第3話 ダンジョンボス、登場

 グリズリーベアの最期を見届けた後、俺たちはダンジョンの奥へ進むことにした。最下層の出口がこの先にあるらしい。ひとまず、こんな蒸し暑いところから早く出たい。

歩いている間にも、様々なモンスターが襲ってきた。どれも先ほどのグリズリーベアより弱っちい。デコピン一発で弾け飛ぶ。なんなら触れなくても弾け飛ぶ。


「当然でございます。グリズリーベアはこのダンジョン中でもダンジョンボスを除けば1,2位を争う強さ。並の冒険者では傷一つ付けられません。そんなグリズリーベアを一撃で葬ったあなたが、そこらの魔物に苦戦する道理がありません」

 なんて退屈なんだ。男の子は退屈が嫌いなんだから、もっとわくわくさせてほしい。

「よし、ダンジョンボスの居場所を教えてくれ。喧嘩を売りに行く」

「ええっ!?」

 ハトの表情が驚愕に染まる。蝋膜ろうまくまでも驚愕に染まった。ちなみに蝋膜とは、ハトやインコなどの鳥が持つ、くちばしの付け根のこぶのことである。

なんで俺はこんなこと知ってるんだろ。


「ダンジョン内最強のダンジョンボスですよ!? 戦うなんて馬鹿のすることですよ!?」

「戦いたくなったから戦う。それが俺の戦う理由だ」

「ああそっか、ダンジョン最下層にいるやつらは、みんな考えなしの馬鹿なんだった」

ハトが何か言ったので、今度こそマグマに放り捨てておいた。


 ハト(消し炭)の言うとおりにダンジョン内を進むと、やがて大きな扉の前に辿り着いた。シロナガスクジラが縦に搬入できそうなくらい大きな扉だ。

「遠く離れていてもわかる、この圧倒的な殺気と狂気。扉の先に、ダンジョンボス『ドラゴン竜・ワイバーン』がいるはずです」

 ハトが震えながら言った。消し炭から復活したようだ。ただのハトではないらしい。

「そりゃあそうでしょう、私は神ですよ」

「ちょwwwおまwwwハトが神なわけwwwwwwねぇだろwwwwwwwwwwwwww」

「こいつブチ殺していいかな。あ、すでに私がブチ殺しちゃったんだっけ」

 命の尊さを知らないハトを殴り飛ばし、いざ扉へ手をかける。


 しかし、扉は開かなかった。

 押してダメなら引いてみよう。しかし、指をひっかける取っ手がない。こうなったら最終手段を使うほかない。


「あ、その扉ですね、この鍵を使わないと開けられない仕様に……」


正拳突き。天使より授かった超肉体から繰り出される、強力無比な一撃が扉へと突き刺さる。凄まじい轟音とともに、拳面(手を握った時、人差し指から小指の第2関節から第3関節の部分が並んでできる平らな面)の形の穴が空いた。

その穴に指を入れ、扉を引き剥がした。


「いや、ウソでしょ……」

 何やらハトが唖然としているが、別段驚くほどのことではない。

押しても引いても開かない扉は、強めに押してから引いてみる。恋愛の極意と同じだ。同じことをすれば、きっと相手の心の扉も開けるはずだ。


「無理に決まってるでしょ。童貞が偉そうに語んなよ」

 ハトが何か言ったので、ぎゅっ♡っと握りつぶしてハート形(だけにね)にしてやった。バレンタインにぴったりの真っ赤な「血ょこれーと」の完成だ。


いざ扉の先へ足を踏み入れる。

中には何もいない。今までと同じ、岩で囲まれた空洞に、マグマの河と池があるだけだ。部屋の中央に位置した小高い丘の頂上からマグマが流れ、河の源流のような様相をていしているだけだ。ダンジョンボスなど、どこにもいない。



いや、違う。



真ん中の小高い丘は、丘ではない。生き物だ。

岩肌だと思っていたものは、本物の肌。ただし、鋼鉄の。


ドラゴンだ。

巨大なドラゴンがいた。

山と見紛うほどの巨大な体。溶岩の灼熱をものともしない鋼鉄の皮膚。

体のあちこちに刻まれた亀裂からは赤い光がのぞき、常に蒸気が噴き出している。

鋭い爪と牙を携え、あまねく全ての生物に死の恐怖を与えるであろうドラゴン。




——————が、頭から血を流して倒れていた。

ぴくりとも動かない。


「お休み中でしたか。これは失礼しました」

「いや死んでるだろどう見ても」

 ハト(ハート形)が言った。


 何をバカなことを。頭から血を流しているからと言って、死んでるとは限らない。こういう時は脈をとるのがセオリーなのだ。

 ドラゴンの胸の位置に手を当ててみる。

 いまいち鼓動が分からない。もう少し強めに手を押し当ててみる。




 ズボォ!


 鋼鉄の皮膚を突き破り、俺の手はドラゴンの胸の深くへと沈んだ。

 ついでにドラゴンの全身がびくんと跳ね、落ちた首がマグマの河へと沈んでいった。

 手を引き抜いてみる。

俺の手は、ドラゴンの心臓らしき臓器と、その他重要そうな諸々もろもろの血管を握っていた。心臓はどくどくと弱く脈打ち、徐々に拍動が落ち着いていく。

「……脈いっぱい取れた。生きてるね」

「死んだよ。今ので確実に死んだよ」


後にハトから聞いたところによると、どうやら拳面(手を握った時、人差し指から小指の第2関節から第3関節の部分が並んでできる平らな面)の形にくり抜ぬかれた扉の破片が、ドラゴンの頭を打ち抜いていたとのことだ。


まったく、身体能力向上には困ったもんだぜ。


ダンジョンボスを倒すと、数十分ほどでダンジョンは崩壊してしまうとハト(ハート形)は言った。生き埋めになる前に、俺たちは地上を目指すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る