その6

「…あ…」


 目を覚ますと、そこは見慣れた…町はずれの霊園でした。どうやら、長い夢を見ていたようです。


 辺りには墓地群に、それを囲うフェンス。

 フェンスに挟まれ伸びる歩道の脇には等間隔に街灯が並びますが、しかし今は光なく、ただ暗い道が続いています。

 用をなさない街灯を背にフェンスへ手をかけてみると、その先では一目にて我らの街が見渡せました。

 月明かりのない暗い空の下、街は自ら光を灯して、その力強さを露わにしています。


「おかしいですね…」


 確か今日の日の出は五時頃。月の出は八時頃でしたでしょうか。

 ですので、そろそろ日が昇ってもいいはずなのですが…。


 …そもそも、現在何時なのでしょう? 


「…お、仁君。やっぱここにいたんだ」


 時刻を確認しようとしたところで、突然私を呼び掛ける声がありました。


「貴方は…」


 辺りを見回せば、来し方から人影があります。さて、彼は誰でしょうか。


「いんやぁ、探したよ。ま、今は姿を隠してたほうがいんだろーけど」

「あ、ふじくん…」


 暗闇から出てきたのはふじくん。

 茶髪の軽薄そうな(失礼ながら)表情が特徴的な、一個上の上級生です。

 とはいってもそれは小学生時代の話で、中学以降彼は学校に通っていないと聞きます。


「てか今更だけど、こんなとこに忍び込んで大丈夫? 監視カメラとかあるんじゃない」


「えっと…それは大丈夫でしょう。調べたところ出入り口以外にカメラらしきものは見当たりませんでしたし…それにそれも用をなしているか怪しいところです」


「ふーん。まあ、大した霊園でもないからそんなもんなんかねー」


 手に持ったスマホのライトをゆったりと振り回して藤君が大きく伸びをしました。


「にしても、どした? こんなとこで黄昏て。ひょっとして大事なものでも失くしちゃった?」


「? いいえ、失せ物なんてありませんが…」


「あ、そう? 腕時計とか探してるんじゃないかと思ったんだけど」


「腕時計ですか? 私のは、しかと…あっ!」


 私の時計がありません…! ずっと腕に着けていたはずですのに、何故…?

 学生鞄のなかも検めてみますが、それでも見つけることが出来ませんでした。


「やっぱりあれ仁君のなんだ…。でも、却って良かったんじゃない?」


「…?」


「今うちの人たちが血眼になって探しているよ。仁君がしてたような、ボロボロ腕時計の持ち主をさ」


「ドラジットの人たちがもう…」


 やはり、あの暗闇ではだいぶ目立ってしまったようですね…。

 こうなってしまってはあの腕時計は諦めるほかありません…。


「というかしっかりしてよ。もし仁くんが捕まっちゃったら、情報渡してるのが僕だってバレちゃうじゃん。そうなったら絶対殺されるよー」


「最悪、それは別にいいのですが…」


「うわ、ひどっ! あ、もしかしてまだあの事を根に持ってる? あれは宇宿うすきの奴が悪くてさ~…」


「あ、いえ。いいというのはそっちではなくてですね…」


 私の弁明を聞き入れてくれたのか、藤くんは呆れるように息を吐き、口を止めます。

 そして彼は街の方へ視線をやりました。


「…そういえば月、出てないね。新月は過ぎてるのに。朝方だしもう沈んじゃったのかな」


「ええ。沈んだのは昨日の23時ごろですね。ですから、今日は8時ごろに昇るはずです」


「あれ? 月って夜通し出てるわけじゃないんだ」


「はい。たまに日中の空にて月を見ることがありますでしょ。あのように、昼夜を問わず日ごと時をずらして月は昇り、沈むのです。太陽と比べたらかなりずぼらなのですよ。月は…。まあ、それは当然のことですが…」


