大賓乳戦記: cage of the ππsun
RAMネコ
第1話「迷子の家出少年」(1)
眠気から起きて見たのは星だった。
太陽があんなにも小さいんだ……。
一等星くらい明るさが無いと見えない、月とまばらな星しか知らない夜空は、僕が知っているよりもずっとたくさんの星を散りばめているのが見えた。
「いやここどこだ!?」
まったく身に覚えがない。
そう広い部屋ではなさそうだ。
昔、体験乗船した潜水艦並みの狭苦しさは無いが、だからと言って余剰スペースが贅沢という雰囲気でもない。僕が見ていた夜空は、深海探査艇の狭くて丸い、そして分厚い耐圧硝子越しのような小さなものだ。
僕は、椅子に固定されていた。
腹から五方向にベルトがある。
椅子から離れようにも、背骨に沿って太いコードあるいはホースが物理的に接続されているようだ。
それに妙だ。
重力を感じない。
宇宙船は感じた。
ありえない事だ。
ありえないは次いで続いた。
「ゲームと変わらないなァ……」
異常事態なのに笑ってしまった。
あまりにもゲームと同じなのだ。
SFのオンラインゲームだ。
タイトルはオクタヴィア。
宇宙戦艦が登場するゲームのクセに、オクタヴィアの世界ではワープ機関が開発されていない。つまりは太陽系の中でしか物語が進行しないゲームだ。太陽からオールトの雲のちょっと先まで。銀河を股にかけるスペースオペラと比較すれば、恒星一個の重力圏で完結する小さな世界だ。
まあそれはいいか……。
「このデザインまさかドジャー号か!?」
いやいやまさか。
という、僕の中での否定が、ゲーム・オクタヴィアという前提を考えたときデッキのデザイン、レイアウトからもうそうとしか考えられなくなっていく。
「ドジャー号だ」
正式な登録番号は【LCR-224 DOJAR】だ。僕がどうしても宇宙戦艦が欲しくて背伸びして、建造したは良いものの、扱いきれずに解体処分を。
500m級の大型艦だ。60m級コルベットを三隻収容でき、降下艇を外装に大量に接続もできる。重装甲重火力だがX型に配置されたメインスラスターの加速度は地球から冥王星までが夏休み感覚で辿り着ける。
「うーん……」
色々考える。
僕の家どうなったんだろ。
地球出身なんだけれども。
地球の位置はすぐにわかる。
地球に行くのも簡単なのだ。
問題があるとすれば軍用艦であるドジャー号でそれをしてしまうと、火星植民自治軍が所有する地球報復兵器が核ミサイルを地球に撃つだとか、地球=月艦隊が艦隊をあげてレールガンを撃ってくることが目に見えていることだ。
ぶっちゃけ、僕が凶悪宇宙海賊か、どこかの軍が送ってきた情報分析艦だとかで警戒されて捕獲されてしまう。
家には帰りたいが帰れない。
困ったなぁ……まあそういうこともある。
引っ越し先を探さないとだ。
太陽系は狭いようで広いし。
それまではドジャー号が家!
よろしくね、ドジャー号!!
『警告』
ドジャー号のAI女性アナウンス。
『未登録の照射源よりレーダーコンタクトを受けました。警戒態勢へ移行して待機します』
ゲームなら──。
やっぱり来るか。
オクタヴィアでは肉入り──NPCではないプレイヤーのことだ──が何千人も同時に同じサーバーにいて、色々な組織やギルドを作っている。
ただ運営はプレイヤーに任せきりかと言えばそうではなく定期的なクエストの発注や、積極的な『海賊狩り』を執行することで太陽系内が過剰にバランスを崩さないよう介入することがある。
例えば太陽系遭難救助隊、通称BLiSと呼ばれている組織が幽霊船になって太陽系から離脱してしまう船舶などを監視している。未登録の船舶、だいたいは記録を改竄したステルス海賊船の摘発もBLiSの仕事だ。
たぶん、それにドジャー号は捕まった。
「電磁波反射による仮想3Dモデルをお願いできるかな?」と、僕はドジャー号に命令した。
自動化の“じ”の字もない液晶モニタをアームごと引き出す。忘れてたな……ドジャー号にはデータリンクだとか高精度計算機だとかは無くて、なんなら気密ハッチが歯車と人力で稼働するてアナログだ。
気をつけないと。
「BLiSの警備艇じゃなさそうだ」
ドジャー号が写したワイヤーフレームで再現されたシルエットは、BLiS標準警備艇であるオリンポス886型艇ではない。
正規の船舶ではないのは明白だ。
コンテナ船を改造して、本来は定型コンテナをくっつけている船殻には魚雷発射管が後付けされている。
チャレンジャーだな。
デブリで吹き飛ぶ可能性もあるのに。
まあ……宇宙海賊だ。
「ドジャー号、敵データを更新。不明船舶は以後、宇宙海賊と呼ぶ。不明1から4は、それぞれパイレーツ1から4として振り直して更新」
「了解。パイレーツ1、パイレーツ2、パイレーツ3、パイレーツ4のデータを更新」
モニタ上のマークが赤で強調された。
パイレーツ1から4は慣性航行中か?
