第1話「迷子の家出少年」(2)
「実は祖父の遺産でして……」
ドジャー号がおすすめした通り、行く当ても無いのでタイタンステーションに入港していた。
入港直後に保安部隊に拘束されていた。
未登録の戦艦が突然現れたからだった。
タイタンステーションの港湾管理局員には、地球標準時間で二日くらい尋問されていた。めちゃくちゃ疑われているがそりゃそうだドジャー号はどう見ても民間船ではなく軍艦でしかも宇宙戦艦なのだ。
流石に野良宇宙戦艦は太陽系にいない。
……いないよな?
未登録とか脱走したのはいるかもだが。
「少し大型のレジャー船です」
と、俺は言い張った。
尋問室に閉じ込められて数時間だ。
ドアがノックされた。
入ってきたのは若い女性だ。
子供というほどは若くない。
ただ……美しく見えた。
港湾管理局員が警察みたいな威圧だとか脅しで口を割らせる職業だとすれば、彼女は何なのだろうか?
目鼻は整っている。
漫画や絵で見るような形だ。
紅の髪は太陽のように輝いている。
南国の海が太陽を透かした蒼い瞳。
眉は太く、目は細く、おっとりとした雰囲気があるのに体格は柔らかくも引き絞られた筋肉を着ている。
少なくとも、鍛えられた仕事人だ。
軍人かもしれない、緊張が走った。
「私が尋問を変わる」
「しかし……」
と、港湾管理の職員が口を挟もうとしたが、美女が軽く目線を合わせただけで口を閉じた。
相当にヤバい乙女なのかもしれない。
港湾管理局員が部屋を出た。
俺は、尋問室で2人きりだ。
対面にヤバい美女が腰掛ける。
防弾服か装甲服を着ているのだろうか。
俺はびっくりするくらい薄い胸を見た。
たぶん服の下にパワードスーツがある。
「気分を悪くしないでね。彼は自分の仕事に自信をもっているから少しばかり頑張りすぎるのよ」
とはいえ実際、俺は怪しいだろう。
未登録の軍艦、記録のない人間だ。
不審者以外何者でもないのも事実だ。
記録が完全に無いゴーストは許されない。
文明社会では、情報は透明なものなのだ。
「さて……」
と、彼女は椅子を軋ませる。
微かに甲高い音が嫌に響く。
「ドジャー号のドザ・マイロードくん?」
「はい、僕のことです……えっと……」
「私のことはルージュと呼んで」
「ルージュさん」
「よろしい。でも“さん”はいらない」
と、ルージュは柔らかく微笑む。
「さて……名無しの君には2つの選択が許されている。悪いほうは未登録、戸籍無し、記録無し、存在しない人間なのだから戦艦は没収され、戸籍を再登録して義務教育課程から何年もその歳で叩き込まれる」
「そ、それは勘弁してほしいですね」
「では2つめの選択肢だね。自由船舶協会に登録することで、君の身元は自由船舶協会が保障し、安全を提供する。代わりに自由船舶協会の仕事を負う義務が生じるのだけど、考えによっては自由船舶協会から仕事が貰える。どう?」
ルージュは指を絡めながら、優しさの化身みたいに勧めてくる。断りづらい……。
自由船舶協会は、民間の組合だ。
商業船などは基本的に入会している。入会していないと内惑星外惑星を問わず、宇宙港での商売に支障がでるからだ。
強制ではない。
軍艦は自由船舶協会に入らないが、自前の軍港を使う。ただし民間の宇宙港に軍艦が入るときは、揉めごとがしばしば発生する。
そのくらい自由船舶協会は狂犬だ。
「私の勘だけど、ドザくんは自由船舶協会に向いてるよ。入っていたほうが嬉しいな」
「向いていますか、自由船舶協会」
「うん。お世辞じゃないよ。ドジャー号はかなり大型の軍艦だ。それを1人でタイタンステーションまで運んできた。そればかりか海賊船を撃沈までして。非凡だよ。天才とも言えるね」
天才。
その響きは気分が良い。
自由船舶協会か、入会しようかな?
