56.『三つの理由、一つの願い』
教会の待合室に配された縦長のテーブルを挟み、俺はフェレシーラと向かい合っていた。
彼女が俺を手助けしてくれる、三つの理由。
二度は言わない――などと前置きしてくるからには、こちらもしっかりと聞き入らねばならない。
固唾を呑み、俺は続く言葉を待ち構えた。
「まず、一つ目の理由は……貴方の持つアトマが、普通の人より並外れて強大で、且つ不安定だからね。これを放置すれば、貴方自身にも、他の人にも害を及ぼす危険性がとても高い。だから私は、神殿従士として貴方を放置出来ない。これは納得できるわね?」
「……ああ。確かに」
アトマが強大で、不安定。
それはおそらく、俺が『隠者の森』で洞窟に風穴を開けた『熱線』のことを指しているのだろう。
頷く俺を見て、フェレシーラが続けてきた。
「次に、二つ目の理由……これは貴方が、あの森にいた影人となんらかの繋がりを持つ可能性があるからよ。影人の討伐を引き受けた身としては、目を瞑るわけにはいかない要素が多すぎるもの。バーゼルの件も含めて、アレイザにある教団の総本山に出向いて直接報告を行う必要があるから。その際には、貴方にも同行をお願いすることになってしまうけど……」
「わかった。それぐらい、当然だ。喜んで同行させてもらうよ」
「……ありがとう」
説明の途中に頭を下げてきたフェレシーラに、俺は再び頷き先を促す。
ここまでは予想の範疇にある説明だと言えた。
気になるのが、三つ目の理由だった。
神殿従士であるフェレシーラにしてみれば、先の二つの内容が俺を公都にまで帯同させる理由として相応しく……逆に言えば、それ以外の理由は考えにくかったからだ。
「最後に、三つ目の理由……これは、前にも言ったとおもうのだけれど……」
そんな風に考えていると、フェレシーラがやや口籠る様子を見せてきた。
「? 前にも言ったって……」
そう言われて、俺は思わず首を傾げてしまう。
なんだろう。
なにかあったっけ、ここに来る以前に。
真面目に思い出せずに困っていると、フェレシーラもまた困り顔となり「ふぅ」とため息をついてきた。
「中途半端はいや、っていう話よ。今回の件を……貴方の問題を途中で投げ出したくないっていう、欲求。つまりは、単なる気持ちの問題ね」
そう言って、彼女は待合室の天井を見上げていた。
そこにあるのは、白い天井。
礼拝堂と同じ真っ白な漆喰仕上げの、しかし比べものにならないほどに低い蓋で閉じられた、天井だ。
中途半端はいや。
その言葉にはおぼえがある。
たしか、迷いの森の洞窟で……蒼く輝く霊銀の鉱床で言われた言葉だった。
「それになんだか貴方って……危なっかしくて、黙って見てられないもの。放っておくと何を仕出かすかわからないっていうか。妙に気になるっていうか」
「そ、それは確かに、気持ちの問題だな……」
「そうなの。こればっかりは職業柄っていうか……悪癖みたいなものね。余計なことばかり背負い込むなって、色んなところから釘を刺されてるのだけど」
「あー、なるほど。なんかわかるような気も……フェレシーラって、困ってる人をみたら放っておけなそうだもんな。捨て犬とかみたら放っておかなそうだし」
「捨て犬って。流石にそこまで暇じゃないわよ」
釣られて見上げていた天井から目を離すと、そこには口許に手を当てて苦笑する少女の姿があった。
「へへ……なるほどな」
いつもの調子を取り戻したフェレシーラに、俺は安堵の息を溢す。
そうしながらも、俺は「三つの理由」について考えていた。
一つ目の理由は、俺の持つアトマの危険性。
言うまでもなく、俺が『熱線』の魔術を行使出来たのは手甲の力あってのことだ。
フェレシーラによって貸与されたその力がなければ、当面俺には術法が扱えない。
