45.幻獣契約適合例

 

「良し。私が出来ることは、これで全てだ」 

「あ――おわった、のか……?」

「ああ。アトマの流れは十分過ぎるほどに確保出来たよ。その証もある。確かめてみるといい」

「証……」


 そう言われて、俺はバーゼルの隣で膝をつく。

 見るとそこには、小さな体を地に伏せたグリフォンの雛がいた。

 あらためて俺は、微かな寝息を立てていたそいつの姿を確認する。

 

 体のサイズは、50㎝ほど。

 大人の猫ぐらいの大きさだが、体つきはまだ幼く、全体的に丸みを帯びている。

 猫というより――先程のこともあり、あまり例に出したくはないが――サイズ感的には大型犬の子供といったほうが、まだしっくりとくるだろうか。

 

 ふわふわの羽根は白と茶の斑。

 嘴は真っ黄色で、さして鋭くもない。

 下半身は明るめの黄褐色。

 短めの尻尾は、先っちょのほうだけが黒っぽい。

 それが時折、思い出したようにピクピクと動いている。

 

 そこまでは、何の変哲もないただの(?)グリフォンの雛の姿だ。

 だがそいつには、ある変化が現れていた。

 

「これって……」


 呟き、俺はそいつの頭に手を触れさせる。

 すべすべとした手触りの、真っ白な頭部。

 白頭鷲のそれを思わせるそいつの額には、菱形の模様が現れていた。

 

「これがその、証ってヤツか……?」 

 

 赤い、小さな宝石のような……

 紅玉ルビーの如き光沢を放つ、それに触れる。

 

 するとそこで、何かがドクンと脈打った気がした。

 

 慌てて手を引っ込める。

 気付けば胸の鼓動が高鳴りを示しており、指先に熱が灯っていた。

 

「その雛が腹を空かせてるようであれば、今のように触れてやるといい。君の体のアトマを取り込み、成長してゆけるはずだ」 

「成長するって……餌の代わりになる、ってことか?」 

「流石に、それのみでは足りないだろうね。健康体として育てたければ、食事のバランスを意識することだ。あとは……自発的に狩りを出来るよう、適度に自由にさせてやるといい」 

「狩り……それって人を襲ったりするんじゃないか? 目を離したら、駄目なんじゃ」

「それは君が決めてやることだ。群れの長がね」

「群れの、長……」


 バーゼルの言葉に耳を傾けていると、足元から鳴き声がやってきた。


「ピィ……ピィ!」


 見ればそこには、小さな翼を広げてこちらを見上げてくる、雛の姿があった。

 自然、俺とそいつの目と目が合わさる。


 額にある赤い紋様は、先程までより僅かに小さくなっていた。

 そしてその代わりと言わんばかりに、身体のそこかしこに薄っすらとした赤い羽毛が浮き出ている。 

 

 その変わり様に呆気に取られていると、ブーツの爪先へと雛がじゃれついてきた。

 

「はは……こいつ、動いてら。元気に動いてら……あ、おい、あんまり突っつくな! こ、こらっ! 靴紐、引っ張るなって……!」 

「どうやら、君を仲間だと認識したようだね」 

「仲間……こいつが、俺のか?」

「関係性からいえば、やはりリーダーと言ったほうが正しいとは思うよ」

「そう言われても、いきなりリーダーとかしっくり来ないな……」

「その雛とどの様に接するかは君次第だ。やりかたは、おいおい模索してみるといい」


 その一連のやり取りを成功の証左と見做したのだろう。

 黒衣の男が立ち上がり、ローブの裾をはためかせてきた。


「不足した成分は雌グリフォンの体から補わせてもらったので、スムーズにいったよ。それがなければ難度は格段に上がったと思うが……ともあれ、成功して何よりだ」 

「成功……そ、そうだ! 俺、あんたに、礼をしなきゃ……!」 


 立ち去る気配を見せてきたバーゼルに、俺は慌てて立ち上がり――

 そして自分が、この男にとって価値のありそうなものを何一つ持ち合わせていない事実に、遅まきながら気がついていた。


 師匠が用意してくれた路銀の類は、シュクサ村に預けてきたまま。

 最低限の持ち物を詰めていたナップサックは、ここに来る途中で投げ出している。

 

「う……ちょ、ちょっと待っててくれないか。村に戻れば、少しぐらいはお金も」 

「なに、構うことはない。先に言っただろう? 私は自分の研究の成果を試すことが出来れば、それで満足だと」 

「満足って言っても……流石にそれだけじゃ、割りが合わなすぎるっていうか」 

「それを決めるのは私だからね。それに……収穫は十分にあった。むしろこちらが感謝したいぐらいだ」

「ふーん。それって、影人絡みの話かしら? それとも、大量の霊銀の在処がわかったから?」


 嬉し気に目を細めるバーゼルに、横合いからフェレシーラが問いかけてきた。

 

「御想像にお任せする……と言いたいところだが。白羽根殿の不興を買っては、こちらの身も危うい」 


 興味なさげな視線を向けてくるフェレシーラへと向けて、バーゼルが懐から何かを取り出してみせた。


 注射器だ。

 彼の右手には俺の血を採取したときに用いられた注射器が、未だその中身の大半を残したまま握られていた。

 

「それって……フラムの血よね? 一体それを、どうするつもり?」 

「さて……どうしたものか。差し当っては、幻獣種との適合を示した稀少なサンプルとして、研究材料の一つにさせてもらうかな?」 

「研究材料って、貴方ね」

「フェレシーラ」


 からかう様な響きの返答に身を乗り出したフェレシーラに、俺は制止の声をかけていた。


 放っておけば、そのまま掴みかかりそうな勢いだったというのもあるが……


「いいんだ、フェレシーラ。それで納得してもらえるなら……少しでも、このチビを助けてくれたことへの礼になるっていうのなら、俺の血でも何でも貰ってくれ」 

「フラム……」 

「ごめん、フェレシーラ。でも……お願いだ」

「――」


 突き刺すように変じていたフェレシーラの視線が、そのままこちらに向けられてくる。 

 それから逃れるように、俺は彼女へと向けて頭をさげた。

 

 自分の選択に、間違っている部分があるのは薄々理解していた。

 理解というには浅はかな判断なのかもしれなかったが……

 

 それでも今の俺には、バーゼルに対して他に供せるものが見当たらなかった。

 なので、そうすることしか出来そうになかった。

 

「はぁ……もう、面倒なことになっても、知らないんだからね」 

「……! ありがとう、フェレシーラ……!」 


 僅かな沈黙の後、フェレシーラはそう言って矛を収めてくれた。

 そんな少女の手を取り、俺は喜ぶ。


 それを見届けてか、バーゼルが踵を返す。


「話は纏まったようだね。では、私はこれで失礼させてもらうとするよ」

「あ……待ってくれ、バーゼル!」

 

 その背中を俺は呼び止め、そして続けた。

 

「もう一つだけ、頼みがあるんだ――」 


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