91.『誓い』


 朧気となった陽が落ちる。

 街の喧騒を引き連れて、蒼黒き夜の帳の向こう側へと去りゆくその最中。


「たぶん、きっと……あの『隠者の森』を訪れてから、色んなことがありすぎたせいかしらね」

「なんだそりゃ。話の前後が、噛み合ってなくないか? いま話してたのって、あのガ――子供、に……石を投げられたときのことだろ?」


 俺はフェレシーラの言葉に、疑問を返してしまっていた。


「そう? 私はそうでもないと思うけど」


 それを受けて、フェレシーラがひょいと肩を竦めてくる。

 彼女には相応しくないようでいて、この場には最も相応しくも思えるその仕草に……俺はなんとなく、その後の展開を予想出来た。

 

「だってあの森で貴方と出会ってから、てんやわんやでぜんっぜん落ち着けてなかったし。正直いってペースも狂わされまくってるもの。それで普段出来ていたことにまで、手が回らなくなったと思えば……ねえ?」 

「……おい、ちょっと待て。なんかその口ぶりだと、暗に俺と関わったせいだって言ってないか? 石投げられて避けられなかった、俺の責任だって言ってるだろ、それ!」 

「あーら御明察。案外、察しのいいところもあるのね。感心、感心。えらいわよー、フラムくん」 

「ぐ……だからそれやめろって! 含み笑いしながら、下から頭撫でてくんのもやめろって!」

「えー。いいじゃない、へるものでもないし。うりうり」


 それまでの雰囲気とは打って変わった軽いノリに、俺は全力で抵抗を試みる。


「でもまあ、そこまで言うのなら――」 

 

 そんなこちらの試みが、功を奏してくれたのだろうか。

 フェレシーラは椅子の上で姿勢を正して、手を両膝の上で揃えると、


「それじゃあ、責任とってもらおうかしら。貴方に関わったせいで、ポンコツ従士になっちゃった責任をね」


 にんまりとした笑みと共に、そんなことを言ってきた。


 明らかに、こちらをからかうための要求だ。

 別に本当に責任を取れと彼女は言っているわけではない。

 言ってしまえば先ほどのじゃれあいと同様の、その場のノリ。

 言葉遊びのようなものだろう。


 しかし俺は……その言葉の意味を真剣に考える。

 現状で対処すべき問題を踏まえて、俺は返事を行うことにした。

 

「わかった。これからは責任をもって俺が守る。それでいいだろ?」

「――」


 その返答は、きっとフェレシーラにしてみれば少々意外なものだったのだろう。

 彼女は目を丸くしてこちらをみつめてきた。


 どれほどの間、そうやって俺とフェレシーラは見つめあっていただろうか。


「い、いきなりなに言ってるのよ……」

 

 そんなことを言いながら、フェレシーラはプイと顔をそむけると、視線を足元へと向けてしまった。

 

「ま、守るとか言われても、意味わかんないんですけど。一体なにから、なにを守るつもりなのよ……」 

「そんなの決まってるだろ。お前にまた石が飛んで来たら、俺が守る、ってことだよ。ていうか、話の前後ちゃんと噛み合ってるだろ、これ。わざわざ全部言わせないでもわかってるだろ」

「それは……そうだけど……っ」


 俺が説明を行う間、フェレシーラは椅子の淵に両手をつき、そっぽを向いたままだった。

 脚もわざわざ宙に浮かせて、ぷらぷらさせている。

 多分、お風呂あがりのストレッチかなにかなんだろうが……その体勢、地味にキツくないか。

 というか大事な話の途中でやるなよ。

 俺より年上なんだから、ちゃんとこっち向いて話聞けよな。

 子供かよ。

 

「おーい。聞いてんのかよ、お前。前に人と話すときは、顔を合わせてとか初めてあったときに言ってなかったか? フェレシーラさーん」 

「う、うるさいわね……ちゃんと、ぜんぶ聞いてるし。いきなり真顔で変なこと言ってくるから、ちょっと驚いただけだし。というか、貴方ね――」


 そこまで言い返してきてから、彼女はスゥ、と一度大きく息を吸い込み、真剣な表情となってきた。 


「守るとかどうとか、大口叩いてくるのもいいけろっ」 


 ……ケロ? 


 いつものお説教モードに入ったかと思いきや、フェレシーラは思い切り、横を向いていた。


 ひょっとして、いま……噛んだのか? こいつ。 

 なんかお姉さんぶったこと言おうとして、盛大に噛みやがったな?

 フェレシーラにしては珍しいポカだし、つっこんでやってもいいけど……


 なんかこいつがここまで慌てるのも面白いし、ちょっとこのままにしておくか。 

 俺としては、言いたかったことも言えたしな。

 ありがとう、『雷閃士団』のお姉さまがた。

 フェレシーラの言葉を借りるわけじゃないけど、そこはスッキリした。

 

「ところで、冒険者ギルドでのことだけど」

 

 暫く寝台の上で胡坐をかいていると、フェレシーラが何事もなかったかのように切り出してきた。

 中々に強引な話題のすり替えだが……


 そういえば、ギルドについてからの話はあまりしていない。

 まあ、個人的な相談事が主だったし、率先して話すつもりもないけど。

 なんかちょっと恥ずかしいし。

 

「貴方、口で言ってた以上に惹かれていたでしょ」

「へ? 惹かれてたって……なにがだ?」

「なにがって。アレクたちからパーティーに誘われたときの話よ。ギルドの出来事って言えばあれしかないじゃない」 

「ああ、なるほど……そりゃまあ、ちょっとはな」

 

 予想とは異なる話の展開に、俺は若干面食らいつつ答えを返した。

 それはなにも、フェレシーラにこちらの内心を見透かされていたからではない。

 彼女の口調と表情が、それまでと違い真剣味を帯びたものとなっていたからだ。

 

「なんだよ、いきなり難しい顔して。たしかにあの時は、一瞬ぐらっときたし驚いたけど……誘いなら、ちゃんと断っただろ? 俺にとってはお前と公都を目指すのが最優先だしさ」

「ええ。そこは聞いていたわ。しっかり考えていてくれて、ありがとう。でもね……これを聞いたら気を悪くするかもだけど。これから少し、注意しておいて欲しいの」


 会話の合間に微笑みを見せてきたフェレシーラに、俺は頷く。

 こんな前置きをしてきたからには、重要な話なのだろう。

 それまでの緩み切っていた気持ちを引き締めて、俺は続く言葉を待ち構えた。


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