第4編 充電
1 充電
充電の切れたスマートフォンが一つ。
充電するためのケーブルが7つ。
どれだろうか。
差し込み口を見てみると、一目瞭然なのだが、どれも同じ形。
ならどれでもいいだろう。
むしろこれだけ持っている必要はない。
捨てるか否か。
残すか否か。
不思議な話で、何本もあるときは邪魔なのに、
一本しかないと不安になる。
ケーブルを一本選び、スマートフォンを充電する。
残りで自分を充電する。
2 ラムネ
ここに二つのラムネがある。
一つは透き通った液体と炭酸の刺激。
もう一つは押し固められた粉末と程よい甘さ。
今ではどちらも等しくラムネで、優劣なんてどこにもない。
どっちを手に取ろうか。
悩ましいことだ。
これがうだるような暑さなら、ビー玉を落として喉に流し込みたいところだ。
これがデスクワークに疲れた時なら二粒ぐらいをかみ砕きたいところだ。
今何をしているのだろうか。
悩ましいことだ。
3 朝日
異様に早く目が覚めた日、ふと思いついて、車を走らせる。
まだ真っ暗で、夜のまま。
点々と明かりはついているが、それはまだまだ夜を過ごしている証に過ぎない。
ちょうどいい場所を見つけて、そこに止まる。
眠っていた時は暑さに苦しんでいたはずなのに、今は肌寒さを感じる。
夜とは本当に冷酷なものだと知らされる。
時計を見ると、もうそろそろ日が昇ってきてもいいころ合いだった。
普段夜明けを目にすることはない。
普段夜明けを気にすることはない。
だからなのか、目の前で起ころうとしていることに、新鮮味を感じる。
少し、空気に熱を感じた。
まだ、暗いままだ。
4 剣と魔法
ある騎士が剣を手に、道を歩いていた。
道を行き交う人々は気にしていたが、声をかけることは憚られた。
そんなところにやってきた魔法使いが、何をしているのか、と騎士に尋ねた。
騎士は言う。
剣を振るうべき時を待っている、と。
魔法使いは再び尋ねた。
それはどんな時か? と。
騎士は首を振った。
5 ダイヤモンドの色
学校で、教師が生徒に問いかける。
黒板に貼られたのはダイヤモンドの写真で、その色は何か、と問う。
一人が、銀といった。
一人が、赤といった。
一人が、青といった。
一人が、白といった。
一人が、黄といった。
一人が、虹といった。
一人が、透明と言うと、教師は新しい写真を張り出した。
それはカットされる前のダイヤモンドの原石で、無色透明な石が映っている。
教師は目の前の机にライトと宝石を置く。
ダイヤの色は何色だろうか。
もう誰も答えない。
6 竜巻
さっそくだが、俺は竜巻の中にいる。
ものすごい力で、俺は振り回されている。
体が引きちぎれそうだが、何とか耐えている。
それよりも、同じく巻き込まれた物とぶつかって、全身が痛い。
俺の意思はここでは何も通用しない。
俺がどれだけ手を伸ばしても、何も変わらない。
俺がどれだけ足をばたつかせても、どこにも行けない。
竜巻が収まるまで俺はなされるがまま。
何でこんなところにいるのか、考えたことはあるか?
意識したことはない。
でも、無意識なことは絶対ない。
なら、俺は自信を持って、はっきりと、言う。
俺は竜巻の中にいる。
7 タクシー
ある日のこと、タクシーを捕まえた。
乗り込むと気の良さそうな運転手が一人、後部座先に気難しそうな男が一人。
せっかくだから助手席に乗ってやって、行先を告げる。
運転手は気の毒そうに了承し、タクシーを走らせる。
周りの景色は緩急付けて移り変わる。
人が鳥になり、車がビルになる。
信号機とネオンサインの境界があいまいで、たまに赤信号の意図を考えた。
8 ロケット
空に飛び込んでいくロケットを見上げた。
ものすごい煙を吐いて、ただひたすら空へ飛び込んでいった。
すぐに白い線になって、今では音すら聞こえない。
見えるのは白い線、ロケットはどんな姿をしているのだろうか。
まもなく最初の切り離しが行われるという。
身軽になったロケットは、空へとどんどん落ちていく。
見えるのは、そこにロケットがあったという痕跡のみ。
おそらくロケットは空の先にいる。
9 砂時計
砂時計が割れた。
中に詰められていた砂が、零れ落ちた。
砂粒が床一面に広がった。
60分を刻むことのできる砂時計だった。
スマートフォンを取り出して、写真を撮った。
そこに写っているのは、ただの砂粒だ。
そこに写っているのは、二度と手に入らない1時間だ。
そこに移っているのは。
10 紙
床に砂粒が広がっている。
適当な紙を丸めて、塵取りのようにする。
うまく砂粒にあてがうと砂は紙へと流れ込む。
それをゴミ箱へ流し込む。
それを何度も何度も繰り返す。
何度も何度も繰り返しても、終わらない。
何度やっても砂は残り、何度でも紙に砂が入り込む。
紙に砂が流れ込む。
ゴミ箱を開けると砂がごみの隙間を流れ落ちる。
そうか。
床の砂を紙に流し込む。
床に砂はなくなった。
ゴミ箱の砂は見えなくなるところまで流れていった。
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