32.少女の推論、そして頼み事


「合体って……」


 まるで理解の追いつかないフェレシーラの推測に、俺は続く言葉を失う。

 そこに、少女の手が伸ばされてきた。


「落ち着いて、フラム。さっきの不定術法式の反動で、貴方、アトマだけでなく体力も消耗しているのよ。少し強めに体力付与をかけてあげるから、じっとしてなさい」 


 その囁きに続き、呪文の詠唱が流れる。

 フェレシーラの白い指先に、淡いアトマの光が灯る。

 回復の神術――『体力付与』の発露を示すその暖かな輝きに、俺は暫し体を預けた。


「吸収か、合体……つまり、あの地面に転がってた二匹が合わさって、このデカブツになって復活してきたってことなのか……?」 


 だが、そうする間にも頭の中はグルグルと回転してしまっている。

 一足す一は二。

 そんな単純な計算を試みるも、どうにも辻褄が合わない。

 それも当然だ。

 目の前に転がる巨体は、誰がどう見ても「二」というレベルの代物ではなく、


「アトマでしょうね。多分だけど」 


 その不足を埋め合わせる様にして、答えはやってきた。


「アトマって……え?」

「死体二つじゃ足りない分を、周囲のアトマを取り込む形で補ったのよ。私は専門外だけど、魔術士ならよくやるでしょ」


 魔術士。

 そう言われてようやく俺の思考は、正常な動きを取り戻し始めていた。

 そこにフェレシーラの推測が続く。


「ゴーレムとかキメラとか、あの手の魔法生物を造るときって……構成素材と一緒に多量のアトマを注入して、総合的な『ランク』を引き上げたりするじゃない。それと似たようなものだと思うのだけど。貴方はどう思う?」


 魔法生物。

 魔術用語でいうところの、『秘術生命体』の俗称であり、通称だ。

 それを例えに用いながら、彼女は俺に問いかけてきた。


「うん。当たってるかもしれない。少なくとも、的外れな感じはしない、と思う……」 

「そう。なら不意打ちを受けたのも仕方ないわね。音もなくっていうのは、不気味すぎるけど……そういうパターンもあるとわかれば、そう怖くもないから」 

「怖くもないって。流石にそれは、ちょっと盛り過ぎじゃないか……?」 

「べっつにー。この程度の相手、不意を打たれなければどうってことないもの。まあ、流石に無詠唱ラッシュは疲れるし、やるにしてもじっくり構えてが理想だけど」


 うへ、マジですかこの人。

 あのデカブツ相手に正面からやり合うのがベストって。

 ……今後は極力、出来る限り、怒らせないようにしておこう。

 

 などと俺が肝を冷やしている間に、先程までの疲労感は殆ど消え失せてくれていた。

 フェレシーラがかけてくれた、『体力付与』のおかげだ。


「ふぅ……取りあえず、これで完了よ。どう? 問題なく動けそう?」 

「うん。ありがとう、フェレシーラ。ばっちりすっきりだ」 

「よかった。私、回復術はそこまで得意ではないから……きつかったら、また言ってね」 

「ああ。そのときはまた頼むよ」


 自信無さげな表情を見せてきた彼女に、俺は肩をぐるりと回し、体力の回復をアピールした。

 それにしても、これだけ素早く回復させておいて得意じゃないときたか。

 

 ……一体なにが得意分野なのかは聞かないでおこう。そうしよう。


「さてと。さすがにもう、動いてきたりは……しないよな?」 

「さあ? そこは何とも言えないわね。何から何まで、情報の足りてない相手だから」

「う……そんな、脅かすなって」 


 三度、この化け物が立ち上がってくるのではなかろうかと。

 そんな想像に顔を顰めながらも、俺はそいつの右目に突き立っていた短剣を回収した。


「あちゃー……刃の部分はともかくとして、柄はもう真っ黒焦げだ。使えるは使えそうだけど」

「炎を呼び出したの?」 

「んー……初めてで無我夢中だったし、よくわかんないな……」


 フェレシーラの問いかけに、俺は手甲に視線を落としながらも、曖昧に答えることしか出来なかった。

 

 不定術法式。

 巨大影人に痛撃を与えたそれの正体は、フェレシーラが与えてくれた手甲型術具の効果によるものだ。


「まずは、アトマの放出と指向性のコントロールだけに専念しろって言われてたし……どんな事象を引き起こすかまでは、これっていうのは想定してなかったんだけどな」


 しかし、それで引き起こされたのは予想を超える火の発現……爆発的な炎の嵐だった。

 その威力のほどは、目の前に転がるこんがりと焼けた影人が証明してしまっている。 


「無意識のうちに、平時から目にしてきたものを式に投影していたとか?」 

「あー。それは……あるかも。いや、それかな、やっぱ」 


 フェレシーラの指摘に、俺は素直に首を縦に振っていた。

 人間、いざというときは日頃見てきた、繰り返してきたことが出てくるものなのだろう。

 

 そう結論付けて手甲を握り締める。

 あれだけのアトマを解放したというのに、損傷らしい損傷はない。

 術法式に組み込んだ保護結界が、正常に機能してくれていたという証だ。


「ま、これが出来ないと魔術士なんて皆、自分で撃った攻撃術の煽りを喰らってお陀仏だもんな」


 先人の編み出した知恵というものは、本当に凄いものだ。

 それに感謝の念を捧げつつ、俺は焦げた短剣をベストのポケットへと仕舞い込んだ。 


「一つ、お願いがあるのだけど」 


 そこに、フェレシーラが声をかけてきた。


「出来ればその手甲のこと……他の人には言わないでいて欲しいの」 

「それって――」


 多少唐突なその頼みごとに、思わず返事に迷う。

 しかし、それは飽くまで一瞬のこと。

 俺はすぐにフェレシーラへと向けて、頷きを返してみせた。


「勿論、オーケーだ。あれこれ面倒見てくれてるのに、断る理由なんてないからな」

「ありがとう。そう言ってくれると助かるわ」


 手甲についてわざわざ口止めをしてきたからには、それなりの理由があるのだろう。

 それに関して、根掘り葉掘り聞くつもりはない。

 そもそもフェレシーラにしてみれば、今回の討伐は端から単独でこなすつもりだったのだ。

 俺の頼みを引き受ける必要など、どこにもなかったのだ。

 

 しかし彼女は、俺の願いを聞き入れてくれた。

 しかもその上、実戦慣れしていない俺が少しでも戦えるようにと、貴重な霊銀盤を貸与してくれたのだ。

 そんなフェレシーラに、俺は碌な謝礼も用意出来ていない。

 そこに頼みごとをされたとあらば、喜んで引き受けるより他になかった。


「あ、でもさ……そういうことなら、あまり人前では手甲の力は使わないほうがいいよな? わかってる人がみれば、かなり歪な形で術法が発動してるし」

「いえ、そこは大丈夫よ。わざわざ種明かしをしない限りは、貴方自身が術法の扱いが苦手で滅茶苦茶になってる、で通る話だもの」

「あー……なるほど。確かにそのほうが話も拗れなそうだな。わかった。それなら魔術は我流で覚えたから、下手糞だってことで通すとして……肌身離さず、大事に使わせていただきます」

「うんうん。くれぐれも、無くしたりはしないようにね。それじゃあとは――」


 それでこの話は終わりとばかりに、フェレシーラは足元に転がる影人へと視線を落としたのだった。


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