第1話「迷子の家出少年」(4)
「ボロボロじゃねぇか」
至る所で火事があったように焼け焦げ、明らかに人口過剰であるほど道に人間が溢れて座り込んでいた。
なんでも水タンクの爆発で幾つかの区画が閉鎖され、安全な場所に流れこんだということを、怪しいお店に引き入れようと腕を引くお姉さんから聞いた。
「テロ?」
バニー姿のお姉さんだ。
胸の谷間を見せるように大胆に開いて、お尻周りを強調するようなワンピースタイプの水着のようなバニースーツで、下半身にはタイツで生足をうっすら透かしている、ウサ耳はなかった。
名札が掛かっている。
ラフィちゃんとある。
ちょうど胸の谷間に乗っかっていたので、俺が胸を凝視しているように見られている気がするが……。
「お店に入ってくれたら教えてあげる。お願い、今日のノルマが危ないんだよ。サービスするからさ、1回だけ、お試しに、お兄ちゃんを楽しませてあげるから」
「まあいいけど……」
ふと、見上げた。
店の名前は『スペースレディ』だ。
電光で文字が強調されているべき看板は、幾つか電気が落ちて、文字が欠けていた。
あんまり繁盛はしてなさそうな感じだ。
「ほあッ!?」
ラフィが、俺の腕を胸に挟むように抱きしめる。ふにふにとして、女性として誇らしいだろう象徴が俺の腕を沈める。
たぶん初めての経験をしている。
でもなんでだろ?
興奮よりも……驚きでいっぱいだ。
こんなにもおっぱいが大きいのに。
男が興奮するべきものを前にして反応できない。もしかして俺は不能なのか?
「おい、テメェ誰の女の乳触ってんだ」
と、チンピラに肩を掴まれた。
ぼったくりの店だったの〜?
ひえぇー、と、振り向く。
腕はすでに解放されていた。
原始人が服を着たようなネアンデルタール人の血筋という感じの男が並ぶ。パンクな髪型だ。パンクかはわからないが……ウニみたいなのやらタコみたいなのや海藻みたいな髪がエキゾチックな数色で派手に縞々としている。
ネアンデルタール人がナイフを抜く。
俺は、腰の大砲をそれとなく見せた。
「ヤバいぜ」
と、ネアンデルタール人が話しあう。
強烈な舌打ちをしてネアンデルタール人は路地裏の闇へと消えていった。良かった、諦めてくれたらしい。脅しになって幸運だ。
銃撃戦だってありえた。
早撃ちなんてやった記憶がない。
「はぁ〜い」
色っぽい声に呼ばれた。
背筋がゾクリとする美人の声。
「可愛い新人さん度胸があるわね」
緑髪の美女だ。
スポーツカーのような色気の高い緑のストレートヘアーで、背は女子にしては高く、しっかりとした肉付きで肩も太腿から下もむっちりとした肌をあらわにしている。
自分の体に自信があるのだろう。
その通りだな!!
「どうも同業さん、貴方と同じ傭兵よ。あらやだ、私の魅力に当てられちゃったのかしら」
魅力を見て惚けていた頭を戻す。
「傭兵じゃないですよ。俺はドザ、自由船舶協会の会員ではありますけどね。今は水を運んで生計を立てています」
「船舶協会? あらやだダメな意味で凄いわね。押し切られたんでしょ? 私はベニマル、可愛いでしょ」
「可愛いというか変わってる」
「ドザだかゴザだかギザに言われたくなーい」と、髪は緑なのにベニマルな美女に言われた。
「傭兵じゃないかー。じゃ登録しましょう、自由傭兵になれば特典がいっぱいあるのよ。自由船舶協会の会員になってるなら審査もきっと楽だし、絶対に自由傭兵のライセンス持っていたほうが良いわよ。今話題の戦艦乗りならなおさらね」
「そうでしょうか?」
「そうよ! それにキミ、良い傭兵になれると思うのよね。人を見る目は本物だよ」
ベニマルはウインクする。
俺の心臓は彼女の仕草にドキリと跳ねて言われるがまま、誘われるがまま自由傭兵登録事務所に招かれていた。
◇
「ぐーたらオヤジ!」
オフィスのドアを蹴り開けるなりベニマルは大声で叫ぶ。薄暗く、あらゆる物が散乱していて書類の海と山が作られた事務所だ。その白い山が動いた。
「傭兵登録だよ」
「そいつはシラフなのか?」
「ドッキングをマニュアルでやれるくらいシラフ! さっさとコンピュータを叩いて! 急いだ! 急いだ!」
「相変わらずうるせえなァ」
書類の波を掻き分けて現れたのは海坊主だ。正確には体格の良いホモ・サピエンスで深く焦げ茶色い肌の持ち主で禿げ……スキンヘッドにサングラスの男だ。暗いオフィスなのにサングラスをしている。変なの。
もしかしたら歴戦兵かもしれない。
そういう雰囲気だ。
歴戦兵はゆっくりと隙の少ない動きで、眼球だけを動かして俺のほうを観察していた。ちょっとカメレオンぽい。寄生虫で目が動くカタツムリかも。いや、それは失礼だ。
「そいつか」
「そうよ。ほら、自己紹介しなさい」
ベニマルが俺の背中を押す。
ベニマルの前に出されて緊張する。
「ど……ドザ・マイロードです!」
「戦艦の名前」
「ドジャー号です」
「うちのステーションにいる?」
「はい、留めています」
「こっちこい」
「これは?」
「個人情報と約款」
俺は書類に書いた。
ほとんど空白だ。
家は地球と書いた。
出身地と同じだぞ。
「登録完了だ」
「……え?」
「自由傭兵にようこそ、ドザ!」
ベニマルが俺の両手と握手する。彼女に抱き寄せられた。強いハグだった。胸がたいらなので痛い。筋肉が骨でできているみたいだ。
「真っ赤になっちゃって可愛い」
「正式な傭兵登録だ。義務と責任はセット。犯罪はできるだけするなよ。やるなら戦場で目立たず上手くやれ」
俺、なんだか傭兵になったらしい。
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