53.役割分担
立ち並ぶ木々の合間から燦燦と降り注ぐ、眩い朝日を背に受けながら――
「いやほんとごめん。昨日はすいませんでした、フェレシーラさん……」
俺は必死になって、町中をずんずんと進むフェレシーラへの謝罪を繰り返していた。
「べっつにー。そんなに必死になって謝るんなら、その子にしてあげればー? 友達なんでしょ、夜中に独りにしても平気な程度の」
「ぐ……! だからそれは――あ、いや。ほんと全面的に俺が悪かった。ごめんよ、ホムラ。今度は一緒に連れてくからさ……」
「ピ? ピィ……ピピー♪」
起きて早々、朝食を終えて宿を出立してからというのもの。
俺は昨晩のミスを、少女とグリフォンの雛に詫び続けていた。
あの後、俺はパニック状態となっていたホムラを全力で宥める羽目となったのだが……
真夜中にピィピィと泣き続けていたホムラに、幸いにも――おそらくは、一階の酒場での騒ぎ具合が大きかったこともあり――周りの宿泊客からの文句は飛んで来なかった。
ホムラも、俺の姿を見るとすぐに落ち着いてはくれた。
しかしあろうことか俺は、ホムラを寝かしつけた安堵から、あっさりと眠りに落ちてしまったのだ。
安眠を妨害されたフェレシーラにしてみれば、たまったものではなかっただろう。
「まったく。親と離れ離れになるのがどれだけ辛いか、わからないわけじゃないでしょうに。不慣れな場所で寝付けないってことなら、次からはせめて先に私を起こしなさい。わかった?」
「うぐ……了解しました」
フェレシーラの口調は、普段よりも厳しかった。
だがその厳しさは、ホムラへの思いやりの強さの顕れに他ならない。
まだ夜の冷え込みを微かに残す煉瓦の歩道を進みながら、俺は全面的に自分の非を認めるしかなかった。
ホムラはついこの間、生まれ育った森の中で両親を亡くしたばかりなのだ。
黒衣の魔術士バーゼルの協力で、成長に必要なアトマの補充に関しては手段を授かったとはいえ。
それである種の繋がりを持てたとはいえ……
いや。
だからこそホムラは、俺と離れることが辛いのだ。不安で仕方がないのだ。
そのことを、俺は甘く見ていた。
予想外に懐いてきたホムラを前にして喜び、高を括ってなんとなく理解した気になっていた。
自分は見えないお化けにあれだけ怯えていたくせに……身勝手にもほどがある。
「反省してくれたのなら、私はそれでいいけど」
肩を落とすこちらを見て、フェレシーラが困った様な顔をして振り返ってきた。
どうやら、少しばかり言い過ぎたと感じているらしい。
「こっちも気遣いが足りなかったって点では、人のことは言えないし。あれだけ下で馬鹿騒ぎされてたら、そりゃあ森育ちでなくても気にはなるものね」
「馬鹿騒ぎ……あれってやっぱ、そうだったのか。街中だと当たり前なのかなー、とか思ってたけど。夜中になってもずっと明かり付けっぱなしだったしさ」
「そうね。あれだけ騒ぐのもちょっと珍しいけど。最近は水晶灯が当たり前になって――っと」
会話の途中、フェレシーラが立ち止まってきた。
俺たちの目的地であった、教会と神殿の共有敷地内。
その最奥に構えられた、柵付きの厩舎に到着したからだ。
ゆうに三、四十頭ほどは馬を飼育可能と思われる、縦長の木造厩舎。
その真横に併設された、楕円上の馬術場と無数の放牧柵。
そこには昨日のうちに、フェレシーラの愛馬フレンが預けられている。
旅の準備を頼んであるとのことで、なにやら色々と手配をしてくれていたようだ。
「なあ、フェレシーラ。結局ここの人たちに頼んでいたのって、なんだったんだ? 今日中に町を出るるって話だったし、よければそろそろ教えてくれないか……?」
直前のやらかしもあり、俺は控えめなお願いを口に昇らせる。
予想としては、一人乗りしか出来なかった点を何とかするつもりなのだろうが……
「いいから楽しみにしてなさい……って言いたいところだけど。もう作業も終わっているはずだし、このまま引き取りに行ってみましょうか」
こんな風に思わせぶりな態度を取ってくるものだから、気になって仕方ないのだ。
止む無く俺は、彼女に従い柵付きの厩舎内へと踏み入る。
「おはようございます。こんな早朝に無理を言って申し訳ありません、厩務長」
よく片付けの行き届いた厩舎の通路を進んでゆくと、すぐに奥から一人の男性が姿を現してきた。
半袖に丈の長いズボン、つば付き帽子に長靴といった格好の、初老の男性だ。
彼はフェレシーラの姿を見るなり、畏まった仕草で頭を下げてきた。
「これはフェレシーラ様! この様な場所まで……! すぐに用意をしますので、外でお待ちになっていてください!」
「大丈夫です、どうかお気遣いなく。よければこの場で直接、引き取りを済ませたいと思っていましたので」
「は……! わかりました、では早速……!」
フェレシーラの要求に、厩務長と呼ばれたキビキビとした動きで男が応える。
行き先はすぐ隣に儲けられた馬術場。
そこでフレンが待ち構えているのだろう。
「ありがとうございます。では、行きましょう。フラム、貴方もついてきなさい」
「あっ、はい」
