マックスサーガ:

RAMネコ

第1話「戦闘妖精型奴隷」(1)

「なんにもねぇな……」


 ボロをマントに少年は見渡す。


 かつては広大な都市だった場所。


 今は廃墟でありことごとく半壊した高層ビルディングばかりならび、道路という道路には瓦礫を積もらせている。


「タンク、ゆっくり進め」


 と、少年が命じれば機甲精霊が、八本の太く短い脚を使い低い姿勢のまま歩く。


 周囲は静かだ。


 少年はハッチから頭半分だけ出しながら、周囲を警戒する。少年の後ろでは、少年とは別にタンクがバケツのような外部視察装置を回してセンサを振っている。


「旧世界て宝の宝庫じゃないのかよ」


 少年はぼやいた。


 そこに何もない。


「おッ。タンク、停止だ。周辺を警戒、ビルの中で見ている奴、曲がり角に隠れている奴に注意してくれよ」


 少年は見つけた。


 高層ビルの残骸ではない。


 もっと高価かもしれない。


 自律機械の死骸だ。


 野生化したロボットの末裔で、今一番、環境に適応して繁栄するホットな生物だ。


 少年は工具を持つ暇も惜しんで、ワイヤーを片手にタンクから飛び降りた。自律機械を回収するつもりだ。“これが”少年の目的だ。


「タンク、お前に妹ができるかもだぞ!」


 と少年は調子良く自律機械の残骸を叩く。


「こいつぁタートルネードだ。それも爆撃機型。電算機や消耗品は入れ替えるにしてもエンジンが生きてる。プリンティングされたタイプだな、オリジナルじゃないが寧ろ良い!」


 少年は屑回収屋だ。


 名前は──ビーツ。


 ビーツは上機嫌に、タンクのクレーンを操作して、タートルネードを積み込んだ。大きな面積の両翼は切断されて三分割されてしまったが、ほぼ、ボディは残っているのでビーツはよしとした。


 タートルネードという大物にシートを掛けて、しっかりロープを張る。途中でおっことせば大損害が、ビーツは入念にロープのテンションを確認していた。


「!」


 ビーツは耳を澄ませた。


 遠雷のような腹を揺さぶる音を聞く。


 ビーツはロープを触りながら、意識は音に向いていた──砲撃の音だ。遠いが、誰か、あるいは何かが『攻撃』をしている。


「……欲張りは厳禁。タートルネードで充分だ。戦闘に巻き込まれる前に引き上げよう。タンク、ホームへ帰ろう。安全運転でな」


 タートルネードを持ち帰る。


 きっと、大金となる獲物だ。


 浮かれたビーツはタンクを、いつもなら考えられないような荒さで動かそうとした。そのせいだろう。明らかに積荷にしたタートルネードが動いた音がした。


「チクショウッ」


 ビーツは焦る。


 近くで戦闘している。


 さっさと離れたいのに!


 初歩的なミスだ。


 積荷がズレた。


 縛りが甘かったか運転のせいかは関係ない。問題なのはこのままでは動けないということだ。タートルネードを置いていくなど論外!


 ビーツはハッチから飛び出した。


 一刻も早く積み直さないと……。


 タートルネードは確かに、タンクから落ちていた。ビーツは悪態を吐きながら固定を外してやり直そうと近づく。


 ビーツは違和感に気がついた。


 タートルネードは戦闘機だ。


 デカい翼、エンジンがあって、機首が伸びている。その機首の下のパーツが脱落してハラワタのようにケーブルがだらしなく漏れていた。


 ビーツは警戒した。


 ただ壊れたんじゃない。


 そこには『人間の形をした何か』が!


「お、女だって!?」


 ビーツは驚きで一瞬、固まってしまう。


 むさくるしい稼業で、ビーツは物心ついた頃にはほとんど、女と呼べる性別には会ったことが無かった。


 それゆえビーツは目を離せない。


 タートルネードの中にいたらしい女は、妖精の着るスーツのような……洗練されているのだが美しく、幻想的と感じさせるもので覆われていた。長く白い髪には微かに光のようなものが一本、一本に時折、チカチカと走り、端麗な容姿と美麗な肢体を力なく垂らしていた。