「へー、日中に月って出てるんだ。空なんか見ないから知らなかった」


「あはは…」


 確かに、普通は空を見上げる必要なんてないのかもしれません。


『人の心こそは 空にたとへめ』


 生田春月でしたか。そんな詩がありましたね…。


「でもそれってちょっと物寂しいなぁ。夜に月って付き物な気がするのに」


「…そうでしょうか。私からしたら、月のない夜こそが本来の姿に思えます。

 それに、月など光を返すばかりで、なにも与えてはくれません。ですから、在った所で…」


 月の光に熱はなく…。


「——《月の光は音もなし、 虫の鳴いてる草の上 月の光は溜まります》」


「…え、ど、どしたいきなり」


 藤くんが驚いたように聞いてきます。


「こちらは中原中也の早大ノートからです。こういった詩は小さいころ、宇宿うすき君に…」


「…あちゃー、スイッチ入れちゃったか…こうなると長いんだよなぁ…」


 何かをぼそりと呟き、藤くんは頭を掻きました。


「…ごめんっ、もう眠いから帰るわ。今日徹夜だったんだ」


「おや、そうですか…。徹夜は体に良くありませんから、きちんと体を労ってあげてください」


「それは仁君もね」


 言い残して、藤くんは背を向けました。

 ちょうど日が出てきたのか、それを合図に辺りが明るくなり始めます。


「お、そうだ」


「どうかしました?」


 しかし、途中で彼はこちらに振り返ります。

 そして、半身の体勢でいつも通りの薄ら笑いを浮かべたまま、私の目をじっと見てきました。


「しばらく繁華街の方には近づかない方がいいよ。うちの連中がうろついているからさ」


「はい、分かっています。彼らは私を探しているのでしょう?」


 恐らく、彼らは情報漏洩の観点からこの街周辺を主に捜索を始めているのでしょう。


「あー、まあ、仁くんだけじゃないんだけどね…」


「…? どういうことですか?」


 段々と白み始めた空から目を逸らす様に、藤くんは目を落としました。


「…んー、教えてやんない」


「ええっ、そんな…」


「じゃ、代わりに仁くんの目的を教えてよ。君がなにを考えているのか、それと交換ならいいよ」


「別に、私には考えなんて…」


「…そっか」


 彼は一息ついて、


「まあ、行き当たりばったりなのは良いけど、適当すぎるのはやめてよねー。僕だって関わってんだからさ~」


 交渉決裂とでも言わんばかりに彼は手を振ると、再び背を向けて歩き出してしまいました。

 私がその背を引き留める声をかけようか、あるいは別れの言葉を投げかけるべきか、迷っている内にそれは見えなくなってしまいます。

 斯くして、私はぽつんと白白明けの霊園で一人になりました。


「考えなんて、ありませんよ…」



 ◇



 繁華街に近づかないよう警告をされたばかりですので、私は曲線を描いて学校に向かいます。

 だいぶ迂回をする形なので、到着まで一時間以上はかかりそうですね。

 ですが、漂う朝の清澄な空気は心地よく、暖かい陽気のなかを歩むのはまさに人の本懐。

 うららかな追い風が背を吹き付け、肩口から頬を撫でます。

 仮初めの朝日はすっかり顔をだして、並ぶ住宅の甍に手をかけていました。

 この辺りは瓦葺きの民家が多く、風情を感じますね。


「おや、あれは…」


 その時、閑静な住宅街には似合わぬかまびすしい音がどこかから鳴り響きます。


「わっ」


 やがて、吉矢広ことヒロ君の放屁にそっくりな爆音が後方から近づいてきたと思うと、凄まじい速度で私の横をそれは通過しました。


「今のバイクは…確か…」


 私は反射的に抑えた耳で、遠のいていく直管マフラーの音を捉えながら呟きます。


雷神鱗鎧トルスケイルのリーダーが使っていた車体でしたよね…」


 黒の車体にあしらわれたあの電撃が走るような俗悪な装飾には見覚えがありました。

 やはり、噂は本当のようです。


 今や世間では絶滅危惧種とまで言われている暴走族ですが、それはここ近隣においても例外ではありません。

 二年前、この街最後の暴走族と称されたトルスケイルの解散を末に、ここらの暴走族は押しなべて絶滅に至ったと見なされておりました。

 しかし、どういうわけかそのトルスケイルが最近になって再結成されたようです。


 旧トルスケイルは暴走族と一口に言っても成員の年齢が比較的高く、旧車會然とした組織でした。

 彼らは年齢層が高い故か特攻服を着たり、服装の統一はせず(リーダーの方だけ特攻服を着てた気がします)、そのうえ小規模のゲリラ的な暴走が多いタイプでしたから取り締まりが難航したと聞きます。


 しかし二年前、成員の高齢化が進み集まりが悪くなっていたところ、輪をかけるように起こったとある騒動により彼らの評判は地に落ちました。

 それを引き金に彼らは解散に至ったとのことでしたが、先ほどの車体を見るに同じ方が再びリーダーをされているのでしょうか…?