加速しているて雰囲気じゃないんだ。
ドジャー号幽霊船だと見ているかな。
『パイレーツ1より追尾レーダーの照射。高サイクルでこちらを測定中』
「つまりいつでも機械の正確さで攻撃をできるわけだ。パイレーツ2から4も、パイレーツ1とデータリンクして攻撃可能な状態にあるだろうね。警戒してる」
船舶照合──四隻とも該当なし。
民間船に偽装するタイプじゃない。
航路で待ち伏せするステルス、か。
その手の海賊の常套は、目撃者がいなければ無問題てのだと相場が決まってる。ドジャー号に強行乗船したあと持ち主が生きていると困るだろう。
僕もレンタル側だが。
「ドジャー号、反応炉を再点火する時間は」
『自衛戦闘の出力程度であれば副反応炉の立ち上げで二〇秒、が、最短です』
「ふむ。それで可能な対抗手段は?」
『PDC(ポイントディフェンスキャノン)およびLDB(レーザーディフェンスバリア)での応戦が可能です』
「大型艦じゃない。近接戦なら撃沈可能だな。採用する。副反応炉、立ち上げ。そして起動したPDCおよびLDBでパイレーツ1、2、3、4を撃沈する。副反応炉の二〇秒間の注意とタイミングはドジャー号に任せられるか?」
『最適交戦距離を計算します。信じて』
海賊がゆっくり近づいてくる。
威嚇だろう魚雷が撃ち込まれた。
ドジャー号は反応を見せない。
そして魚雷が自爆する。
プラズマ弾頭かな?
破片はとても小さく、ドジャー号に降り注いだ破片の流星群は装甲に微小なクレーターを作るだけで終わった。
威嚇だろう。
海賊の宇宙船が加速した。
ドッキングポートを目指してる。
ドジャー号を鹵獲する気だな。
『副反応炉に火を入れます』
海賊の、船越しの動揺を感じた。
速度を合わせて微調整のアポジモータが丁寧に光っていたのが、混乱から熱線を大量に放出し始める。
“こいつ、動くぞ”
そんなやりとりを感じた。
二〇秒は混乱には短かったらしい。
ドジャー号が限定的に息を吹き返し、船体の一部装甲シャッタが開いてPDCの砲台が迫り上がった。76mm迎撃砲の弾倉には耐熱メッキを溶融させるプラズマ弾頭と複合装甲を砕く単純な徹甲弾頭がミックスされている
PDCの砲身が獲物を探す。
パイレーツ3をロックした。
一番、ドジャー号に接近している。
PDCが76mm砲弾を放ち、一撃で船殻を貫通し内部構造を、人間を区別なく引き裂きながら暴れる。その連続射撃がメインスラスタ、主反応炉、ささやかな住居区画、デッキ、通信装置に全てを破壊し尽くし、宇宙の漂流船に変えた。
海賊側もPDCを起動。
激しい弾幕が、ドジャー号と海賊船の生き残りパイレーツ1、2、4の間で飛び交うが、最初に撃ち負けたのはパイレーツ4であり、主反応炉への直撃弾は磁場を崩壊させ動力を完全に損失する。そこへドジャー号のPDCが容赦なくとどめを刺し生命反応が消えた。
『パイレーツ1、2の装甲を上方修正』
PDCでの射撃戦は続いている。
想像よりもしぶといな。
パイレーツ1、2は蜂の巣だ。
だが、まだ、息をしている。
相当な人数が内部にいて、装甲もそれなりにあったのだろう。どちらにせよ船内の血の海の筈だぞ。
パイレーツ1、2はドジャー号からの逃走を選び再加速に入っている。ドジャー号も加速するが短距離の加速ではやや不利か?
距離が少しずつ離される。
『ドローン魚雷の発射許可を求めます』
「許可する」
ドジャー号の魚雷発射管から二〇本の魚雷が同時に放出される。姿勢制御の直後、凄まじい加速度でパイレーツ1、2に迫った。
ドローン魚雷は対船員魚雷だ。
プラズマと成形炸薬の二重弾頭で装甲を貫通したあと、無重力や低重力環境での飛行を想定した小型ドローンが放出される。蝶に似たその子らは二枚の羽根で泳ぐように通路を進み、武装した船員に対し銃撃して制圧する。
しばらくして。
パイレーツ1と2の加速が止まる。
「終了だ」
追跡にドジャー号が加速していたせいか少し体が痛む。チューブから僕の体に何かが送り込まれていたようだ。加速度対策の薬物だろう。
計器を見れば想像より加速計が動いてる。
体が破壊されなかったのは頑丈だな。
海賊はボロボロだったかもしれない。
「帰ろう……て、その帰る場所が無いか」
ドジャー号が自己診断を始める。
そして勝手に行き先をうつした。
「ダイモスステーション?」
行く当てもない。
我が家探しの手掛かりに、最初に目指すものにしてしまおうか。ダイモスか。火星だな。
遠くは無さそうだ。
「ドジャー号、君の提案を採用する。進路を火星の衛星ダイモスにとってくれ!」
スラスタからの微かな振動がシートから伝わってくる。回答をする加速だ。
そうして八〇時間後──。
『こちらダイモス・ステーション港湾管理局。当ステーションへにへのドッキング手続きを確認した。再度のコール確認を頼む』
「こちらはドジャー号──」
八〇時間で名前は考えておいた。
「──艦長のドザ」
新しい名前、謎の戦艦。
これからなんとか生きていこう。
家はまだ見つからない。
『ドジャー号、おかえりなさい』
ダイモスの港湾管理局のオペレータの言葉は、定型のセリフではあるが心に刺さった。
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