46.『旅のはじまり』 *番外編SSリンク有り
「随分とお誂え向きの場所があったものね」
夕刻を迎えて傾き始めた斜陽の赤に、フェレシーラが目を細めながら呟いてきた。
「ああ。ここなら、目印にも困らないかなって思ってさ」
眼下に広がる眠り逝く森の木々たちを前に、俺は手にした石を並べてゆく。
あれからバーゼルに協力を頼み、準備を整えた後。
俺たちは再び、シュクサ村の近くにあった高台へと舞い戻ってきていた。
「討伐の件は、片付いた感じなのか?」
「一応はね。これだけ広い森だし、まだ何処かに影人が潜んでいるとは思うけれど。目撃件数を超える数を討伐出来たし、約定は果たせた形よ。再発するようであれば、最寄りの神殿へ従士の派遣を申請するよう村長には伝えておいたわ」
「……そっか。そりゃよかった」
討伐の依頼が果たせたのであれば、これで今回の件は落着と相成ったことになる。
目的を達成したフェシーラを祝福しつつ、俺は手にした石を更に並べていった。
小高い岩々の上から眼下を見れば、相も変わらず山裾へと伸び広がる木々が立ち並んでいる。
黒衣の魔術士バーゼルと、俺が初めて遭遇した岩地……だが、彼は既にこの場を立ち去っている。
「うん。こんなもんかな。どうかな、フェレシーラ」
「ええ。私もいいと思う。誰が見ても、すぐにそれだとわかるもの」
「そっか。へへ……っと」
二人して岩棚の窪みに置かれたものを眺めていると、足元を突いてくる影があった。
「ピィ! ピピィ!」
「お、なんだチビ助。これが何だかわかったのか? よーし……ほーら、ここからだと、よーく見えるだろ?」
羽根をパタパタとさせるグリフォンの雛を抱え上げて、俺は出来上がったばかりのそれに向き直った。
岩棚の窪みには、高さ50㎝、横幅20㎝ほどの長方形の石塊が二つ並んで設置されている。
まるで一流の石材職人の手によって切り出されたかのようなそれは、バーゼルの手により加工されたものだ。
そしてその二つの石塊の表面には、大ぶりの風切り羽根が一枚ずつ、貼りつけられている。
「それにしても、大したものね。ただの石の表層に、焦げ付かせもせずにグリフォンの結晶翼をくっつけちゃうなんて……教団付きの石工たちが見たら一月ぐらい寝込んじゃうんじゃないかしら、これ」
「うん、俺も驚いたよ。単に墓前に供えておくつもりだったんだけど……それじゃすぐに駄目になるからって、バーゼルがさ。たしか、表面にガラス質を寄せてみたとか何とか言ってた」
「へぇー。最近の魔術士は、多芸な人が多いのねぇ」
バーゼルが手掛けてくれたそれは、石造りの墓標だった。
あの霊銀の鉱洞を後にしてからのこと。
俺は彼に頼み込み、番いのグリフォンの羽根を手にこの場所へとやってきていた。
そして俺が手頃な石を見繕い墓石として積み上げ始めると、横から見ていたバーゼルが手を出してきて「ああでもない、こうでもない」と唸りだし……結果この見事な墓標を造り上げて、それを一番見晴らしが良く、収まりもいい岩棚に設置してくれたのだ。
ちなみにフェレシーラが口にした『結晶翼』というのは、翼を持つ魔物が稀に備える特殊な羽根らしい。
なんでも魔物が体内に多量のアトマを取り込んだ際に、体の一部がアトマと結合する『結晶化』による産物であり、他の部位共々売りさばけば、結構な値が付くとの説明を受けていた。
そうした代物が、術具を始めたとした様々な品の素材として珍重されているとの話を聞いた際は、迷いながらもバーゼルへの謝礼としての提供を申し出たのだが……
彼はそれを固辞してきたばかりか、墓標に備えることを提案してきたのだ。
お陰でグリフォンの番いは、揃ってその姿を保ったまま埋葬を行うことが出来ていた。
これだけしっかりと石材と固着していれば、金銭目的で持ち出すのも難しいだろう。
更にバーゼルは、俺に対して「魔物に対して律儀なことだ」などと口にしつつも、魔術を用いて亡骸の移送まで引き受けてくれたのだ。
人のことは言えない、というのは正にああいうのを指すのだろう。
「短い間に色々ありすぎて圧倒されちゃったけど。あの人、実はマルゼス様並に凄い魔術士だったりするのかしら」
「んー……どうだろうな。でも、師匠は魔術でも苦手な分野はからっきし、みたいなとこがあったし。少なくとも、こういう芸細なことは無理そうだ」
言いながら、俺は腕の中で大人しくなった雛の頭をポフポフとはたく。
今はこうして、大人しくしてくれているが……
両親の亡骸を前にしている間は、こいつも中々その場から動こうとはしてくれなかった。
だが、俺が彼らに頭を垂れて結晶翼を抜き取ると、それについてくるようにして従ってくれた。
そしてそれをバーゼルが墓標へと封入する間、ずっと静かに見つめていたのだ。
「お前、凄いよな。父ちゃんと母ちゃん……両方ここにいるって、わかってるもんな」
「ピィ!」
落日の時に身を預けながら雛に喋りかけると、威勢のいい鳴き声が返ってきた。
ふと、遠くからグリフォンたちが羽ばたく音が聞こえた気がして、俺はその場を振り返る。
しかしそこには、刻一刻と光彩を変じさせながら、地平へと消えゆく陽の輪が在るのみだ。
「そろそろ、行かなくちゃね」
