92.生意気な心意気
「今後、冒険者からの勧誘があったら……公国に対する間諜だとおもって、距離を置いて欲しいの」
「間諜って……え? それって、スパイってことか? アレクさんたちが?」
「その可能性がある、ということよ」
予想外の言葉に戸惑うこちらに向けて、フェレシーラは静かに首を縦に振ってきた。
「こんなことは、あまり言いたくなかったのだけど。あそこまであからさまに誘ってきたとなると、ちゃんと言っておかないとだから……ごめんなさい」
「い、いや、そこは謝ってもらう必要はないけどさ。それよりも……ええと」
申し訳なさげに謝ってくる彼女に、俺は話を呑み込みきれずに口を閉ざしてしまう。
アレクさんたち『雷閃士団』の皆が、聖伐教団の内情を探るためのスパイであるという、憶測。
フェレシーラは、それを聞いた俺が怒るかもしれないと思っていたようだが……
こちらとしては、そんなことはまったく想像すらしていなかったせいもあり、思考が追いついていない。
ただ、どうしてそんな話になるのかという疑問と驚きで、頭の中が占められている状態だった。
「過去にも何度かあったのよ。冒険者から……特に他国の人たちに誘われた教団関係者から、公国内部の情報が洩れ出たことが」
そんな俺の混乱ぶりを、一目見て察したのだろう。
「それが本職の諜報員によるものか、雇われた冒険者の手によるものかはその時々だったようだけど。今回の件で、どうしてもそれを思い出してしまって。彼らが『雷閃士団』の名を騙っているとは思えなかったし、そうした仕事を扱うと決めつけるわけでもないのだけど……」
フェレシーラは珍しくも「だけど、だけど」と付け加えながらも、一息に説明をしてきた。
それを受けてなお、頭がついて行けていない感はあったが……
言われてみれば、理屈が通っている話だった。
公国と密接な繋がりを持つ白羽根の神殿従士を、仲間に引き入れる。
そうして冒険者側が入手した重要な情報は、例え最初はその気がなくとも相応の見返りさえあれば、人によってはあっさりと売ってしまうだろう。
その行為自体は、理解出来るし、善悪を問うつもりもない。
加えて言えばフェレシーラ自身がそんな軽率な行動には及ばないだろうことも、いまとなっては断言出来る。
出来るが……問題は、そこにあるわけではなかった。
問題は俺にあったのだ。
言ってはなんだが、俺はフェレシーラに関する情報を簡単に人に喋るつもりはない。
それは別に、彼女に同行する上でそうすると約束していたわけではなく……単に自分の身の周りのことを他者に知られたくないという、警戒心からくるものだ。
しかしそれは、あくまでも「見ず知らずの相手に」対しての話なのだ。
例えば相手が俺に対してとても好意的に接してくれたり、世話を焼いてくれたり……肩を並べて冒険に臨む仲間となり、苦楽を共にしたとなれば。
おそらく俺はきっと、なにかの弾みで「白羽根」から得た情報を洩らしてしまっていただろう。
さしたる悪意もなく、思い出話や自慢話の一つとして。
それがフェレシーラを窮地に追い込みかねないとも知らずに、能天気にだ。
今日の冒険者ギルドで親身にしてくれたエピニオたちにも、無意識になにかしらの情報を漏らしていなかったかと言えば……正直いってまったく自信はない。
「ごめん、フェレシーラ。俺、あんな真似してギルドに転がり込んだっていうのに、楽しかったって思ってばかりで……そういうこと、ぜんぜん考えてもみなかった」
「ううん。これは心掛けの話だから、そこまで思いつめなくても……」
そこまで口にしてきて、フェレシーラは言葉を区切り、首を左右に振ってきた。
「いえ。言い訳ね。私と行動してる限り、そういう状況に晒されるのだから……やっぱり気を付けてもらうよう、お願いするしかないもの」
「わかった。これからは気を付ける。でも……人気者のお供ってのも、おもったより大変そうだな」
沈んだ面持ちとなった少女に、俺は冗談を飛ばすつもりでそんなことを言ってみせた。
しかし同時に、それがとても冗談で済ませられる話でないことも、わかってはいた。
だから俺は、考え直すしかなかった。
「俺、訂正するよ」
「訂正する、って……なにを?」
「勿論、さっきの発言だ。お前に石が飛んできたら、これからは俺が守るって言葉」
これからは認識を改めていくしかない。
そう思い口にしたこちらの言葉に、フェレシーラはふたたび首を縦へと振ってきた。
「そう……そうね。たしかにそれは、考え直したほうが貴方の為だと思うわ」
「? なに言ってんだよ、お前。取り消しじゃなくて、訂正だって言ったろ」
沈み切った声を返されて、俺は思わず寝台の上から跳ね起きる。
見ればフェレシーラは、ぽけっとした表情でこちらを見上げてきていた。
「訂正だ、フェレシーラ。お前に飛んでくるのが、石だろうと岩だろうと……スパイだろうと、俺が守るよ。守れるように努力して、実行する。例え相手が、お世話になったアレクさんたちだろうとさ」
その宣言に、フェレシーラはポカンと口を開いたままで固まっていた。
しかしそんな彼女の反応も、仕方ないだろう。
自分でも身の丈に合わない大口を叩いていることぐらい、わかってはいる。
でも、こういうのは有言実行でいくべきだ。
まずは目標を口にして、それからそこに向けて足りない自分を埋めてゆく。
駄目なヤツだって、叱られたっていい。
口ほどにもないと、呆れられてもいい。
届かない現実に腐らず、まだまだこれからだと己を鼓舞して喰らいついてゆくべきだ。
今日は本当に、色々なことがありすぎたけど……
不甲斐ない自分を、俺自身が簡単に見放さないこと。
どこに一番重きを置くかとすれば、きっとそれはその一点に集約されるのだろう。
「……貴方って人は、本当に生意気言っちゃって」
「だなぁ」
観念したかのように溜息をついてきたフェレシーラに、俺は苦笑いと同意で返す。
既に彼女の面持ちに、先程までの暗さはない。
そこにあったのは、「仕方がないから守られてやる」と言わんばかりの微笑みだけだった。
「いまの言葉、先生が聞いたらなんて言うのかしらね……」
「ん? 先生って……ああ、そういやその人のこと、ぜんぜん聞いてなかったな。教団関係者じゃないって言ってたけど……家庭教師みたいな感じなのか? その人って」
「そうね。一言で表すのは難しい人だから。今日は寝るまでに、そこら辺の話も少ししておきましょうか。あとはいつもの公国常識講座を少しだけ多めに……今日は現在の貴族制周りについて。お付き合い願っても、いいかしら?」
「あー、なんか公国では爵位制度が不採用になったとか、そこいらの話か。オーケーだ。ホムラも昼間のどんちゃん騒ぎで疲れて起きそうにないし、よろしく頼むよ。フェレシーラ先生」
そこからは、既に日常と化していたフェレシーラ主催のお勉強会となり。
辺りが夜の帳に包まれて、宿にて酒宴が催され始めた頃には。
押し寄せてきた疲れに抗い切れなくなった俺たちは、その喧騒を子守唄に心地よい眠りへとついていった……
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