 …いえ、さきほどバイクに乗ってた方は普通の服装に見えました。

 それに確か、トルスケイルのリーダーは当時二十七歳。

 現在二十九歳であろうことを鑑みれば、誰かが彼のバイクを受け継いだ…あるいは真似ていると考える方が自然ですかね。


 さあ、そんなこんなでいつも登校に用いる道路までたどり着きました。

 目の先に広がるのは真っ直ぐに伸びる道。道脇には青々しい葉をつけた桜がいくつか見えます。

 そのまま坦々たる砥の如しき道を一路行けば、我が校の校舎が見えてきました。

 まだ早い時間だからか辺りに生徒の姿はありません。


「あれは…」


 と、思っていた矢先に見知った姿を見つけました。


「菜津美さんじゃありませんか。おはようございます」


「…え? あ、長井さん…本物の…」


 その人は私が所属する生徒会の会計をなさっている松田菜津美さんでした。

 声をかけて近づけば彼女は驚いたように振り返りますが、私の顔を認めると直ぐに一揖して挨拶を返してくれます。


「本物とは…?」


 まるで偽物がいるかのような口ぶりですね。


「…もしや、喧嘩でもなさったのですか?」


「! ど、どうして…」


「みどりもなかなか負けず嫌いな所がありますからね…。しかし、喧嘩をしたのならあの子も今頃反省しているはずです…」


「…あ、そっちですか…。別に私、みどりとは喧嘩してません…」


「あ、そうでしたか。すみません。これはとんだ見当違いを…」


 てっきり、彼女とみどりが仲たがいして、みどりを偽物と呼んでいるのかと勘ぐりましたが、考えすぎだったようです。

 とはいえ、見当違いで良かったというものでしょう。仲の良い二人には、いつまでもそうあって欲しいものですから。


「…それにしても、今日は随分早いのですね。それともいつもこの時間に?」


「いえ会計の仕事が残ってるんです。今日の放課後に副会長が手伝ってくれるという話だったんですけど、体調不良で今日は休むことになってしまったみたいで…。だから早めに来て片付けちゃおうかなって…」


「なるほど。まだ入学して間もないというのに、それは大変でしょう。なんでしたら、私が今からお手伝いに伺いましょうか」


 力になれるかは分かりませんが、私も一応生徒会役員です。

 特に予定もありませんし、是非彼女の一助となれれば…。


「…いいんですか?」


「ええ、もちろんです」


 窺うように見てくる菜津美さんに答えれば、それに彼女は笑顔を返してくれました。

 難しい顔をしていることが多い菜津美さんですが、時折見せる笑顔は年相応の可愛らしいもので、つられて私も頬が緩みます。


「ありがとうございます。じゃあ先に生徒会室に行ってますので、あとで来てくださいね」


「はい、ではあとで」


 そして、昇降口が違うので一先ず菜津美さんとは別れ、私は靴を履き替え生徒会室に向かいました。

 校舎にも人の姿はなく、しんと静まりかえっています。

 何処からか聞こえる鳥の声を聞きながら、普段とは違う学校の雰囲気を味わいゆっくりと歩きます。


「朝練でしょうか。精が出ますね…」


 生徒会室に繋がる廊下に到着すると、廊下に取り付けられた窓からは校庭に入って来る生徒たちが見えました。

 それをしり目に生徒会室に入れば、そこには既に菜津美さんが待ち構えています。


「すみません。待たせましたか?」


「いえ、手伝ってもらうにあたって準備が必要だったので丁度よかったです。まずは部費の伝票を帳簿に書き込みたいんですけど…」


 か、書き込むのですか…。

 どうしましょう…私は筆を執ると度々頭痛が起きてしまうのです。

 電子機器で書き出す分には起こらないのですけども…。


「なので、この伝票を部活別に分類してくれませんか。日付はソート出来るんで適当でいいんですけど、新年度だからか部費を使う部活が多くてその伝票がぐちゃぐちゃになっちゃったんですよね…」


「…ああ、それならお任せください」


 菜津美さんがノートパソコンを開きながら言います。ちゃんとデジタルなのですね。

 どちらにせよ私が筆を執る必要はなさそうでしたので、ほっと息をつきます。


 そうして、私は彼女の仕事を手伝い始めました。

 始めの仕事が終わり他にも色々とお手伝いさせていただくことになりましたが、それは彼女と楽しく談笑しながらの作業でしたので気疲れすることもなく、良き時間となりました。

 やはり、知己と言葉を交わすというのは良いものですね。


「…あ、そろそろ始業時間ですね」


 壁掛け時計を見上げて菜津美さんが言います。


「きりもいいですし、もう切り上げましょ」


「おや、もうこんな時刻ですか…」


 始業時間まであと20分程はありますが、作業を始めてからだいぶ時間が経っております。


「長井さん、今日は手伝ってくれてありがとうございました」


「いえ、このくらいならお安い御用です。今後も何かありましたら、是非声をお掛けください。微力ながら尽力させていただきます」


「…ふ、ほんと変な喋り方…っ」


 書類などを片付けていた菜津美さんが、私の返答に笑い声を漏らします。

 …なにか変なことを言ったでしょうか?