だから俺のアトマの暴走を危惧するのであれば、まずは手甲を取り上げてしまうべきなのだ。
彼女がそれを望めば、俺は喜んでそれに従うだろう。
ゆえにこの主張は、理由付けとしては明らかに弱い。
二つ目の理由は、彼女が討伐を引き受けた影人と、俺の関連性。
これに関しては、特におかしい点は感じられない。
影人の情報に関しては、彼女としても可能な限り収集しておくべきだろう。
容姿が似ている、というだけでは根拠として微妙なところもあるかもだが……それを俺が口にするのは、自己弁護に等しいというものだ。
それに……アレが未だ俺そっくりの姿で森に潜んでいると考えただけで、心がざわつくものがある。
フェレシーラが拘る理由としては納得がゆくし、協力も惜しまないつもりでいる。
彼女が望むのであれば、聖伐教団への報告でもなんでも喜んで引き受けよう。
そして三つ目、最後の理由。
途中で投げ出したくはないというその主張に関しては、俺は何も言えない。
言い様がない。
どうやら彼女は俺が思っていた以上の、根っからのお人好しなのだろう。
「ま、私の理由はこんなところね。まだ納得がいかないって言うのなら、続けましょうか?」
「いや。ありがとう、フェレシーラ。話してくれてありがとう」
感謝の言葉を重ねて、俺は手を差し出す。
なんとなく、結局こいつが一番言いたかったのは、最後におまけっぽく言ってきた部分なんじゃないかって気はしたけど……
「理由、ちゃんと聞けてよかった。まだこの先もお世話になり続けると思うけど……これからは、その恩に報いることを考えるよ。早く借りが返せるように、俺、頑張るよ」
「ふぅん。頑張る、ね。昨日言ってた、出世払いってヤツかしら?」
「ああ。正直、路銀の問題だけじゃとても済みそうにならからな。どうにかして、助けてもらった恩は返させてもらうよ」
「へぇ……それじゃあ今のうちに、お返しの内容を考えておこうかしら」
クスリと微笑んで、彼女は右手を差し出してきた。
そこに俺は左手を伸ばす。
「お望みのままに、神殿従士さま――と言っても、今のところは旅脚を早めるぐらいしか出来なそうにないけどな」
「ふむ。そういうことなら……この件が片付き次第、私専属の御者にでもなって貰おうかしら? 働き口としては、そう悪くない待遇が用意出来ると思うのだけど……」
「皆が憧れ敬う、白羽根のお姫様の付き人か。悪くないかもな。捨て犬から一転、大出世っわけだ」
「うむ……くるしゅうないぞ、フラム。供をいたせ」
頭を垂れて掌を上に向けると、悪ノリの言葉と共に白い指先が乗せられてきた。
俺はそれを、なんとなくで受け止める。
フェレシーラが、「やれやれ」といった風に微笑んでくる。
……どうやら、師匠からの聞きかじりでしかない俺のエスコート術は、フェレシーラからしてみれば出鱈目もいいところだったらしい。
止む無く俺は、長椅子から腰を上げておふざけを終わらせにかかる。
受付で行われていた先程のやり取りから察するに、暫くはこの町に滞在する必要があるのだろう。
ならば今日は、早めにホムラと泊まれる宿を見つけて――っと。
「あの……フェレシーラ」
あれ? と思いながら手を軽く振る。
手は当然のように、上下に動く。
フェレシーラの手に握られたまま、ブンブンと動く。
「ええと……」
テーブルを挟み、互い立ち上がった状態で俺は彼女へと尋ねる。
「手、そろそろ離してもいいか……?」
この場合は、離してというか、離してもらってといったほうが正しいのだが……
とにかく、フェレシーラは掴んだ手を離さぬまま、
「フラム。貴方に、お願いがあるの」
手と手を折り重ねて、俺の目をみつめてきた。
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