終末の恋
パ・ラー・アブラハティ
カーテンコール
青と緑の地球。紅に染まる地球。すぐそこに迫る隕石は世界の色を変えた。
慌てふためく人の雑踏。大きな声で歌う人々。空を見上げ天に祈るもの。地面に座り込み、泣き喚くもの。僕はそんな世界を君と見ていた。
「凄いね、地球が終わるとなったら人ってこんな風になるんだね」
「すぐそこに避けられない死が来ているからね」
「私たちがおかしいのか」
「……だろうね。でも、まあ僕たちと同じで死にたいと思っていた人たちは、少なくともこうはなってないよ」
君と人々の姿を見て、ただ呆然とベンチに腰をかける。僕たちは地球が終わると言うのに、泣きもせず、祈りもせず、慌てもしない。だって、僕たちはこの世界からの脱出が悲願だったからだ。あちら側からやってきて、悲願を叶えてくれて彼岸に連れて行ってくれる。それなら慌てることなんてない。むしろ、感謝をしている。
「でも、私たち人殺ししちゃったから地獄行きだね」
「まあ、そうだろうね。地獄でもアイツらに会うことになるね」
「その時はまた殺しちゃえばいいんじゃない?」
君はにししと笑う。口角が上がって、目尻にシワが寄っている。
ただ、地獄に行ってまたアイツらと会うのは少し。いや、とても癪に触るが仕方ないことだ。罪を犯したものはちゃんと償わければならない。拒否をすれば、アイツらと同じだ。
「隕石落ちるまであと何分?」
「時計が無いからわかんないけど、空の感じ的にそろそろじゃない?」
紅に染った空に浮かぶ白い雲が灰色に染まっていた。宙を舞う火山灰のようなものが、地面に桜のように積もる。
世界の終わりを告げるように、人々は涙を浮かべ大きな声でで歌を奏でる。
「そろそろかあ。泣いておいた方がいいかな?」
「意味無いでしょ」
「じゃあ、せめてなんかお花でも摘もう。ほら、手向け花ってやつ」
「花なら無いけどこれならあるよ」
僕はズボンのポケットから十円玉を取る。
「十円玉?」
「酒買って来いって言われて十円だけパクった」
「十円って……何も買えないよ?計算できないバカだった?」
君は辛辣なことを言う。僕は「できるよ」とぶっきらぼうに返す。
流石にアイツの下で育ったといえ、それなりの教養は身につけている。でかくなったらさっさと家を出ようと思っていたから。でも、世界が終わるならその努力も水の泡になってしまった。
「ねえ、最後にさ秘密教えてよ。手向け花は十円玉でいいからさ」
「え、なんでさ」
「冥土の土産ってやつだよ」
「んまあ、僕の人生はゴミみたいだったから特にないけど、一つあるとするなら君が好きだよ」
唯一の心残り。僕は君に告白をする。胸がキュッとなってドキドキと高鳴っている。これは、きっと最初で最後の告白だ。
「え……?」
君は僕がいま言った言葉が嘘のように聞こえたのか、キョトンとした表情をしている。そして、徐々に顔が空の色と同じになっている。
「な、な、なんでいま言うのさ」
「君が秘密を教えろと言ったんじゃないか」
「いや、まあそうなんだけど死ぬ前に言う?」
「死ぬ前だから言うんだよ。後悔は遺しておきたくないしね」
「……私も好きだよ、君のこと」
耳を真っ赤にしながら君は言う。モジモジとしていて、恥ずかしいさが限界までにいっているんだな、と人目でわかった。
「両想いでも今から死ぬって悲しいな」
「来世があるよ。来世では夫婦になろうよ」
「夫婦とはまた飛んでいったね」
君は僕の瞳を真っ直ぐ見つめながらいう。そう、僕はこの真っ直ぐなところが好きなのだ。絶望に満ちた世界と人生のはずなのに、瞳の奥には希望があって生きる力を見失っていない。自分を持ち、他者を思いやる。魅力がたっぷりと詰まっていて、惹かれるのは当然の事だった。
君といる瞬間だけは、僕の世界に希望が満ち溢れていた。絶望で黒く塗りつぶされた世界が、途端に色を持って眩くなる。
「あ、でも来世で出会うための目印とかないと困るよね?」
「僕のこの頬の痣でいいんじゃない?」
僕の頬には殴られた時に出来た青い痣があった。
「他には無さそうだし、それでいいか!」
「妥協したみたいな感じやな、おい」
「いやいや、言いがかりですよ」
「でも、心残りはなくなったかな」
「私も無いかな。じゃあ、あとは死ぬまで一緒に喋ろう」
こんな世界だったけど、君とこうして何気ない会話が出来て良かった。僕の人生は絶望ばかりだったけど、君と会えたことで希望が生まれた。産声をあげた希望が世界の終わりの時でも僕について来てくるとは思ってなかったけど。
そうして、僕と君は世界が終わるその瞬間まで
手を繋ぎ、肩を寄せて無駄なことを話し続けた。
こうして世界の幕は閉じて、僕たちの恋の幕も終わった。
終末の恋 パ・ラー・アブラハティ @ra-yu482
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