ダンジョン最下層に飛ばされた。
崩菜
第1話 死因は神
「というわけで、我が主の手違いによって死んでしまったあなたには、最高のチートを授けて転生させて差し上げます‼」
満面の笑みで、目の前の少女は言った。純白の服を着た、美しい少女。少女は自らを天使と名乗った。
辺りを見回してみる。見渡す限り真っ白な世界に俺はいた。
「転生場所の希望はありますか?」
「まずここはどこなんだよ」
「死者が死後に行き着く天上の国……天界です!」
「まったく、なんて急な展開なんだ。……『てんかい』だけに」
ふへへ、と笑ってみせる。少女のアルカイックスマイルが瞬く間に消えた。
「お前は運命に定められていない最期を遂げた。散歩中の主が道に迷ったのが原因らしい。そのお詫びとして、優れた才を渡し別世界へと転生させてやろうという話だ」
「急に冷たくなるなよ」
「お前の体はとっくに冷たくなってるけどな」
素晴らしい天使の切り返しに、俺の顔からも表情が消えたのが分かった。
「冗談はほどほどにして、あなたがこれから転生する異世界の話をしよう。大体はお前の世界と同じだ。獣と植物が棲み、人が文明を築いている。しかし、お前の世界と違い、魔物が棲み、魔法があり、ダンジョンがある。」
「ダンジョン? まるで異世界だな」
「異世界だっつってんだろ」
天使の顔が不動明王みたく歪んだ。不動明王は悪鬼を威嚇するため怖い顔をしていると聞いたことがある。仏教に倣えば俺が悪鬼だ。
「またお前には、常人以上の身体能力と魔力、全属性の魔法適正と多種多様なスキルを付与することに決定した。異世界に行って何をするかは自由だ。商人でも、貴族でも、冒険者でも。やりたいことをやればいい」
「冒険者?」
「ダンジョンに挑み、その謎を解き明かす、勇気ある者のことだ」
「勇気ある者か。つまり、俺のようなやつってことだな」
勇気ある者と言うと俺以外思い浮かばなかったのでそう言うと、天使の表情が怒りを超越したナニカへと変貌した。
「……ダンジョン最下層に転生させてやるよ」
「なんだかヤバそうな名前の場所だな」
「ヤバそうなところではない。ヤバいのだ」
ヤバいらしい。天使の震える体を見ればそのヤバさがよく分かる。残像で天使がもう一体できそうだ。
「考えてもみろ。タワーマンションは、高層に行けば行くほど馬鹿が多くなる。タワマンに住むような奴らは、汗水垂らして必死で稼いだ金の大半を、見栄以外の意味もなく背の高いビルにつぎ込むような人種だぞ。地震が来たら外へも逃げられず真っ先に死ぬ。馬鹿と煙は高いところがなんとやらとはよく言ったものだ」
「…………? なるほど」
高層ビル居住者に喧嘩を吹っ掛けた気がするが、気にしないでおこう。
「ダンジョンも似たようなものだ。最下層に行けば行くほど考えなしの馬鹿が多くなる。地震が来たらどこへ逃げるつもりだ」
「なんでお前の住宅評価軸は安全面に偏ってんだよ」
タワマンにだっていいところはあるだろうに。
景色とか、蚊が入ってきにくいところとか、毎日階段いっぱい上るから運動になるところとか、冬も夏も日の光をいっぱいに取り込めるところとか。あと景色とか。
「考えなしの馬鹿が住むような場所じゃ、当然治安も悪くなる。凶悪な魔物たちがダンジョン最下層では、毒ガスが一面を覆いつくし、足元には溶岩が煮えたぎり、壁には所狭しと毒虫がうごめいている」
「ヤベえじゃねえか」
「そしてその一角には、そのダンジョンで最も強い生物である“ダンジョンボス”が鎮座している。並の生物なら近付いただけで
「ヤベえじゃねえか」
「というわけで転生ボタンぽち」
かくして俺は異世界へとブチ込まれた。ダンジョン最下層は天井の高い洞窟のような場所で、流れるマグマがそこら中に
初めての転生を経験して何よりも驚いたのは、転生ボタンがタッチパネル式だったことだ。くら寿司やらガストやら、最近の飲食店は競うようにしてタッチパネルを導入しているが、まさか天界も導入していたとは。天界は飲食店だったということか。
「当然でございます。天界は常に技術の最先端を走っておりますから。ちなみにくら寿司のタッチパネルは割と前からあります」
突然どこからか声が聞こえた。驚いて辺りを見回すと、足元に大きな鳥がいた。頭や翼のいたるところを毒虫にガブガブやられている、でっぷりと太った白いハト。ブロイラーの亜種だろうか?