「持ち帰らないわけにはいかねェだろ」



 ビーツも知らないようなずっと昔。


 文明が一度滅びて、しかし残骸の狭間にしぶとくこびりついた人類はたくましく生きていた。


 店を出し、商品を売り、食って、寝て、増えて、死んでいく、荒々しくも頑固な汚れのように世界にしがみついている。


 そんな世界のビーツは、ジャンクフリータウンに暮らす、見窄らしく、汚く、弱くて、貧乏なありふれた男だ。


 ビーツは得体の知れない美女の人形を前に、かれこれ半日は悩んでいた。ポケットにはタートルネードを売った金、500万アモの引換券がある。要塞銀行で交換すれば大金だ。


 タートルネードでさえ500万アモ。


 高級戦車砲弾換算で10発も買える。


 タートルネードから出てきた女──人間ではばいことは怪我から覗く回路で明白だ──を売れば1000万アモ……いや、1500万アモは固いとビーツは考えている。


 だというのに、ビーツの前にはまだその女が売られるわけでもなく、重くて面倒な状態のまま放置されている。


 売りづらい理由があった。


『彼女はビーツの視線に気がついた』


 彼女は、傷んでいる顔を、しかし美人なそれで微笑みながら言う。


「私が見えますか? 私の声は聞こえますか? ビーツ、ここはどこなのでしょうか。随分と長い夢を見ていたようです」


「……ジャンクフリータウンだ。タートルネードを換金してきたとこ」


「あの子とは長い間一緒でしたが、ありがとうございます、ビーツ」


「あぁ、彼女も分解され次の機械として産まれ変わるのだろうな──イヴ」


 イヴ──。


 ビーツは彼女本人から明かされた名前を呼ぶ。問題というのはイヴの人工知能が明瞭であることだ。人間のように振る舞い、機械パーツで作られているのに、人間の心をビーツに浴びせかけた。


 ビーツに売却を躊躇わせるほど強力だ。


 ともあれ、500万アモは稼いだわけだ。ビーツは急いでイヴを売らなければならない理由はない。


 ビーツはタンクを洗車しながら訊く。


「イヴは何をやってたんだ?」


 あんな廃墟のタートルネードで。


 ビーツは言葉を付け足さなかった。


 イヴからの返事はない。


「イヴー?」


 ビーツはタンクに、放水しながら振り向く──イヴが機怪獣であるストームジョーに無防備にお手をさせようとしていた。


「待て待て待て!!」


 ビーツは慌ててストームジョーから、イヴを引き離す。ストームジョーてのはようするに恐竜だ。種族はティラノサウルス。サイズはティラノサウルスの子供くらいだが中型くらいだ。


 ストームジョーは、ストライクファング、ストライクネイルで他の機械獣を引き裂いて捕食する凶暴な機械獣であり、しかもプラズマパーティクルプロジェクター、通称PPPというエネルギー兵器まで装備している。


 幸い、ジャンクフリーの中にいるストームジョーのほとんどは、ハッキングされていておとなしい。


 イヴがストライクファングが揃う顎に、ストームジョーのモノアイセンサが見ていると知って頭を突っ込んだとして噛み砕かれはしなかったろう。


「人を探してたんだ。ストームジョーの中におるのかと思って探していたの」


「顎の中にいるなら死んでるだろ」


 ビーツは電源が落ちていて通電の反射さえ気をつければ安全なストームジョーからイヴを離す。


「そうだ! ビーツも協力して! 私達、とても幸運な出会いをしたんだから!」


「ごめんだね!」


 ビーツは両手をあげた。


 イヴを売り払わない程度の好意はある。だが、命をかけられるかはまた別の話だ。十中八九危ない仕事でしかないと。ビーツは予想していた。


「協力はやめるから個人的な依頼ならどう? 私の依頼はある人物の消息を突きとめること。成功報酬は、手に入る古い機械技術の全てを贈り物にするよ」


 ビーツは目を見開いた。


 字面だけであれば世界を変えるような破格の対価だ。それほど前時代の機械技術は貴重なのだ。世界を支配する野望が抱けるほどだ。


「のった!」


 ビーツは即断した。


 人探しなんて犬猫探しと同じだ。


 どんなに最悪でも大したことない。


 それだけで前時代の遺物に触れる。


 ビーツにとっては稼げるアモ以上の価値がある。今は途絶えた前時代の機械だ。タンクも前時代の遺産だがまだまだ知らないことが多い。


 砂丘の先さえ何があるのかわからない。


 だからこそ、ビーツは知りたかった。


 何があるのか、何がないのか。


「契約成立! さっそく一緒に乗り越えていきましょうねビーツ!」


 イヴがニコニコしながら、タンクに置いていた護身用銃を素早く掴んで脇から銃身を通し、振り返りのせずに撃つ。


 撃たれたのは──テクノ蛮族だ。


 荒くれ者が徒党を組んで近づいていた。


 とんでもないものに首を突っ込んだか?


 ビーツは、後悔しかけていた。


 しかしそんなものすぐ消えた。


 ビーツもタンクを動かしてテクノ蛮族の車両を前輪の猫パンチで吹き飛ばす。


 ジャンクフリーは大混乱と、おこぼれをもらおうとビーツかテクノ蛮族のどちらかにアモで交渉して撃ちあう。


 ビーツとイヴの協力関係は、派手な騒動とともに始まったのだ。

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