「でもほんと、改めてありがとうございました。最近は宇宿うすきさんも来ないことが多くて、困ってたんです」


「そうなのですか?」


「といっても、ここ数日だけですけどね」


 そこから彼女と少しばかり言葉を交わし、別れの挨拶を最後に私は彼女に背を向けます。


「あ、あの」


「はい?」


 廊下につながる引き戸を開けようとしたところで、菜津美さんが声を上げました。


「あの、生徒会に来ないのは…無理に入れられたって聞きますから、仕方がないと思いますけど…。その…学校にはちゃんと来てくださいね…」


「…はい。そのように努めるつもりです」


 色よい返事が出来るわけもなく、私は後ろ向きなものを滲ませずにはいられませんでした。


「あと、家族にもっと顔を見せてあげた方が良いと思います。うちには夜になっても外に行ったっきり全然帰ってこない子とかもいて…そうなると大騒ぎですよ」


「それは…そうでしょうね…」


「それは小さい子の話ですけど…わたしにも、その…問題のある家族がいるからわかりますが、そういう人を家族に持つとこっちはいろいろ気を揉むんです。…だから、みどりの為にも…」


 彼女は段々とトーンを落とし、やがて消え入りそうな声になります。

 その姿に私は何も言えず、ただ頭を下げ、そのまま退室しました。


 無人だった廊下には既に生徒たちの姿があります。

 私は自分の教室を目指し、生徒たちの合間を抜けました。


 教室に着き、自分の席に座ります。

 教室の掛け時計を見てみますが、まだ時間はありそうです。

 御同輩の方々も未だ席に座らず、お友達と談笑している方が多く見られます。

 それを横目に、私は机の上に肘をつき腕を組みました。

 すると朝の教室の喧騒のなか、その喧騒を忘れさせるほど、脳内に響く声があります。

 先ほどの、菜津美さんの言葉です。


「…」


 確かに、彼女の言う通り…。

 私の身勝手な行いは間違いなく、周りに多大な迷惑をかけることでしょう。

 ですが…


「そんなこと、今更だろう…」


 …他に残ったものなんてない。だから、是非もなく、身を任せるばかりなんだろ…。


「——っと…」


 覚えず何か呟いていたようでした。

 幸い、誰にも聞かれていないようでしたので、ほっと安堵します。

 このような所で独り言を呟いていたらおかしな人と思われてしまいますからね。


 気分転換に、御同輩方の話し声へ耳を傾けます。


「さっき朝練で先輩がマジ終わっててさぁ——」

「昨日アレ見た? あそこであの展開はなかなか新しかったね——」


 すると、友に部活の愚痴を漏らしているであろう声や、なにかの分野に関する専門的な会話。とりとめもない雑談などが耳に入りました。

 人々がこうして呑気に会話を楽しんでいる様は微笑ましく、心が休まります。


「…そういえば知ってる? なんかうちの生徒が半グレのリーダーと喧嘩して倒したって話」


 その中に、少し興味を引かれる内容があり、私は行儀悪くも聞き耳を立てました。


「あー、C組の吉矢だろ。ドラジットの戸田と喧嘩したんだっけ、あれちょっとショックだったわ」


「ショックってなにが?」


「だって戸田って30前半だろ? 高校生に負けるのもそうだけど、その歳で喧嘩してるの結構きつくない? なんかもっとどっしり構えてて欲しかったなー。おっさんが子供の遊びに首突っ込んでる感がさぁ」