「違います。私はあなたを間違えて殺した神です。人間世界に干渉した罰として、異世界であなたを見守るよう言いつけられました。ちなみにブロイラーは鶏です。」
「食べられるならどっちでもいい」
「食べ物じゃねえわこのダボハゼ」
つい語気が強くなってしまいました、と咳払いするハト。
「私はあなたの案内役なのです。あなたが快適な異世界ライフを過ごせるよう、全力でサポートします」
「じゃあ、まず焼き鳥になってくれ。腹減った」
「だから食べ物じゃねぇって! あと『まず』で頼むことじゃなくない!? ほら、もっと知識面で頼ってくださいよ。この世界の知識なら何でもお教えしますよ」
「知識面ねぇ。つっても、分からないことはほぼないんだよな。これから何をすればいいかも大体察せるし」
自分が同行する意味がないことを知り、ハトは悲しそうな顔をした。
「この世界に
「よかったー! 私の存在価値あってよかったー! 何も分かってない馬鹿でよかったー!」
「さすがにバカにされたことくらいは分かるからな? とりあえずお前は手羽先になれ」
はしゃぐハトの首根っこを掴み、天使から貰ったスキル『
煮えたぎるマグマの熱で焼き鳥を作っていく。タレがないので、毒虫の毒液で代用する。かぼすもないので、毒虫の毒液で代用する。
焼きたての焼き鳥にかぶりつく。
とてもまずい。雑食性のドバトの肉はまずいと聞いたことはあったが、神の化けたハトもここまでまずいとは。微かな肉の旨味と脂の甘みを感じた直後、脳が揺れるほどの苦みで舌がしびれていく。なんだか食べてはいけない味がする。
たぶん毒液のせいだ。
そういえば、こんなにマグマの近くにいるのに、なぜか熱さを感じない。心頭滅却すれば火もまた涼しというやつだろうか。火じゃなくてマグマだが。
「体が強化されているせいですね。毒虫の毒液が効かないのもそのおかげです」
近くに転がしといたハトの頭が喋った。まだ喋るのか、さすがは神だ。
体が無いと可哀想なので、捌くときに除いた内臓を頭の下にくっつけてみた。
「あ、ちょっと、そっちは大腸……こら、逆だっつーの! 口からうんこ吐き出せってか!?」
思いつく限りの道を踏み外した芸術家の集大成みたいな作品が出来上がった。21世紀美術館に飾りたい。サルバドール・ダリも真っ青な顔で褒めちぎるに違いない。
リフォーミングされた体が嬉しいのか、ハトは自分の体をじろじろと見ながら何やら呟いている。
「ったく、喋るハトの頭がくっついた動く内臓とは……。こんな姿を他人が見たらトラウマになっちまうよ。トラでもウマでもなくてハトだけどな、えへへっ……ああっ、ちょっと、ごめんなさい! ぎゃああ! 捨てないで!」
ハトの頭を掴んでええい!とマグマに放り捨てようとしたところで、はたと思い止まる。そういやこいつは案内役だ。分からないことがあったら教えてもらわなければならない。マグマに放り捨てるのは後でも構わないだろう。
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