第2話「偽ハンターにポリスくる」(1)

 ジャンクフリータウンは、基本、スラムだけで広がっている。中には貴族と呼ばれるような支配者もいるが基本的に、そういうのは犯罪者の一族だ。


 有力高価な賞金首も混じっている。


 治安や経済はそれなりだ。


 裏切ったとか紛争で、銃撃戦やタンクが小屋を薙ぎ倒しながら進んで、またゼロから作りなおすなんてことを繰り返せない人間はジャンクフリータウンではうんざりする。


 だが外は大戦争の真っ最中で、戦場のフリーをやっていく蚤野郎どもには都合が良かった。機械獣に生存を脅かされながら、銃砲弾に無人兵器、死体化兵器が闊歩する最前線に寄生している気狂いならジャンクフリータウンは向いている。


 異常者の集まりであるジャンクフリータウンでも、イヴは異質だ。タンクを洗車していてずぶ濡れの彼女が服を絞る。流れる水に汚されても、イヴがなお光っているかのような存在感だ。


「……何かしら、ビーツ?」


「いや」


「いいけど。見惚れた?」


「まさか」


 ビーツは嘘を吐いた。彼はイヴをちょっと異性として意識させられていたりする。女の子であるということは男であるビーツとは対だ。結婚とか子作りもできるのかだとか彼は脳細胞をスパークさせていた。


「それじゃご主人様、本日の予定は?」


「予定は無い。今日はもう寝る」


 イヴの会話が少し途切れた。


「寝るの?」


「起きてても腹が減るだろ」


 何もしていない。


 何も予定がない。


 ビーツは空き時間を意識するとあくびが出た。彼の体は早くも寝る準備に入っている。


「シーズンだからな。ウォーフリー……戦争蚤だとか屑鉄蚤でもなきゃ寝るにかぎる。戦争が激化する季節だ。そんなシーズンに夜な夜な半端な装備でゴミ拾いしたら、暗視装備付きや、得体の知れない連中にわけもわからず殺されるぞ」


 ビーツは洗車の終わったタンクのハッチを開けた。タンクはビーツの家でもあるのだ。内側からロックしておけば対戦車兵器や大口径砲弾の至近弾でさえなければ死にはしない。


 タンクは安全な場所だ。



「ビーツ」


 ペリスコープから覗ける空がすっかり夜に染まり、ジャンクフリータウンの店が鉄格子や装甲シャッタにボットメカを用心棒に出している。


 機械が動く音。時折、手癖の悪い奴の尻に撃ち込まれた銃声が響くいつもの夜だ。


 ビーツはタンクの中で話しかけられた。


 毛布を被るビーツに、狭い車内で器用で、イヴが器用にドライバーシートまで顔を近づけて言う。


「ビーツはなんで協力してくれるの?」


「カネ」


「びっくりするくらいシンプル」


 ビーツは薄目を開けた。


 イヴは無表情で見ていた。


 彫刻が倒れて、ロープに引っ掛かっているだけかのようにイヴは無感動な顔だ。ピクリと動かない。まぶたは元より話している時の唇でさえもだ。


 イヴはビーツとのコミュニケーションの為に生きているフリをしている。ビーツは、そんなイヴの本音を見なかったことにした。


「明日は戦場に出てみよう。イヴが必要な物資を手に入れるにはジャンクよりも手っ取り早い。凄い危ないけど。大した差じゃない」


 ビーツはもぞもぞと毛布を頭まで寄せた。


「良い子だから寝てくれ。明日は早いんだ」



 翌朝──。


 ビーツは寒さで目を覚ました。


 快適とは言えないタンクの中で体を伸ばす。硬くなる体、圧迫される血管が耐えられなくなったらビーツの廃業だ。その前に死ぬかな、と、ビーツは考えながらイヴを探す。


「おはよ! 本日は?」


 途端、ビーツの寝惚けた体は、イヴの足に捕まった。鋏のごとくビーツの腰を締め上げて逃がさない。まるでクワガタムシの大顎だ。


「おはよ、イヴ。今日は素材集めの戦場だ。その前に燃料やバッテリに弾薬の点検を軽く再確認する。砲弾の中ではすぐ壊れるからベストな状態にするよ」


「わかった!」


 ビーツはイヴの足から解放される。彼女はハッチのロックを解除して外に飛び出していた。朝の風がタンクに流れて落ちてくる。


「俺も出るか」


 ビーツはペリスコープで外を確認だ。


 接眼レンズに顔を押しつけて回す。ジャンクフリータウンの小汚くしぶとい連中が夜を生き延びて商売を始めていた。不運な死体も片付けられている。


「……」


 よっこらしょ、ビーツがハッチから顔を出す。影が落ちていた。雲ではない。バカでかい重爆鳥でもなければ、レイダーが待ち伏せていたわけでもない。


 ビーツは見上げる。


 2本の生足がそびえていた。


 頑強そうなブーツを履いていた。


 ほつれの目立つショートパンツ。


 胸には星のブリキと打刻の文字。


「や、やぁ、ジャンクフリータウンの良心、シズ警察官さん」と、ビーツは挨拶する。


 逆光で影になる『彼女』は、これから小便でもする姿勢で見下ろしていた。


 シズ保安官。保安官と警察官は正確には違うのだが、ジャンクフリータウンでは使い分けることに意味はない。ついでに彼女は裁判官と死刑執行人も兼務している。


 逮捕。


 裁判。


 処刑。


 シズは一連がワンセットな人間なのだ。


「ハンターライセンスを偽造してるな」


「ぎッ!?」


 ビーツは、あまりにも見窄らしいライセンスカードを思い出した。ちゃんと申請して、発行された公式のライセンスだ。だがビーツも薄々、偽物ではないかと疑っていた。


「ジャンクフリータウンの税収は下がってる。偽物でも納税してくれる善良な市民なら見逃す。忘れるなよ。お前のタンクを取り上げないで済むことを祈っているよ」


 と、シズの影がやっと離れた。


 ビーツは止めていた息を吸う。


「……役立たずだと判断されたら、タンクも有金も全部かすめるつもりだな。はぁ〜……」


 ビーツはシズの引き締まった尻が遠ざかるのを見ていた。彼の体に血が多く流れていた。


 アモを稼がないと追放される。


 ビーツは自身の頰を打ち喝した。

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