「ぶふっ、確かに…。でも俺たちも輩系のゴシップ好きなわけだし、人のこと言えねぇよ」


「俺たちはまだまだ若いじゃん」


 顔を一方的に知っているだけですが、こう戸田さんの悪評を聞いてしまうとむずむずしますね。

 なんだかちょっと悪いことをしてしまった気になります。


 …実を言うと、かの戸田さんとヒロ君が喧嘩した原因は私にあるような気がするのです。


 一昨日足を踏み入れたあのナイトクラブ。

 あそこは戸田さんがリーダーを務めるドラジットの息がかかっていることで有名です。

 私はあの場所を一度見ておきたく、前々から是非入店したいと思っていたのですが、残念なことにあのナイトクラブは紹介制で、会員じゃない人は会員の方に同行する形でないと入店できません。

 会員である藤くんに同行してもらうことも考えましたが、その場合色々と不都合があるため、私は困じ果てていました。

 そんな折にどういう巡り合わせか、私は珍しくも朝から学校に来ていたヒロ君と邂逅しました。

 そして、夜の街を渡り歩く彼ですからもしや会員の方とお知り合いになられているのではないかとその時の私は考え、もしお知り合いにそのような方がいらしたら是非ご紹介くださいとの旨を彼に伝えたところ、彼はわかんねーけど任しとけ、と言い残し朝の学校を出ていきました。


 そして後日、なんと彼は件の会員証を引っ提げて私の前に現れたのでした。

 彼が戸田さんと喧嘩をなさったという噂を耳にしたのはその後です。


 彼がどのようにして会員証を手に入れたかは存じませんが、色々と突飛な手法を取ることを多い彼です。喧嘩の一件もそれに伴うものだとしたらその原因は私にあると言えるでしょう。

 ですので、戸田さんに悪評という計算外の不利益を生じさせてしまったのなら、少々罪悪感があります。

 ただでさえ、私は彼に損害を与えていて、更にこれからも色々と被っていただく予定ですのに…。


「とにかく、もう戸田は四天王からドロップアウトだなぁ。年齢的にもさ」


「なに四天王って…」


「この街で喧嘩強い輩の四天王に決まってんじゃん。まず吉矢だろ、次にあの解散したヤクザの…名前忘れたけど背の高い人と、あと誰?」


「なんで俺に聞いてくんだよ。絶対今考えただろ四天王」


 意識を教室に戻しますと、彼らはまだお話を続けていました。


「…まあ、敢えて言えば、俺的注目株は三中のシンかなぁ…」


「え、誰? 中坊? ガキじゃん」


「お前最近の中坊ナメんなよ。喧嘩強い奴は若い時からやるんだよ。ほら前にもいただろ、松田って中坊とか…」


「あー、いたなぁ。一人で暴走族を壊滅させたって奴。あれも三中だったっけ…」


 なんだか先ほどから知った名前ばかり上がりますが、その中には存じ上げない方の名もありました。


 …いえ、私も以前に暴走族を壊滅させたという中学生の噂を聞き及んだことはあります。

 しかし、まさかそのような名前の方だったとは…。

 ほんのちょっとした偶然ですけども、菜津美さんと話をしたばかりでしたから少し驚きました。


「…そういえばなんか最近、うるせぇバイクいねぇ? 今日もくっそうるさかったんだけど」


「ああ、トルスケイルだろ。再結成したんだってさ」


「え、マジ? トルスケイルって、それこそ松田って中坊に壊滅させられたやつじゃん。何で今更…」


「俺の友達の友達が再結成したトルスケイルに入ったらしいけど、まだメンバー十五人ぐらいしかいないんだってさ。お前暇なら入ってみれば? 今から入ればいつか古株になれるかもよ」


「いやバイクねぇしいいや…。つか十五人って思いのほか多くね? このご時勢に」


 彼らはそのまま、今朝見かけたトルスケイルについて話し始めました。

 どうやらトルスケイルの再結成は…思っていたより有名のようです。

 やはり、二年前まで活動していたためでしょうか。

 当時は騒音などでだいぶ話題になった覚えがあります。

 彼らの言が本当ならば既に十五人も成員が集まっているとのことですが、これからその知名度により更に膨らむ可能性もありますね。


「…ふむ」


 お誂え向きですのでそのうち叩こうと思ってはいたのですけど、この様子だともう決行したほうが良いかもしれません。

 ドラジットの気を引いている今、少し危険がありますが…我らが沈澱党を一丸とさせるには、敵が欠かせませんから…。


「おはよーう…」


 予鈴が鳴り、少しすると担任の先生が気だるげに入ってきます。

 それをきっかけにお話をされていた御同輩たちは席に戻りました。

 こうして、学生の一日が始まるのですね。

 私は眠気からくるあくびをかみ殺しながら、背筋を正しました。

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