空宇宙軍にはこんな少女が多い。そういうのもありか、と、瑞端は少女の預け場所の候補に航空宇宙軍を留めておく。
「ドアは開けてやれんが、乗りなさい」
後部座席、助手席にちょこんと座った。
瑞端は不随ではあるが、車の運転くらいなら、できる程度の機能は残っている。できなくなったことも多いが、瑞端は後悔を少ししかしていない。
車は工場の敷地をゆっくり出た。
瑞端はバックミラーを確認した。
不安そうな顔が数人並んでいた。
育てられない子供は外へと押し出す。それが食料や燃料の消費を適正に保ち、集団を存続させる。母親にとっては中絶や、不倫の末に子を産むことは大罪であり刑務所送りでもあった。
貰い子殺人というものが常態化した。
育てられない子供を里子に出す……というていで養育費を受け取るが、実際にはその子供を
殺すことで養育費だけをせしめる殺しである。
全ての親が、子に無関心ではない。
里子に出した我が子を心配する親だっている。だがもし、ハズレを引いた場合は……。
特に新生児は、実親も関心が薄く、とある医者などは新生児ばかりを引き取り大量殺人にも至っている。
日本の法律で過去、何人もが死刑となっている殺人ではあるが、黙認されている殺人、殺されていく子供はいまだ多くいた。
瑞端が責任を負っている航空宇宙軍幼年学校では各地の産婆から、そうした人材を一手に引き受けていることもあり、大きな負担になってはいた。
「お前達、名前は?」
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