第2話「頼れないお姉さんと新規雇用クルー」(2)

「ようやく捕まえたぜ!」


 お嬢さんが路地裏に引きずり込まれそうになっている。ネアンデルタール人より少し進化した原人が、雌を殴りつけて略奪しようとしていた。


 ベニマルが俺の手を取る。


 ベニマルが首を横に振る。


 俺は、カノンの手の甲に、自分の手を添えた。彼女はハッキリと口に出す。


「やめときなさい」


 俺は首を横に振り腰の大砲を確かめた。


「ベニマルは本当に優しい。でも行くよ。見捨てれば僕が僕では無くなってしまうから」


 俺はベニマルの好意を振り切った。


 英雄気取りで死のうとしているも同じような俺を、ベニマルは引き留めてくれた。本当に優しい善意だ。俺はきっと間違っている。


 それでも腰の大砲──拳銃を抜く。


「おい、原始人!」


「誰が猿人だって!?」


 話せる余裕が僕には無い。


 そんなものは許されない。


 拳銃を引き抜き、ネアンデルタール人が振り向く前の背中に撃った。反動をほとんど感じない、低重力環境用の拳銃はしかし、人体に打撃するには充分なエネルギーがあった。


 悲鳴をあげる暇も与えない。


 引き鉄を何度も絞り、ネアンデルタール人を全て撃ち倒す。撃つたび、マズルフラッシュが路地裏を照らす。何発かは外れて路地の壁で火花をあげた。たぶんネアンデルタール人は死んではいない筈だ。


「殺すほうが後腐れ無いよ」


「すみません、ベニマルさん。でも殺したくはないんです。ごめんなさい」


「……やれやれ。犯罪者なんだよ、現行犯、射殺やむなし。首のインプラントを見な。パワーリグてのでプレートがあるわ」


 撃ち倒したネアンデルタール人の首を見た。金属のプレートのようなものが打ち込まれている。痛そう。


「個人番号を記録しておいて。脅しに使えるから。脊髄と直結してるから書き換えは難しいし、そんな大金積めるとは思えないチンピラだもの。黙らせましょう」


 俺は頷いて全員の記録をとった。


 やっぱりベニマルは頼りになる。


 さて……乱暴されていた少女が残されている。弾は当たっていないので無傷だ。


「何してる? はやくこっちに来な」


 ベニマルが少女の腕を力任せに引く。


 ちょっと、ちょっと、ちょっと……。


「ベニマル、乱暴すぎるって」


 謎の少女を見る。


 少女も僕を見た。


 ちょっと太っちょさんだ。


 とはいえ可愛いのでは?


 美人て感じではないな。


 タヌキが近いかもしれん。


 全体的に丸いので冬毛だ。


 背は僕の半分て程小さい。


 褐色の肌、水底から太陽を透かしたような空色の瞳、深い赤のざんばらなボリュームたっぷりな髪。胸の膨らみなんてあるわけもなく、むしろ腹のほうが出ていた。


 ベニマルは鼻で笑う。


 彼女の眉は皮肉に歪んだ。


 僕、怒られるのだろうか?


「ドザ、あんたの描いたこの後は?」


「うちの船に乗せちゃダメですかね」



 スペースレディで3者面談だ。


 ラフィさんが水を奢ってくれた。小声で「かっこよかったですよ」と耳打ちされたら好きになっちゃうよ。スペースレディ、通おうかな。


 とか考えてたら太腿を叩かれた。


 ベニマルが女子を威圧していた。


「それで、お前、名前は?」


 まるで尋問だ、と、俺は思った。


 単刀直入すぎるベニマルの尋問を、俺はハラハラしながら見守る。銃のグリップで拷問しそうな雰囲気がある。


「……ソロ……です」


 彼女は1人様て感じの名前だった。


 これ、俺も自己紹介したほうが?


