19.声を探して *番外編SSリンク有り
「つ、疲れたぁ……」
離れへと続く小道を歩き終えて部屋へと着くなり、俺はふかふかのベッドの上に真正面から身を投げ出していた。
既に辺り一帯は陽が落ちきっており、微かな冷気を纏った闇に包まれている。
昼の間はあれだけ暑かったというのに、だ。
「今日はほんと、色々あったなぁ……」
「あら。まだ夜になったばかりなのに、もうお休み? 普通の人達ならともかくとして、魔術士志望の割には早いのね」
大きめの枕に顔を埋めて呼気を吐き漏らしていると、フェレシーラの声がやってきた。
「慣れないことばっかしてたせいだよ。普段はもうちょい、机に向かうなり……くぁ」
姿の見えない彼女に向けて抗弁する途中、不意に口から欠伸が飛び出てきた。
そしてそこから、とめどなく息が漏れてゆく。
真っ白なシーツの上にあった小さな染みを、一つ、二つと無意識のうちに数える。
部屋の中には、カチャカチャという小物を動かす音だけが響いてきている。
眠い。
暖かな湯に浸かり、空腹を満たした身体が休息を欲して発するサインの数々に、俺は思考を放棄して、ただただ身を任せる。
寝るという行為はあまり好きではなかった。
しかし一体、どうしてか……今日に限って、その欲求に全く逆らうことが出来ない。
「出来ればもう少し、明日の準備をしておきたかったのだけど。その様子じゃもう一歩も動けなそうね」
そこに、やんわりとした声がやってきた。
……フェレシーラだ。
仕方なく、俺は首だけを巡らせてその居所を探す。
「おまえなぁ……さっきの俺と、逆のことしてるぞ……」
言いながら、俺は視線を動かす。
動かすも、耳にはクスクスとした忍び笑いが届いてくるばかりだ。
肝心要、彼女の姿は一向に見つからない。
「とにかく、今日はもう勘弁してくれ……マジで色々ありすぎて、頭痛くなって、き……」
ふぁさり、と。
何か大きくて真っ白なものが、動きを止めた俺の視界を覆いつくしてきた。
それが白い羽毛のつめられた、薄手の毛布であったことを認識しながらも。
「おやすなさい、フラム。また明日……」
探し求めていた人のおだやかな声と共に、俺の意識は闇へと落ちていった。
どこからか、声がしていた。
低い声。高い声。
落ち着いた声。騒々しい声。
声は一つではない。
聞き覚えのあるような、それでいて初めて聞くような……意味があるようでいて、まるでないような、そんな声だ。
その声に意識を傾けようとすると、途端、とてつもない疲労感がやってきた。
まるで全身が生ぬるい泥の中にあるようだった。
息苦しさをおぼえて身を捩るも、自分が何処にいるのかもわからない。
助けを呼ぼうと口を開こうとするが、出てくるのは意味をなさない言葉ばかり……獣のような唸り声のみだ。
わかっている。
これは『睡眠』だ。
これまでずっとずっと、幾度となく繰り返しやってきた現象だ。
別に、さして珍しいことでもない。
あそこでは度々あることだった。
もっとも今日のこれは、いつものものに比べればさして不快でもない。
寝るのは、昔から好きではなかった。
特に独りで眠るのは大嫌いだったが……そのこと自体には、もう慣れきっていた。
それに、大丈夫だ。
いまは息苦しく言葉も発することも出来ないが、直に元に戻る。
獣同然に呻き続けるのも、あちこちから押し寄せてくる声の群れにも、ほんの一時の辛抱で事足りる。
……
…………
………………
おかしい。
今日はおかしい。
今日はどこか、おかしかった。
声が、いつまでも止まないのだ。
粘りつくような息苦しさ、圧迫感も際限なくやってきていた。
きっと、疲れているせいだろう。
どうしてそうなったのかは覚えていないが、今日はとても色々あった気がする。
だからこれは、仕方のないことだ。
きっと夢見が悪いとか、そういう奴なのだろう。
そうに違いない。
大丈夫だ……またいつものように過ぎ去ってくれる。
そう思い身を小さくするも、声は大きさを増してゆくばかりだった。
堪らず耳を塞ごうとするが、その為の手が動いてはくれない。
わかっている。
これは『睡眠』中の出来事だ。
手足どころか何もかもが上手くいかなくても、なんらおかしくはない。
そう念じて嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
……やはり、おかしかった。
いつもなら、終わるはずの頃合いなのに、声が止まない。
どこかでブツンと途切れてくれていた雑音が、いつまでも続いている。
怖かった。
気がおかしくなりそうだった。
このままこれが永遠に続くのではないかと思うと、耐えられそうになかった。
腹の辺りに、重く淀んだよう感覚があった。
ずっしりとして、冷たい塊が重石のように全身を闇の中に縫い止めている。
まるで自分が狭い箱の中で、標本かなにかにされているようなそら恐ろしさに、背筋が冷たくなる。
そこに突然、暖かなものがふれてきた。
微かな……とても微かで、それでいてやわらかく優しげな感触だった。
「――」
続いて、声がやってくる。
言葉の意味まではわからない。
だが、なにごとかを問いかけるような、案ずるかのような響きのある声だった。
反射的に、本能的に、俺はそれに縋りつく。
「――!」
すると、声とやわらかな何かが遠ざかっていった。
如何にもびっくりして逃げてしまった、という反応だ。
失敗したと思った。
一体なにかはわからないが、折角の助け船を自らぶち壊しにしてしまった。
相変わらず身体は重く泥の中にいるようで、それが余計に気を滅入らせた。
まただ。
また自分は失敗してしまったのだ。
いや……もういい。
もうやめにしよう。
どうせどれだけ努めたところで。
追いかけ続けたところで。
歯を喰いしばり目指し続けたところで。
どうにもなりはしないのだ。
星天に煌めく赤に、泥のような闇が憧れたところで、共に燃え輝くことなど決して叶わないのだ。
「……ない……の?」
いじけきった想いで瞼を閉じていたところにやってきたのは、再びの声。
同時に、ふんわりとした、例えようのない感覚がやってきた。
とても暖かく、少しだけあまったるい……
目の前を掠めてゆき、鼻先をくすぐる、野に咲く花のような香りが落ちてきた。
今度は、じっと身じろぎせずにおいた。
あたたかな香りも、遠ざかりはしなかった。
それで気が抜けたのか、急速に眠気がやってきた。
「……さい。――ム」
こえがひびく。
あたまが、おそるおそる、しかしやさしくなでつけられたころには。
闇はもうすっかりと、消え失せてくれていた。
『君を探して 白羽根の聖女と封じの炎』
一章 完
いつもご愛読ありがとうございます
ただいま近況ノートに一章終了記念の番外編SSをご用意しておりました
興味のある方はよろしければご覧下さいませ
https://kakuyomu.jp/users/imoban/news/16818093086365877919
【現在カクヨムコン10参加 予選選考中】
支援オーケーな方は☆1からでもお願いします!
☆ ちょっとは期待出来そう
☆☆ まあまあ良かったかな
☆☆☆ 面白かった!
といった感じでお気軽に!
※特に読み専の方への呼び掛けが難しく、1エピソードごと記入は控えているので、キミサガの今後のために是非ともお願いいたします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾ペコリ
評価いただけると今後も喜んで書きまくります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます