第1話「迷子の家出少年」(3)

 正直めんどくせェ!


 ドジャー号の管理でもめたが、自由船舶協会に加盟することで見逃してもらえると言うことになったが……。


 自由船舶協会だぞ?


 地球や火星みたいな政府じゃない。


 だが自由船舶協会は、民兵として武装民間船をお抱えするヤクザな組織だ。表向きは海賊に対しての自衛権だが、何度か正規軍ともぶつかったことがあるし、なんなら造船所で『独自の軍艦相当の貨物船』を設計して建造もしている。


 そんなものに俺とドジャー号だ。


 貴重な戦艦枠で入れられている。


 しかしタイタンが自由船舶協会の息が濃いとは知らなかった。データベースにもそんなことは無い。タイタンて、土星の第六衛星だ。


 自由船舶協会の影響範囲は広いらしい。


 前向きに考えれば仕事があるてことだ。


 悪いことばかりじゃないさ!


 初恋なルージュさんにとんでもない失礼をして死ぬほど落ちこんでも全然最悪より悪い1日じゃないはずだし!!


「ステーションへの水運びに出るか」


 仕事はある。


 仕事しよう。


 仕事、仕事。


 船で往復するだけで簡単だ?


 ドジャー号を使って、あちこちのステーションに水を運ぶ。空荷になれば別の商品を積み込んで運ぶ。繰り返しだ。


 水か食料の依頼だけはいつもある。


 早い者勝ちで見入りが良い仕事は空っぽなのに、水と食料の配送だけは不足しているのか、俺が請け負えるのはそればかりだ。


 あッ、あとはウンコだな。


 各地のコロニーを往復しながら、何もしないほうが長い航路の途中の暇潰しにコロニーネットの情報収集をしたり、ドジャー号の広すぎる空間を掃除したりな毎日だ。


 木星のステーションで水を降ろす。


 自動化されているので、俺は管制の指示に従って手順を踏むだけだ。転売されないようモニタするか、度胸があるならステーションで長い航路に痛めつけられた体を癒すこともできる。


 俺はレストランに入った。


 節約の極みの、薄暗く、質素で、掃除が行き届いてはいない汗臭い世界だが、労働者の吹き溜まりなステーションのレストランてのは、そんなもんだ。


「定食Dで」


 いつものメニューを注文しながらテーブルにつく。少し臭う空気だが贅沢は言えない。酷いコロニーでは空気循環システムが壊れていて毎日が40°超えみたいな場所からだってあると知った。


 そういう意味では木星のステーションはどこも恵まれている。天王星あたりからはヤバいのだ。


 臭いくらいなんだ。


 肺も凍る冷凍庫よりマシだ。


 ドジャー号が外惑星系を往来して物珍しさが無くなる程度には懸命働いていましたとも。


 タイタンステーションを拠点に、どれだけあっても困らない水の運び屋をして、木星の衛星エウロパあたりに浮かぶステーションにやってきた。


「おーい! キャプテン連中! 仕事が欲しいやつはいないかー?」


「飯の途中だ」


「くそッ、仕事考えながらゲロ飯か」


「水の輸送だ。いつものな」


 水不足の緊急依頼だそうだ。


 量が多いということでドジャー号の大きな艦体には水を大量に詰め込んで寄港したわけだが……。


「はいよ、定食D」


 と、ウェイトレスが定食Dを持ってきた。培養肉とコオロギのタンパク質たっぷりな……飯のようなものだ。


 飯をかっ喰らい、呑みこむ前に手をあげて志願した。早いもの勝ちで、早かったらしい。



 カリスト軌道の開拓ステーションである、アムロ・コロニーが見えてきた。水タンクが破裂して、数週間前に、水を緊急発注したコロニーだ。


 水の届け先でもある。


 アムロ・コロニーの外観は、砂時計に似ていた。上下の面が重力のある地面になる構造だ。中央のセンターハブで砂時計は2基1組を逆回転させることでトルクを打ち消している。


 ドジャー号が寄港するのはその砂時計の繋ぎ目であるセンターハブの宇宙港で、ちょうど中心になる場所だ。


 管制といつものやりとりで誘導を受ける。


『あなたの寄港に感謝します』


 と疲れた声で付け加えられてしまった。


 仕事で来ただけなのに、ちょっと、な。


 腹がむずむずしてくる。


 アムロ・コロニーは近づくほど硝子質な外殻が遠く太陽の光を反射していた。幾つもの微小隕石のクレーターを作りながらも致命的な損害を阻止する盾だ。


 寄港してロックされたドジャー号の貨物ベイを開けて、港湾側のシステムに荷下ろしを任せた。


 戦艦であるドジャー号に満載した水は、輸送船並みとはいかないがそれなりの量ではあるはずだ。本格的に水輸送船団が来るまでは持ち堪えられるだろう。


 水会社でも始めるかな?


 なんて冗談を考えながらシートベルトを外してシートで背筋を伸ばす。長い船旅を1人は、案外と寂しいものだ。


 アムロ・コロニーか。


 少し散歩するのは許されるか?


 被災地だしうろつくのはダメ?


「管制室。作業完了までの間、観光はできるのだろうか?」


『許可可能です。ただし護身用の武器の携行をおすすめします。警備はつけられませんので』


 それってつまり、危ないてわけか。


「ドジャー号、個人携行武器の場所」


『ブリッジに移乗攻撃での白兵戦準備の装備があります。単純な物理錠前でロック。鍵はシート下です』


 俺はシートをまさぐった。手に触れたのは円柱状で幾つもの丸い穴が複雑に開いたディンプルキーだ。


 俺はドジャー号の武器庫に向かう。


 物理の錠前を鍵を使って開けて、探す。


「戦争でも始めようてか」


 大量の武器弾薬が揃っている。


 それらはとても1人に装備させることを想定しているようには見えない。沢山の人が、ドジャー号にいる予定だったんだ。


 ならばどうして俺だけがいるのか?


 謎の答えは見つかりそうにない。


 俺は、低圧のガス拳銃を選んだ。あくまでも護身用で、重力が弱くても使えるということで選んだ。薄い壁にダメージを与えづらく、反動で回転もしない。


「行くか!」


 ガス拳銃を腰に差しドジャー号を出る。


 初めてのコロニーの散策だ。

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