第7編 歌

1 流星雨


流星雨を写真で見ると、光の線が空から何本も降りてくる。

それはとても幻想的な光景だけれど、それは本当に幻想でしかない。


流星雨をこの目で見ると、本当に時折、空を何かが通り過ぎる。

とても雨には思えないほどの頻度だ。


もちろん、この目で、現実にあるものを見るのが一番いい。

流星を一つ見ただけでも、心に響くものがある。


でも後から見た写真の方が、ずっときらびやかに見える。


どちらも雨の一瞬で、どちらも流星雨なのだ。




2 影


道を歩いていると、アスファルトに黒い影が刻印される。

あおれは足と足でつながって、私をずっと追い続ける。


私が遮った光が、私をずっと追い続ける。


そっと木陰に身をひそめると、私を見失った影はどこともなく消える。

だが、いなくなったわけではない。


むしろ取り囲まれている。


無数の影の軍団が周り全てを覆いつくし、監視している。


光はどこにでもいる。


ゆえに影はどこにでもいる。


私は光と影が交わるところに一人いる。




3 古い木


もう何年も前になるだろうか。

慣れ親しんだ公園に一本の木があった。


子供のころから見知った太い木で、夏には青々と、冬にはみすぼらしく、

いつまでもそこにあった。


父の子供の頃もそこにあった。


祖父の子供の頃にもそこにあった。


子が立てるようになったころ、切り倒された。

中身はほとんど空洞で、すでに息絶えていた。


程なくして、同じような木が運ばれてきて、そこに立った。


きっと子もここでこの木に慣れ親しむのだろう。




4 黒い絵の具


絵の具の中から黒だけが忽然と消えていた。

当面は困らない。まだ他の色がある。すべてを混ぜてしまえば黒を作ることなど容易いことだ。


ところが、それでは物足りない。


絵を描いていると、作り上げた黒が黒く見えない。


初めに赤を出して混ぜた黒は赤みがかる。

初めに青を出して混ぜた黒は青みがある。

初めに黄を出して混ぜた黒には黄ばんで見える。

初めに白を出すとどれだけ混ぜても薄く見える。


どれだけ色を混ぜても初めの色に引っ張られる。


目に焼き付いた初めの色がどこまで行ってもその足跡を残し続ける。


更に色を混ぜ合わせる。

消えた黒の足跡をまだまだ追い続けている。




5 回路


緑の基盤の上を金色の線が走っている。

所々に据え付けられた部品がその根元を銀色に輝かせている。


目に見えない電気の疾走が我先にと、金色のトラックを駆け巡ると、

基盤全てが電気と磁力のビートを刻む。


銀色に吸い込まれた電気が、その身にたまった力を吐き出して、

身軽になった電気は、また疾走する。


辺りは熱気に包まれていた。




6 舟を降りる


エンジンはない。

オールはない。


何もない一艘の船の上に、一人大の字になって寝転んでいる。

このまま波に揺られながら旅立つには少し身軽すぎる。


しばらく立って、船をから体を乗り出してみると、水面に映るのは色とりどりの光の大都市。

手を伸ばしても届きそうにない、しかしどこまでも入っていけそうな世界。


思い切って飛び込むと、

摩天楼の頂上から地面めがけて急降下。


無数の光が、一瞬のうちに過ぎ去って、

そのたびに無数の光が飛び込んでくる。


落ちるところまで落ちて行って、たどり着いたのは小さな小舟の上。

もはや過ぎ去り光はどこにもない。


でも、まだ水面は煌々としている。




7 線路を行く


ただひたすら、気が遠くなるようなほどの長い線路を歩いていく。

いつ終わるとも知れない。


だが、レールとレールには確かな切れ目がある。

枕木は等間隔だが、繋がってはいない。


何がこうも続いているのだろうか。


それは道と呼んでいいのか。


容赦なく降り注ぐ日光に焼かれながら、一人疑問と戦いながら、

終えられない歩みを続けている。




8 宝石箱


空の宝石箱を貰った。

あけてみるが、当然何も入っていない。


小物入れとしてもらったけれど、いざ目の前にすると、なんだかそれではもったいないような気がしてしまう。


ふと思いついて、冷凍庫を空けると、不揃いな氷が二つ、三つ。

宝石箱に放り込んで、窓辺に置くと、

不思議な多面の氷と、光の乱反射が、無数の宝石を作り出す。


ずっと眺めていると、不意に訪れた睡魔に負けて、目を閉じる。


気が付くと、あれだけあった宝石は消えていて、鏡のように世界を映し出す。




9 風の音


ごうごう、とうなる。


ずーずー、と切り裂く。


きゅー、と通り過ぎる。


音の世界を駆け巡る。

目には見えないカーニバル。




10 歌


口を開けて、喉を張る。

声帯が心のゆくまま踊りだす。

細かく、素早く、高さを計る。

心のうちに刻まれる、ビートを脳から耳へと流し込む。


記憶の譜面が開かれて、意識の口が歌いだす。


遅れるわけにはもちろんいかない。


意識と喉が重なり合う。

体の声と意識の声が一つの音色をたどりゆく。

確かなデュエットが、始まっている。

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