どうせどこかの組織には入らないとだ。
未登録で宇宙にいればいつか宇宙海賊として討伐されるのがオチだしな。うん、悪くないよな、自由船舶協会。
◇
「うげぇ……」
「もう少しよ、頑張って!」
自由船舶協会の登録の為、あちこちの事務所で書類を作り、提出して、あっちに行き、こっちに行き、また戻ってきてを繰り返す。
本当に登録は進んでいるのか?
案内のままタイタンステーションを徘徊している。不幸中の幸いは、ルージュさんがついてきてくれたおかげで、手続きが円滑だろうということだ。
自由船舶協会の窓口の人間は書類を纏める。書類の審査が終わり、すっかり憔悴したところで言われた。
「自由船舶協会へようこそ」
ドジャー号は俺の資産だそうだ。
港に留める税金やらの講習を受けた。
税金、手数料、金、金、金で目眩だ。
家を探している場合じゃないくらい、莫大な金額がドジャー号を持っているだけで掛けられている。
それでもルージュ曰く、
「思ったより安いのね」
と、彼女は目を丸くしていた。
俺は書類をバインダーに纏めた。ドジャー号に常に載せておいて、提出を求められたらすぐに出せる場所に保管とのことだ。
「はい、お疲れ様」
ルージュが、缶ジュースを持ってきてくれた。自販機のプラスチックの大きな窓の中で、幾つも並ぶ紙パックがロボットアームで掴まれて引き出される。
それをルージュがくれた。
「奢り」
だ、そうだ。
パパイヤ味のジュースだ。
ストローを差して吸った。
ちゅー、と、パックを吸って潰しながら味わうがパパイヤとは違う味だった。
「じゃ、私の案内はこれまでだ」
ルージュが人懐っこい雰囲気、気さくで、ボディタッチで距離感を詰めてくる。なんだかんだで知り合いもいないのにスムーズに物事が進んでいるのは、間違いなくルージュのおかげだ。
だからこそ、急に不安がやってきた。
ドジャー号に掛けられている税金だ。
家も無いのにとにかく働かないとだ。
できるのか?
何をするか?
俺は、わからないことばっかりだ。
「不安な顔しない! まったく。お守りをあげる。私の住所。恒星間通信は高すぎるけど、物理通信で連絡してくれても良いよ」
「何を話すんです、ルージュ」
「人生相談よ。往復は時間かかるけど」
「まあ、どうしようもなくなったら」
「それと外惑星管轄遭難宇宙救助隊にいざとなったら頼って。私の仕事場だから。自由船舶協会に入ったなら宇宙船で仕事をするようになる。遭難は怖いわよ」
「肝に銘じます」
「よろしい! それじゃ待たね!」
ルージュは、長い時間付き合ってくれた彼女とついに別れることとなった。赤い髪が揺れながら遠ざかっていく。
別れてしまうのか?
本音を言えば引き留めたい。
ルージュは仕事中なんだぞ。
俺がおんぶに抱っこでどうする。
しっかり足をつけて探さないと、どこにあるのかわからない家だって探せないだろ、ドザ!
俺は別れの言葉もなく見送る。
名残りおしくても仕方がない。
俺は自分にそう言い聞かせた。
ルージュが遠ざかり尻が見えた。
ルージュはなだらかな山無しの胸だ。だが、彼女のヒップは完全に真逆であり、椅子に座れば溢れるだろう肉付きが揺れていた。
俺は考えるより口が開いていた。
「ルージュさん! 一緒に食事に!!」
ルージュさんの呆れた顔だったが、たった2回断られただけでレストランに誘うことに成功した。
なお、散々な結果だった。
ルージュさんは食事のマナーが完璧で、俺は周囲の客から影で教養不足笑われ、彼女に恥をかかせてしまった。
食べた肉の味は覚えていない。
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