平時とは様子の違ったフェレシーラの指示に、思わず俺まで畏まってしまう。
ここに限らず、教会内でのフェレシーラはこんな感じで丁寧というか、物静かな感じだったが……
不思議と、周囲の人間に対して下手に出ているという印象はなかった。
何と言えばいいのかは難しいが……こう、余裕に溢れているというか……
とにかく、聖伐教団の人々の前では、彼女は俺の知る普段のフェレシーラではなかった。
「そういや白羽根クラスって、教団でも最高位の階位だもんな。そりゃ皆、一目置くか」
などと呟きながら歩を進めていると、周囲が他の厩務員と思しき人々で溢れかえり始めた。
どうやら、フレンの引き渡しを行う為に厩舎全体から集まってきた様だが……
気のせいか、周りからの視線が妙に痛い。
厩務員の殆どは男性だが……この感じは、昨日教会の待合室に居たときと同じか、それ以上だ。
多分、俺が部外者なので注目を浴びているのだろう。
しかし、それにしても――
「おい、帷子! 早く持って来い! ここに置いてた頬当て、何処やった!」
「積み込み、きっちり確認しとけよ! 終わったら試走三回だ!」
「グリスアップ、終わりました! こっちいつでも行けます!」
なんだか、物凄く慌ただしい。
馬術場の真ん中に見えてるのは、幌付きの馬車に繋がれたフレンだろうが……
それを覆い尽さんばかりに、周囲を厩務員が駆けずり回っている。
なんていうか、人が山の様だ。
「よしよし。この調子なら、すぐに準備も終わりそうね。私たちはこのままここで待たせてもらいましょうか」
「あ、うん……」
フェレシーラはと言えば、満足げな様子でその光景を見守りにかかっている。
俺はといえば、手持ち無沙汰で辺りを見回すぐらいしかない。
そうしている間にも、フレンの曳く馬車は馬術場での試走を終えて俺たちの前へとやってきた。
やってきた、のだが……
「はぁい、フレン。元気してた? ご飯、ちゃんと食べてたかしら?」
「……なあ、フェレシーラ」
「んー? なぁに、フラム。そんなに唖然とした顔しちゃって」
フェレシーラに声をかけると、案の定というか、ニマニマとした笑みが返されてきた。
その反応に説明を求めることを諦めて、俺は今一度、馬車に視線を移す。
フレンが曳いてきたのは、幌付きの馬車だった。
風の抵抗を可能な限り避ける為であろう、真ん中が筒抜けとなったカーテン付きの幌馬車だ。
それは当然、フェレシーラが今度の旅脚として手配してくれた代物に違いない。
しかしその幌馬車は……一言で言って、かなりのサイズをしていた。
がっしりとした四つの車輪。
二人乗りを想定したと思われる、広めになった御者用の座席。
そして極めつけの、透明度の高い硝子を用いた左右の大窓。
はっきり言って、一頭立ての馬車としては過剰な重量と機能を備えた代物だ。
幾らフレンが訓練を受けた馬であろうと、見事な馬体をしていようと……
明らかにやり過ぎの、過剰積載の見本市だ。
馬に関してそう詳しくはない俺にも一目でわかるほどの、無茶っぷりだ。
だがしかし……俺を最も呆れさせたのは、そんな馬車自体の構造ではなかった。
「あのなぁ、フェレシーラ……こんな真似して、俺たち一体どこに向かうんだよ……」
そんな言葉を口に昇らせつつ、俺はフレンの首筋へと手を伸ばす。
ひやりとした感触をもたらしてくる、金属製の馬鎧へと……俺は盛大な溜息を吐きながら、そこに指を触れさせていた。
「あら。お気に召さなかったかしら? 私はとても似合ってると思うのだけど」
「ああ、確かに滅茶苦茶カッコいいとは思うけど――って、違うだろ!?」
腰に手を当て、得意げにするフェレシーラに向けて、俺は思わず吼えてしまう。
「なんで公都に向かって移動するだけなのに、こんな重装備用意させてんだよ! しかもご丁寧に、白羽根の紋章まで外装にあしらいやがって……! これから戦場にでも行く気か!?」
「やぁねぇ。戦場に行くなら、馬車じゃなくて
「移動用って……」
あっけらかんとした少女の口振りに、俺は今度こそ言葉を失う。
いや無茶だろ。
実際に試走してるとこみても、速度全然出てなかっただろ。
というか、フレンの体が絶対もたないだろ。
しかしそんなことは、フェレシーラにもわかりきっているはずだ。
彼女の口振りからしても、フレンとの付き合いはそう短くもないようだし、何よりこんな無謀な真似をさせるはずはない。
ゆえに何かしらこんな真似に及んだ理由があり、その上でフェレシーラは俺の反応を見て楽しんでいるのだ。
というか、お願いだからそうであると言ってくれ。
しかしまあ、こんなところで延々と喋り続けていても事が進まない。
「わかったよ。なにか考えがあるんだろ。でも、ちゃんとした説明は要求させてもらうぞ」
仕方なく、俺は降参と要求の言葉を口にする。
すると彼女は、「ふふん」と純白の胸甲を逸らしてくると、
「言ったでしょ。役割分担だって」
そんな言葉を口に愛馬の手綱を取ると、鞍上へと颯爽と身を翻してみせたのだった。
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