「……」
「フラム」
「……わかってる」
背後からやってきたフェレシーラの声に、俺はようやくのことで口を開いた。
「わかってる……けどさ。俺にはもう、どこにもいくところなんてないよ、フェレシーラ。俺にはもう、帰る場所も、何にもないからさ……」
「帰る場所だとか、何があるとか、どうでもいいから」
ぴしゃりと、そんな言葉で背中を叩かれてしまい。
俺は思わずあっさりと、俯かせていた顔をあげてしまっていた。
「どうでもいいって、おま……他人事だと思って、そんな乱暴な」
「どうでもいいものは、どうでもいいの。それよりも、そんな気の持ちよう一つでどうとでもなるものに振り回されている暇があるっていうのなら……先にやるべきことを、果たしなさい」
やるべきこと。
そう言われて、俺は手の中にいたチビ助へと目を向けた。
そうだ。
俺には、こいつをちゃんと育てあげるっていう責任が――
「名前、付けてあげなきゃでしょ?」
「……え?」
「だーかーらー。な、ま、え。いつまでもチビ助のままじゃ、育て甲斐もないでしょ? だから今ここでつけてあげるのよ」
「つけるって……俺が、か?」
「他に誰がいるっていうのよ。名づけ親になるんなら、貴方しかいないでしょ?」
言われて俺は、固まってしまった。
……そうか。
まずは、名前を付けてあげるべきなんだ。
育てる為の、あれやこれやばかり気にしてたけど……
うん。フェレシーラの言うとおりだ。
名前は、絶対に必要だ。
「あ、でもさ。つけるって言ったって、俺、そういうの習ったことないし……」
「ばっかねー。そういうのは、直感に従えばいいのよ……とは言え、急に考えろって言われても確かに難しいか。なら、そうね……あ!」
フェレシーラの頭上で、水晶灯が閃いた気がした。
「ね、ね、フラム……貴方、マルゼス様に名前、つけてもらったりしてた?」
「あ、ああ。たしか、そう聞いてたけど」
「オッケ! じゃあ、なにか名づけの理由とか聞いてない?」
「理由……ええと。たしか俺、生まれたときは髪の色がもっと明るかったとかで……炎のイメージと、自分の二つ名から、フラムにしたって」
「へー……なるほどそういう……じゃあ、その子も髪の色とか。そこから何か、思い付いたりしない?」
「髪の色って、こいつの場合羽根だと思うけど……でもまあ、それなら――」
とんとん拍子で話を進めてくるフェレシーラに釣られて、俺はチビ助を持ち上げた。
そうして眺めてみると、はやり目立つのは、額の中心にある赤い菱形の模様だった。
その模様は枝葉のように伸び別れ、小さな体の至る部位へと広がっている。
それが俺に、燃え立つ炎を想起させた。
「よし――お前の名前は、ホムラだ!」
中央大陸より海を渡り、遥か東。
龍人と鬼人が住まう地にて、『炎』を意味する言葉を口に、俺はホムラを抱え上げた。
「うんうん。ホムラね。わるくない響きじゃない。良い名前ね」
「ああ! そんでもって……俺はお前の、初めての友達だ! ホムラ!」
「ピィ!」
落ち行く夕陽へと押し上げられて、ホムラが羽根をバサリと羽ばたかせる。
「あ、おま、そんな、あば――うわっ!?」
「ピィー!」
バサリ、バサリ、と力強く風を打ち、ホムラが俺の腕から飛び立つ。
まさか、飛べるとは思ってもみなかった――
完全に予想を裏切られたことで、俺はバランスを崩して岩の上へと尻餅をついてしまう。
そこにフェレシーラの、くすくすとした忍び笑いがやってきた。
「行きましょう、フラム」
思わず憮然となっていると、そこに手が差し伸べられてきた。
一体何処へと、俺は思う。
思いながらも、しかし手はまっすぐに伸ばし返して、
「貴方は、私と旅に出るの」
きっと必ず、ここに戻ってこようと胸に誓いながら。
「二人でこれから、一緒に旅に出るの」
俺は彼女と、生まれ育った地を後にすることとなった。
『君を探して 白羽根の聖女と封じの炎』
二章 完
いつもご愛読ありがとうございます
ただいま近況ノートに二章終了記念の番外編SSをご用意しておりました
興味のある方はよろしければご覧下さいませ
https://kakuyomu.jp/users/imoban/news/16818093087103299825
また、近況ノートでのサポーター限定特典「君を探して外伝 アーマ神話」の先行配信も開始いたしました
以下は解説リンクです
https://kakuyomu.jp/users/imoban/news/16818093088473843848
【現在カクヨムコン10参加 予選選考中】
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※特に読み専の方への呼び掛けが難しく、1エピソードごと記入は控えているので、キミサガの今後のために是非ともお願いいたします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾ペコリ
評価いただけると今後も喜んで書きまくります!
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