64.助け船に見送られて

 

「彼は私にとって必要で、大切なパートナーよ。知り合ってからまだ日は浅いけどね」 

 

 そこまで言って、フェレシーラは法衣の袖を口元にあてて「やれやれ」といった風に苦笑を浮かべてきた。 

 その笑みへと向けて、黒髪の少女の視線が注がれる。

 そのまま……十数秒は経っただろうか。

 

「わかりました。では、今回の依頼の代理人は私が務めさせていただきます。このまま登録を行っては、報告の手間がかかってしまいますので」

「ちょっとちょっと……それは幾らなんでも、苦しいんじゃない?」

 

 唐突なその申し出に、フェレシーラがまたも苦笑する。

 その口調はつい先程までの、丁寧ではあるが冷たい印象を与えるそれとは明らかに異なっている。

 俺のよく知っている、フェレシーラ・シェットフレンという人物のそれだった。 

 

「苦しいも何も。これは提案だとかそういったものではありませんので。たった今申し上げた形式以外となるようでしたら、上への報告をしなければいけませんから。面倒くさがりの私が、仕事を増やしたくない一心での独断です」

「とんでもない詭弁を持ち出すのね、四級神官メルアレナ。この教会では、皆そういった過剰サービスを心掛けていて?」

「名前を憶えていただき光栄です、白羽根神殿従士フェレシーラ。それで? どうしますか? そろそろ交代の者も来てしまいますし、引継ぎも手間ですから急いでおきたいのですが」 


 呆れ顔を見せるフェレシーラに、今度は黒髪の少女がツンとした表情で受け答えを行う。

 俺はといえば、話の流れがまったくわからずに口を噤んでいるだけだ。

 

「そう心配なされずとも、私みたいな下っ端神官と白羽根さまがつるんでいると考える人なんてそうそういませんよ。なのでこれは仰るとおりに、サービスの一環……単なるゴマすりだとでも思っていてくださればよいのです」 

「参ったわ。可愛い後輩の心遣いだなんて、無下に出来ないじゃない。ふぅ……あなたも相当な変わり者ね」 

「失礼ながら、フェレシーラさまには到底敵わないかと」 

「言うわね。あなたみたいな子、嫌いじゃないわ……正直言ってリスクしかないと思うのだけど。これ以上時間をとらせるのもなんだし、お願いしていいかしら」 

「はい。それでは、僭越ながら代理人登録に移らせていただきます」 

「ありがとう、メルアレナ。この恩は、我が名にかけて必ず報います」

 

 フェレシーラが法衣の裾を僅かに浮かせて頭を垂れて。

 メルアレナと呼ばれた少女が、深々と頭を下げてそれに応えてきた。

 

 今更ながら気付いたが……

 彼女のローブの左胸には、青銅色の星が縫い付けられている。

 おそらくそれが、メルアレナの階級を示すものなのだろう。

 

「では、依頼書を完成させて参ります。もう暫くお待ちを」 

 

 そう言って、メルアレナは待合室を後にした。

 

「……どういうことなんだ? いまのって……」 

「どういうこともなにも、聞いてのとおりよ。私が規則違反を承知で依頼の受注をゴリ押ししようとしたところを、彼女が助けてくれたの。事が発覚すれば、自分に累が及ぶのを承知でね」 

「それは、なんとなくわかったけど。でもさ……」 

「何で見ず知らずの彼女が、そんな真似をって言いたいのでしょう? 残念ながら、そこのところはよくわからないわね。ただ私は、運よく善意の代理人が現れてくれたことに可能な限りの感謝で応えるだけよ」 

「運よくって。お前といい、いまの子といい……なんか滅茶苦茶だな」 


 とんとん拍子に、しかし明らかに不自然なやり取りで。

 あまりに上手く話が進んだことに当惑を隠し切れず、俺はフェレシーラへと疑念をぶつけてしまっていた。


「なによ。教団関係者の、イメージが崩れたとでも言いたいの?」

「それは……あるけどさ。それよりも、見ず知らずの女の子をこっちの都合に巻き込むなんて……」

「ふーん。じゃあ、私があのまま違反して報告されるのはよかったんだ? へー」

「な……! べ、べつにそうは言ってないだろ!? ただ俺は、無関係な人まではって言ってるだけであってだな!」

「ふぅん。その割には、さっきは焦って大声を出しかけてたみたいでしたけど」

「そ、それは……いきなり必要だとか信頼出来るだとか、言い出してきたからで――ああ、もういいよ……! ここでゴネても始まらないことぐらい、わかったさ……!」 

「うんうん。ときには清濁併せ呑むのも大事よ。いい勉強になったわね、フラムくん」 


 結局はフェレシーラにいつものペースに持ち込まれてしまい、俺は溜息を吐いてしまう。

 正直に言って、誤魔化された感は否めない。

 

 しかしそれも、元はと言えばこちらのせいなのだ。

 市民権もなければ、依頼を行うだけの金もない。

 術法もつかえなければ、少しの癇癪を我慢することも出来ない。

 

