第2話 グリズリーベア、登場

「よし、さっそく分からないことを聞いてみよう。ダンジョン最下層について詳しく教えてくれ」

「え、ええ! そもそもダンジョンとは、この世界に存在する深い洞窟のことです。この世界は約3000個のダンジョンが存在しています」

 頼られたことが嬉しいのか、ハトは目を輝かせて解説を始めた。知識をひけらかす時は人差し指を立てるのがセオリーだが、現在のハトに指はないので、形状の似た膵臓で代用している。


「ダンジョンはいくつもの地下洞窟が重なり合った形で形成されており、上の洞窟と下の洞窟は巨大な穴で繋がっております。その地下洞窟の内、最も深い場所にある洞窟を、ダンジョン最下層と呼ぶのです」


「ダンジョンはどうやってできるんだ?」

「大抵は我々神による砂遊びの跡ですよ。壊すのが面倒なので、ダンジョンボスが死ねば自然に壊れるように設定されております」

ダンジョンボス? 聞き覚えのある言葉だ。


「ダンジョンボスとは、ダンジョン最下層にいる生物のことです」

「強いのか、そいつ」

 ハトは深く頷いた。

「それはもう。荒くれ者だらけのダンジョンを手中に収める化け物ですよ。その強さと言ったらありません。ひとたびダンジョンの外へ出てしまえば、人類文明など滅ぶほかありません。人間界で最も強いと言われる“勇者”ですら、羽虫のように殺してしまうでしょう」


 勇者という単語も引っかかったが、俺はそこで質問を中止した。マグマの川の対岸に、気になるものを見たからだ。

「ひょっとして、あの生き物がダンジョンボスか?」

「あの生き物? ああ、あのでっかい毛むくじゃらの生き物のことですね」

 ハトの頭が、全身が真っ赤な毛で覆われたクマのような生物を指差し……いや、た。


「あれはグリズリーベア。ダンジョン最下層においては生態系の上位に位置し、鋭い爪から繰り出される強力無比な一撃は、岩壁をも破壊すると言われています」

 岩を破壊する爪攻撃か。強化された俺の体は耐えられるのかな。


「マグマが煮えたぎる中で、あんな毛皮を着こんで暑くないのだろうか」

「仕方ありません。ここの住人は総じて考えなしの馬鹿なので、馬鹿みたいな進化を遂げるのです」

「まあ、グリズリーベアって名前からしてバカっぽいもんな。なんだよグリズリーベアって。チゲ鍋かよ」

「誰がバカだってェ?」


いつの間にか後ろには、先ほどのグリズリーベアが立っていた。近くて見るとさすがに大きい。3メートルはありそうだ。

 口からよだれを垂らし、興奮のあまり額に青筋を浮かべている。毛で隠れて見えないはずなのに、なぜ青筋が見えるかって?

グリズリーベアの青筋が太すぎるからに決まっている。細めのフランクフルト、もしくは太めのポークピッツくらい太い。


「俺は、俺をバカといったものを許さねぇ。今日は冬だからいっぱい着こまなきゃと思って、わざわざ物置から毛皮を下ろしてきたのに、マグマのせいでちっとも寒くねぇ……! ああ、暑い、暑い!」

「本当に考えなしのバカだな」


 グリズリーベアの胸部が、パンプアップ後のようにぶくりと膨れ上がる。人間の腕よりも長い爪をぎらりと振りかざす。

「そうさ、そうさ、俺はな、考えなしのバカだからな、考えなしのバカだからな、考えなしにみいぃぃぃんなブチ殺しちまうんだよおォ!」

 振り下ろされた一撃を、咄嗟にバックステップで回避した。地面の岩肌に爪が当たり、ガキンと嫌な音を立てた。

 岩が傷ついていない。案外大した威力じゃなさそうだな。


 バックステップしすぎて、後ろの壁に頭をぶつけた。動きが止まった一瞬を見逃さず、グリズリーベアが追撃を放ってきた。しゃがんで避ける。


 俺の後ろの岩壁が、巨大隕石でもぶつかったかのように吹き飛び、跡形もなくなった。


爪攻撃の威力に驚いていると、グリズリーベアの後ろからぴょんぴょこついてきた内臓付き鶏頭が解説してくれた。

「先ほどの情報に訂正があります。グリズリーベアの爪攻撃についてですが、『岩壁をも破壊すると言われています』ではなく、『岩壁を破壊すると言われています』でした。壁の岩しか破壊できないみたいです。床の岩は無理みたいですね」

「そんなことってあるんだ」

「イップスってやつだよォ、クソガキィ!」


 続く3撃目。片手で受け止めた。

「んなにっ‼ 俺の爪攻撃がっ‼」

「まあ、こんなことだと思ったよ」


 岩の壁しか破壊できないなら、人間も破壊できないに決まっている。

「おいおい、俺の自慢の爪攻撃だぜ? さも当然のように受け止められたらクマっちまうぜ。クマだけに」

「いやダジャレかーい」

 ぺちん、とグリズリーベアの肩を叩いてやった。


 グリズリーベアは高く天井まで舞い上がり、スーパーボールのように小気味良く壁やら地面やらを跳ね回り、最期にひときわ大きく跳ねてからマグマ河へ落ちていった。常人以上の身体能力のなせる技だ。

「くっ、このトラウマのせいで、イップスが長引く、ぜ……」

 親指を立てて、ゆっくりと沈んでいくグリズリーベア。涙無しには見られなかった。

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