第1話「戦闘妖精型奴隷」(2)

「対地レーダに反応なし。看板だな」


 タンクがセンシングタワーをおろす。


 タンクの主砲である重レーザの放熱用冷却砲身から陽炎がたっていた。


「正直、イヴのサポートが無ければ装甲の波長に合わせる前にやられてたな……」


「ふふーん。私のおかげね!」


 イヴは似合わないタンクヘルメットに美貌と髪を押し込んだ顔で得意げに笑う。


 実際その通りだった。


 ビーツは、イヴの依頼を受けると決めた日から、イヴの価値を知ってか知らずかの荒くれものに狙われ始めたのだ。


 ジャンクフリーでの喧嘩など序の口だ。


 なかにはタンクを持つ強者がいる始末。


 ビーツは後悔半分の顔で、今日の勝利を祝おうと拳を出したイヴに、同じく合わせた。


 イヴはどんどん成長している。


 と言うのが、ビーツの感想だ。


「イヴには助けられてるよ」


「私の高性能に一目惚れも良いのだけれど、目的地の確認をしても?」


「勿論だ。想定外ばっかりだが……」


 ビーツは黒焦げのタンクを見た。


 テクノ蛮族の持っていた軽量タンクだ。今は重レーザの直撃にテクノ蛮族諸共に半分蒸発して、使える部品を剥ぎ取られた残骸でしかない。


 ビーツ達が剥いだのではない。


 まだ残飯を漁る頭がグラインダのネズミである解体鼠がバラバラにしているし、羽虫のようであるが近づけばマシーンである油喰い蝶が漏れでたオイルを1滴残らず吸い上げようと群がっていた。


 こんなのがビーツの日常だ。


「ちょっと良いか?」


 ビーツは相棒になったイヴに訊く。


「これからの予定は前時代の遺跡探検。座標とルートは合ってるけど目で見るまでは詳細は不明。あと、とびっきり危険だけど安心して、バディ」


「そうじゃない」


 ビーツは油喰い虫の口吻が肌を突くので追い払いながら話を続けた。


「命懸けなのは承知してる。何を探しているのかも訊きはしない。だが確認させてくれ」


「どうぞ」


 と、イヴは、タンクのナビと有線接続していたコネクタを外し、シュルシュルと巻き取って髪の中に戻した。


「イヴはどんな心で探しているんだ?」


「心?」


「あぁ、思い入れがあるんだろ。だから探してる。大金が目的じゃないんだろ」


「うーん……」


 イヴは空を見上げる。


 日暮れでもないのに、焼けたような赤い空に黒い点が動く。ゆっくりと旋回しているそれは、猛禽機怪獣であるヴァルカンドルだ。機械の残骸に集まってくる。


 ヴァルカンコンドルはイオンクラフトとモーフィング翼の組み合わせて飛んでいる。


 微かに大気の焦げる臭いが特徴だ。


「……空に帰りたいの」


「空に?」


「言えるのは、まだ、それだけ」


「……りょーかい」


「納得してくれた?」


「空に行きたいんだろ? 理由なんて色々だ。空て言われれば、空なんだとしか答えられない」


 タンクが動き始める。


 解体鼠と油喰い蝶がたかっていた残骸に、ヴァルカンコンドルが着陸した。3すくみで激しく獲物を奪いあい、そのたびのパーツが撒き散らされ、様子を伺っていた有耶無耶な機械獣が持ち去る。


 さて、もう少しドライブだ。


「20m先を右折して。そう、カフェみたいな建物を回るの」


 ビーツは、イヴの案内を受けながら廃都でタンクを進める。彼は外部視察装置のモニタを確認した。右も左も、背の高い高層建築物だ。


 稀に、キライカが待ち伏せている。対タンクの強烈な弾頭を頭に仕込んでいる自爆するイカで、イオンクラフトで浮いて、小虫やら食べているが、タンクのような大型車両のエンジン音を聞くとパターンが変わり自爆特攻する。


 ビーツはエンジン出力を下げていた。


「やばい場所だな。受信器がずっと何かしらの電磁波を受信してる。機械獣だ。そこら中にいる」


「落ち着いてビーツ。彼女達の出力は弱い。実際に分解能を有効にできるのはとても近い距離だけ。こっちのセンサは私がいるからアドバンテージよ。隙間を抜けていきましょう」


「頼むよナビ妖精さん」


「任されました」


 ビーツはスロートマイクで、イヴと通信している。喉に当たるタイプで、タンクは幾らエンジン出力を低くしていると言っても車内はそれなりの騒音だ。確実に話すにはスロートマイクがいる。