 ないない尽くしの自分が悪いのだ。

 それが嫌なら、多少なりとも自力でこなせるように努力するしかないだろう。

 

「ごめんなさいね。ちゃんと説明もせずに強引な真似をしちゃって」 

「いいよ、もう。そりゃ呪金の値段にも、違反扱いにも驚いたけどさ。俺のために急いでくれたんだってわかったから……今は口先でしか言えないけど、ありがとう、フェレシーラ。ああ……そうだ。さっきの人にも、お礼言わなくちゃだ……」

「そうね。でもあまり無理しないでね。いま貴方に余裕がないのは、あちこち連れ回してる私のせいでもあるんだから」


 フェレシーラの言葉に俺は頷く。

 頷くことしか出来なかった。

 

 余裕がない。

 その指摘に対する自覚はあった。

 いままで師匠の元で修行に打ち込んでいればよかっただけのフラム・アルバレットには、余裕というものがまったくなかった。

 勿論、外の世界は慣れないことばかりで当然だ。

 そう上手くいくわけもないのはわかっている。

 フェレシーラだって、それを見越して様子を見ながらフォローしてくれているのも理解しているつもりだ。

 

 だが、何となく……

 何となくだが、自分のそうした余裕のなさには別の理由がある気もしていた。

 

 そんなことを、どれだけの間考えていただろう。

 

「お待たせしました。フェレシーラさま、フラムさま」

 

 気付けば神官の少女――メルアレナが机の前に立っていた。 

 その手には大きな封筒が抱えられている。

 どうやら依頼の手続きが完了したらしい。

 

 にこやかな笑みを浮かべていた少女へと向けて、俺は深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます、メルアレナさん。見ず知らずの俺の、代理人なんてものを引き受けてくださって……お手数、ご迷惑をおかけしました」

「いえいえ。これは飽くまで私が楽をする為ですので。せっかくお手すきだったフェレシーラさまに依頼を頼めずに、困っているフラムさんを見兼ねて……という建前で、どうかお願いしますね」

「はい。ご厚意感謝します。おかげで円滑に影人の調査を開始することが出来ます」

「ふふ。フェレシーラさまと仲良くしてあげてくださいね。これまで教会に――」

「ちょっと、メルアレナ。余計なお喋りはやめて頂戴」


 やや打ち解けた感じで言葉を交わしているところに、フェレシーラが割って入ってきた。

 そんな彼女を見て、メルアレナがくすりと笑みをみせる。

 

「ごめんなさい。とても驚いたので、つい」 

「もう……あなたには本当に感謝しているけど。あまり変なことは吹き込まないで」

「ああ、なるほどですね。ふふ……頑張ってくださいね、フェレシーラさま。昨日の今日で皆は色々と噂していますけど。私、個人的に応援していますから!」 

「だから……!」

「はーい、もうはお邪魔しません! ここに書類は全ておいておきますので……それでは!」

 

 フェレシーラが腕を振り上げると、メルアレナは「しゅたっ!」と敬礼のポーズを取ってから走り去っていってしまった。

 

 なんだがよくわからないが、これで依頼の締結は完了となったらしい。

 よかった。

 途中、ちょっとおかしな雰囲気になったけど……いい人じゃないか、メルアレナも。

 

「ふぅ……まったく、変わった子ね。とんだ問題児もいたものだこと」

「そうか? フェレシーラのことも応援してくれてたし、代理人も引き受けてくれたしで、大助かりじゃないか」 

「人の気も知らないで呑気なものね。ま、なんにせよ申請がすんなり通ってよかったわ。影人が新種の魔物扱いされちゃうと、今度はそっちの確認で手間取るケースもあるから」

「一に確認、二に確認、って感じか。一口に依頼の受理って言っても色々あるんだな」


 言いながら俺は書類を入れた封筒を、ナップサックの非居住スペースへと詰め込んだ。

 

「ピィ……」

「ごめんなホムラ、相手してやれなくて。もうちょっとしたら、いっぱい遊んでやるからさ」

 

 微かに寝息を立てているホムラに声をかけつつも、俺は内心、胸を撫で下ろしていた。

 

 何だかんだで、首尾良くことが進んでくれた。

 これで俺たちは晴れて契約関係を結んだことになる。

 これからは安心して旅を続けられるだろうし、俺も少しは余裕を持てるようになるはずだ。

 

 うん。 

 これからは無駄にくよくよしないで、前向きに色んなことを学んでいこう。

 可能な限りフェレシーラの手を煩わせないで済むように、成長していこう。


「さてと……お次は町に出て、『仕事』をしなくちゃね。ホムラも退屈して寝ちゃったみたいだから。少し静かな通りを巡ってみましょうか」

「ああ、そうだな。たしかに『仕事』はしておかないとな」 


 仕事。

 その言葉を互いに強調しつつ、笑みを交わしながら……俺たちは再び、町中へと繰り出していった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る