 ベニマルは名乗らず教えなかった。


 最小の情報交換で、最大の情報を抜くつもりなのかな。それなら俺は口を閉じておいたほうが良いか。ベニマルにはベニマルが組み立てた聞きかたがあるだろうし。


「ソロね。船に乗って役に立つスキルは?」


「えっと……特には……」


「……ドザ、あんたのとこのクルー候補が見つかったけど性奴隷くらいにしか使えないわよ」


「ベニマルさん、性奴隷てなんですか?」


「ドザ、あんた……まあいいけど。性奴隷というのはね? 性的に利用する奴隷のこと。ドザ、あんた男よね?」


「陰茎はあるから男だよ」


「性行為をする対象てこと」


「う〜ん……」


 よくわからない。それはつまり、ベニマルはこう言いたいのだろうか。「あんたが拾ったんだから嫁さんに貰う覚悟で世話しな」と。


 ベニマルは言いそうだ。


「ソロとかいう役立たずの小娘。こいつのガキを孕んでも良いってんなら、あんたは役立たずじゃないわよ」


 ソロは青褪めていた。血の気が引いて、究極の選択を迫られているくらい追い詰められている、そういう顔だ。僕がウンコか試験かを選ばされた時みたいな顔をしている。


 ソロは顔をあげた。


 彼女は覚悟を決めた顔だ。


「私、なんでもします! だから『ご主人さま』の船に乗せてください!!」


「だ、そうだよ、ドザ」


 ベニマルが決定権を投げてきた。


 僕の好きにしろということだろ。


 拾っても良い。


 拾わなくても良い。


 そうか、人間だと考えてるからややこしいんだ。ソロを猫だと考えよう。もし猫に会って、懐かれて、人ってほしいと言われたらどうする?


 拾うだろ。


「別にいいぞ」


「……え?」


 今度はソロがキョトンとした顔だ。


 ベニマルは肩をすくめて呆れていた。


 ドジャー号には船員が必要だ。独り暮らしには不便だし、部屋だけは山のようにある。1人や2人、破壊工作してくるような人間でさえ無ければ問題ない。盗まれると困るが、ドジャー号のセキュリティは厳しくて、艦長である僕でさえ独房に入れられる程だ。


「よろしく、ソロ」


「よろしくお願いしますご主人さま〜!」


「まず、ご主人さまはやめようか」


「いいじゃないの、ご主人さまで。ソロの覚悟だよ、ドザ! きっちり受け止めてやんな。今ソロは自分の全てを捧げてんだ。拒否するんじゃないの」


「一生懸命ご奉仕させていただきます!」


「宇宙で男独りは溜まるわよ。退屈はしないわ。頑張ってね、ソロ」


「はい、ありがとうございます、ベニマルお姉さま!」と、ソロはぐしゃぐしゃな顔で泣きながら笑った。笑っていた。


 笑わなければならない、て、感じだ。



「ごめんなさい! ごめんなさい!」


「人頭税、住民税、滞納金、延滞金、死亡税、地区移動税、空気税、生存税、非生産税、未婚税、子無し税、ステーション自由移動権限の発行、船舶移住税、遺産相続税150%に社会地位保証税……」


 あとささやからしからぬ借金。


 ドジャー号の駆逐艇を1隻売っても足が出るくらいの巨額の出費だ。人間1人が駆逐艇1隻、それで悲惨な扱いで維持できるのだから人身売買の元締めのが儲かるんじゃない?


 なんて邪が出るくらいの金が消えた。


「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 ソロが土下座して頭をこすっている。


 まあドジャー号の格納庫が1つ寂しくなったが、そういう日もあるさ。本当はドジャー号から去っていく、まだ1度も乗ったことのない駆逐艇が運ばれてしまったのは寂しいけど……仕方ないことだよな。


「服を買いに行こうか。役場での手続きで大金を払ったから、嫌な連中に付け狙われてもつまらない」


 俺はチラリと目線を動かす。


 金持ちな獲物を狙う輩が、こちらの様子をうかがっていた。背中から撃たれてもつまらない。


 先を急ごう。


「支度金は出すけど、服とかいらないの、ソロ。一応、ドジャー号には最低限のものはあるが毎日同じだと気が滅入るかもよ」


「平気です、ご主人さま。支度金は、私の身受けの足しにしてください」


 ドジャー号で着替えたソロは、愛嬌が欠片も無い上下で作業服だ。おしゃれとは無縁だな。下着とかも想像が付くくらいレパートリーは無いのだ。支度金の残りはソロの口座に入れとくか。寿退社じゃないけど、万が一もありえるしな。


 こういう時の正解はベニマルが教えてくれるのだろうが、彼女も暇ではないらしく傭兵で稼ぎに行ってしまった。


 僕がしっかりしないと、だ!


「ご主人さま! こっちです、こっち!」


 ちょっと道を間違えた。


 恥ずかしいな。照れる。


 だが、旅の仲間がいるのは嬉しいな。

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