「前時代の遺跡はどこも機械獣だらけだ」


「その機械獣だけど、今はやっかいもの扱いの彼女らも開発当時は革新的な自己製造型自律機械として歴史に刻んだわ。5m先、左」」


「え……しまった」


 瓦礫で複雑な地形だった。


 タンクの修正を間違い、曲がるべきところを直進してしまう。イヴの指示から外れた。


 タンクのエンジンをリバースして戻ろうとするビーツは一瞬、足が止まる。


 機械獣だ。


 ジッと待ち続け、息を殺し、機会をえた瞬間に一切の躊躇いなく飛びだす!だがそいつは巨大なピラーに踏み潰された。


 オイルとメタルが撒き散る。


 見上げる……遥か高くをだ。


「こいつはッ!」

 

 その機械獣はヤドカリに似ていた。


 巨大なヤドを背負い、屈強な鋏を2本も持っている。タンクだって持ち上げられそうな腕からは油圧ホースなのか剥き出しのホースと油圧シリンダらしきものが、ゆっくり上下に動く。


 特徴的なヤドは、まるで高射砲塔だ。


 非金属で成形された丸い塔は、大小の機関砲をハリネズミの針、あるいはウニのように生えて、息をすりように揺れている。


「ふ、フラックヤドカリ……」


 空から猛威を振るう機械獣に対しての答えとして進化した種族が巨体から瓦礫を落としながら動く。対空に特化しヤドで上を向いていたセンサが180°回転して下を、ビーツへと向く。


 しかしフラックヤドカリのセンサが身悶えするように震えた。巨大が揺れて歩き始める。タンクを跨いで、ヤドから中距離地対空ミサイルを放ちながら走る。


 どこかのバカが侵入してきたんだろう。


 ビーツはそう考えながら偶然に助けられた幸運で、やっと止まっていた息を吸った。


「道を間違えないで」


 イヴが頰を膨らませながら振り向く。


 ドライバシートのイヴはタンクヘルメットの中で不機嫌そうだ。その通りだったな、と、ビーツは謝った。



「本当に座標はあってるのか?」


 ビーツはタンクにできるだけ物音をたてさせないよう進ませた。とびっきりの危険地帯だ。


「もう脱出できたわよ」

 

 と、イヴが言うように、機械獣が巣に使う高層建築物が並ぶ土地は終わり、長い荒野が広がった。


 前時代の遺跡から脱出したのだ。


「まだまだだけどマッピングが進んでいるだけ及第点よ。焦らずにいきましょ」


「イヴ、本当に俺とイヴだけで遺跡を探検できるのか? さっきみたいなフラックヤドカリみたいなのがでこられちゃどうしようもない」


「……ハッキリと言えば、ビーツには装備も実力も足りてない。全然ね。マッピングしながら稼いで少しずつ整えていきましょう」


「やっぱり」


「私がついてるからすぐ稼げるわよ」


「アモに困らないなら1番だな」


「えぇ。ビーツには退屈かもだけど、目標は、高性能な機械獣を元手に稼げる1流ハンターになることよ。なっちゃえば実力は充分!」


「ハンター……」


 ビーツは一応ハンターライセンスを持っている。ただビーツ自身も果たしてそれが効果をもっているのか疑問があることをのぞけばだ。


 ビーツは首に掛けているハンターライセンスを見た。機械獣に喰われないよう、もし死亡や重傷を負ったときに必要な血液型や義肢のサイズが打刻されていた。


「たぶんそれ使えないわよ」


「そうなの!?」


 ビーツ驚愕の事実だ。


 ビーツのライセンスは、ジャンクフリーで5アモで買ったものだ。ハンターのライセンスがあればスカベンジャーとしても仕事ができるからと、便利そうだと深く考えずに買ったものだ。


 歯抜けの爺がジャンキーに売っていた。


「でもこれから正式にライセンスを取れば無問題だから安心してビーツ。どうせ戦場入るんだからライセンスなんて一々見ないし!」


「気分が悪くなるよちょっとだけ」


「繊細で可愛いわねビーツは。アリも殺せなさそうなのにハンタースカベンジャーなんてイカれた仕事してるくせに」


「なんで知ってるの? 前にタンクでカエルを轢いたことがあって月が1周するくらいの時間落ち込んでたことがある」


 イヴは今までで一番大笑いしていた。


 ビーツには笑われる理由がわからない。だがイヴが楽しそうだし良いことだろうと、考えることにした。


 商品を仕入れるため徘徊している人間が、イヴに金の臭いを嗅いで近づいてきた。


「ビーツ、そりゃ売り物か?」


「違いますよ──」


「──非売品よ。私は専属戦闘妖精奴隷」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る